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生贄の救世主  作者: 咲乃いろは
第五章 還る
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戻ってきてしまう

数年分の涙を消費して、柚葉はやっと泣き止んだ。何も悲しくはないのに、後から後から溢れ出るものを自由にさせたら、こんなにもたくさん泣けたのか。


「・・・目が腫れて視界が狭いです・・・」

「だから早く泣き止めって言っただろ。これ当てとけ」


アリスが投げて寄こした冷えたタオルを両目に当てると、すっと篭っていた熱が逃げていって気持ちがいい。


「ユズハちゃんでも泣くことあるんだね」

「・・・私は涙も枯らした鬼だとでも?」

「いやいや、そうは言ってないけど、正直に泣いてる姿はなんか意外だったというか」

「・・・まあ、確かに久々にこんなに泣きました」


全く泣かないわけではないし、それなりに喜怒哀楽に合わせて泣くこともある。だが、泣く時はいつも人とはズレていたために、柚葉は感情を出さない子だと思われていることが多いらしい。

和葉の葬式や火葬だってそうだ。周りが皆泣き崩れている中、一人茫然と時間が過ぎていくのを見ていた。何が起こっているのか、何が行われているのか、柚葉の気持ちが追い付かないのに何も待っていてはくれなくて、ただ取り残されていただけだった。

やっと現実を理解できた時には、泣くタイミングも失っていて。


「安心したら、なんかこういっきにぶわっと・・・」

「いいんじゃない?ガス抜きもたまには大事だよ」


まさか異世界に来てそのタイミングが来るとは思っていなかった。

アリスやグレンの姿が和葉と重なってしまった。

もちろんアリスやグレンが命を落とすなんてことを考えたわけではないが、彼らのあんな姿を初めて見て、驚いたのだ。人が傷付いて弱っていく瞬間を目の当たりにして。


「はい。これで暫くは大丈夫そうです」

「何が大丈夫なの。・・・いいんだよ、泣きたいときは泣いちゃえば」


泣くまで待ってるよ、というグレンの言葉が胸に滲み、せっかく冷えてきていた目頭が再び熱を持った。




「・・・グレン、お前また泣かせんなよ」

「ありゃ、すみません・・・」










***










アリスが柚葉の魔力を使ったからだろうか。柚葉の左腕の違和感は消え去っていた。アリスによると、感じていた魔力も元に戻っているらしい。


「結局、この左腕はなんだったんですかね」


相変わらず見た目も触ってみても何の変哲もない、ただの日焼けで赤くなった腕だ。今も歩き出して数時間経つが、ローブを被っていても通ってくる紫外線は恐ろしい。


「禁書には続きがあってな」


フードから覗くアリスはこの暑さでも涼しい顔をしている。これも鍛え方が違うからだろうか。


「聞くか・・・?」


アリスは切れ長の目で柚葉の顔色を窺う。

多分、柚葉にとって面白い話ではない。また、魂が叫んでくるかもしれない。でも、ここで断ったからといって、先延ばしにするだけなのだ。

いつかは、知ることになる。


「────はい」







禁書の中に記されていたのは、それこそ信じ難い言い伝えのような話だった。


その昔、見つかり、捕まった魔力の祖の転生者は、それを求めた純血種の人間に身体の機能が働かないように凍らせられ、バラバラにされた。そのまま冷凍保存された部位もあれば、食われた部位もある。食った者は噂通り魔力の大きさも質も変わり、再び力を拡大させていったという。だがそれは本物ではない。時代が移り変わるにつれ、またその魔力も薄くなっていく。そしてまた、転生者は追い求められる。

そんな果てしなく残酷な時間を繰り返しても、魂だけは切り取られずに、ずっと転生を重ねた。




「そして転生した魂はそのうち、バラバラになった自分の魔力を取り戻そうとする」

「・・・取り戻す・・・って・・」

「も、しかして、ユズハちゃんの左腕は、その魔力を取り戻した、結果・・・なんてこと・・・」


混乱しながらも話の的を得ていくグレンに、アリスが無言で頷く。


「偶然か意思があってのものかは分からないが、恐らくそうだ。本来の魔力を取り戻した左腕が、魂に反応した、もしくは魂が左腕に反応したのだろう」

「で、でもそれって・・・」


柚葉は自分の左の手の平を見つめた。

明らかに覚えがあるそれ。

あるタイミングで取り戻したのだとしたら、それは一つしかないのだ。だからアリスもこの答えに至ったのだろう。




「ハンナさん・・・」




初めて会ったようではなかったあの感覚。

探し求めたものが、やっと見つかったようなあの心地。

でもそれは柚葉自身のものではなくて。




それはそうだ。




魂のものだったのだ。







「・・・これは推測でしかない。他に考えられなくても、そうだという証拠はない」


アリスが何故こんなに前置きをするのか、気持ちはよく分かる。それは柚葉の為でもあり、ハンナの為でもある。




「恐らく、ハンナの先祖が転生者の左腕を食った人間だ」

「・・・・・・」




柚葉もグレンも驚きはしなかった。気持ちの準備が出来るように、アリスが上手く話してくれたからかもしれない。




「彼女自身に大きな魔力は感じなかった。柚葉の持つ魂と触れたことで覚醒したんだろう」

「ハンナさんも感じた左腕の痛みも、鮮明になった夢も・・・」


ハンナに会った後のいろいろな事象が全て説明がいく。

こんな事実なら、分からなくても良かったのに。


「今は眠りから覚めてびっくりしていた魔力も落ち着いたってところですね」


グレンも柚葉の左腕に悲痛な目を向ける。

彼にとっても、受け入れ難い事実であることは変わりないようだ。




でも、それはあくまで昔話だ




事実だったとして、何が変わるわけではない。




「ハンナさんはハンナさんだし、私には関係ない」




ハンナの先祖が自分の魂の持ち主に何をしたかなんて、考えても仕方がない。




「私はミノリユズハとしてハンナさんに出会ったし、ミノリユズハとして接した。今でもミノリユズハだと思ってる」




話を聞くのが怖かったというのは本当だ。

耳を塞ぎたくなるものだと、逃げ出したくなるものだと覚悟していた。


だが、こうしてちゃんとミノリユズハとして向き合えるのは、彼の言葉があったから。






「ですよね、アリスさん」





「────・・・ああ」






ふっと笑みを浮かべたアリスの口元に、胸がきゅうっとなった。



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