味方の役割
ザギの姿が見えなくなった瞬間、アリスは膝を地面に付けた。
「アリスさん!」
「・・・っ、大丈夫だ」
それでもそう言うアリスは、駆け寄る柚葉の肩に自身の血で汚れた手を置く。酷い脂汗だ。背中の血も止まっていない。大丈夫だなんて強がりにしか聞こえない。
「この意地っ張り」
「は?」
「辛いときは辛いと言って下さい。言わなくても見抜いてやりますけど!」
「何言って・・・」
「アリスさんは人の事ばっかりで、自分を大事にしようとしない。人の事を考えるのは上手なのに、自分の事を考えるのはヘッポコです」
だから自分を犠牲にする事など簡単に出来る。
そんなの、絶対に許さない。
「後ろ向いて下さい。気持ち程度ですけど、とりあえず止血します」
「あ、ああ」
荷物から止血出来そうなものを片っ端から取り出して、アリスの患部を押さえる。くぐもった声が痛々しすぎて、こちらが苦しくなってくる。
ある程度止血出来ると、もういいとアリスに手を止められた。彼のことだから、自分の傷は程々に、先にやりたい事は分かっている。
アリスは立ち上がると、少々早足でグレンの傍らに膝を付いた。
「グレン、生きてるか」
「・・・・っ、・・・俺が聞きたいですよ・・・っつ、・・・俺、生きてます?」
「グレンさん・・・!良かった・・・!」
アリスの声にもぞりと腕を動かし、横向きだった身体をギギギと効果音がつきそうな動きで仰向けにする。それだけで息が上がっているのだから、身体はボロボロなのだ。
「よく無事だったな。死んだと思った」
「これ、が、無事に見えます・・・?俺も死んだと思い、ましたよ・・・」
治癒魔法をかけながら、アリスはそう言っているが、本心はさっき柚葉に言ったことの方だろう。グレンはこのくらいでは死なない、そう信じてる。長年の信頼は、違えることはない。
「ユズハちゃんも・・・無事・・・?」
「は、はい。アリスさんが庇ってくれたから」
「そう。よかった・・・」
ふっと微笑むと、グレンの瞼はゆっくりと下りていく。そして完全に閉じてしまうと、頭部はかくりと力を失った。
「グレンさん!?」
「大丈夫だ。治癒魔法で弱っている治癒力を無理矢理引き出したから、疲れて眠っただけ」
「・・・そう、ですか・・・」
柚葉は今度こそ力が抜けて地面へへたりこんだ。暫くは立てそうにない。
とりあえず、アリスもグレンも無事だ。周りの惨状を見て、よく助かったなと思うが、それはまぐれでも何でもない。アリスがいてくれたからだ。もし彼がいなかったらどうなっていたか。想像もしたくない。
「大丈夫か」
「・・・え?・・・あ、私は全然・・・」
「左腕」
「あ・・・」
言われて気が付いた。
徐々に体温も戻ってきているが、まだ指先は冷たい。
一体あの時、何をされたのだろうか。
「純血種に精神干渉の魔法を使おうとしたら並の魔力では作用されない。俺の魔力だけじゃとてもじゃないが足りなかった。咄嗟にユズハの左腕から溢れ出る程魔力が増幅していたのを利用したんだが・・・」
「あ、そうだったんですね。だからあの魔力が抜けていく感覚があったんだ」
「転生者の魔力ともなれば、さらに効果は期待できたのはできたんだが」
それは予想通り、倒すとまではいかなくともザギを追い払い、最悪の状況になることは避けられた。立派な栄誉賞だと思うが、何故彼はバツが悪そうなのだろう。
「アリスさん?」
「・・・悪かった。勝手に道具のように扱って」
「へ?」
そっと左腕に添えられた優しい手に反して、彼の表情はこの場にいる誰よりも辛そうだった。
生贄としての役目を理解している柚葉からすれば、今更道具だと言われたところで取るに足らないことである。
だが、彼はそうではない。人を、柚葉を生贄にする重役を誰よりも重く背負っていて、誰よりも申し訳なく感じている。そんな素振りなど見せないが、彼のこんな言葉に、それを感じる。
「大丈夫ですよ」
だから柚葉は彼の永久味方宣言をしたのだ。
「いつも通りしていてください」
「!」
そんな重い荷物を背負えなくなった時、一緒に背負ってやりたいと思ったから。
「真似すんな」
***
休む所を探すが、ラザの町に戻るにも次の町に進むにも遠い。アリスはグレンが目を覚ましてから治癒魔法をかけたが、今のグレンの体力では半分程度しか治せなかった。グレンも目を覚ましたところですぐに動くのは辛いだろう。とりあえずは木陰に腰を下ろし、太陽の光からだけでも逃れる事にした。
アリスもグレンも横になって落ち着いたのを確認すると、柚葉はほっと息をついた。自分の左腕に触れると、もう感覚も体温も戻っている。
転生者。
ザギの言葉を今更反芻して、眉を顰めた。
そんなはずないという思いは、既に退けられている。むしろそれは柚葉が一番分かっているのだ。暗い所に閉じ込められ、身体が引きちぎられていくあの感覚。夢ではなくて記憶だったとすれば、妙にリアルだったのに自分の感覚ではなかったのが納得できる。
(怖かった、だろうな・・・)
柚葉が感じただけでも、吐き気がしそうな生き地獄だった。
人間の欲望が残酷で、残忍で、浅ましくて、哀れだというのは知っている。
それでもだ。
それでも、なぜ選ぶことの出来ない運命を痛めつけられなければならなかった?
人を犠牲にしてまで、力が欲しいか。
そんな力、手に入れたところで自分のものではないはずだ。
それは、全部、
ぜんぶ、
「わたし、の、も・・・の」
自分で驚く程低い声が喉を通り過ぎた。
「ユズハ・・・?」
「!」
はっと膝に埋めてした顔を上げると、アリスが強ばった表情でこちらを見ていた。
今、何を口走った・・・?
「あっ・・・すみませ・・・、私今何て・・・」
誤魔化すように髪を握りしめるが、分かっている。
意識していないそれが酷く恐ろしい。
「・・・・・・」
アリスは何も答えず、身を起こしてそっと柚葉の前に座る。
何故だか目を合わせられなくて、目線を泳がせてしまっていると、頬に冷たい体温が触れた。
「こっち向け」
「・・・、」
言われてびくびくと目を向けると、真っ直ぐアリスの深い紺の瞳が柚葉を捉えた。そこに引力でも働いているかのように惹き込まれて、離せなくなる。だから、合わせたくなかったのに。
「よく聞け、ユズハ。転生者のこと、気にするなとは言わない。恐らくザギが言ったことは事実だろう。お前が魂の元の持ち主に感情移入してしまう気持ちもよく分かる。・・・だが、違えるな。お前はミノリユズハだ。転生者の器として存在している訳ではない。たまたま器になっただけの運が悪かったミノリユズハだ」
魂に喰われるな。
アリスはそう強く言った。
「自分を手放すな。・・・お前なら、出来るだろ?」
ぽん、と頭に置かれた手が、妙に熱さを感じた。
この手に、この期待に、柚葉は応えなければならない。
「・・・私一人で、背負えるでしょうか」
生贄も、転生までするほどの魂の思いを。
この小さな身体で。
アリスの指が、馬鹿か、と柚葉の額を弾く。
「誰が一人だって?」
俺はそんなに頼りないか、と言葉に反した不敵な笑みが、柚葉を貫いた。




