力の差
金属が激しくぶつかった音が、甲高く響いた。
柚葉は思わず閉じた目をおそるおそる開けると、すぐ目の前でアリスがザギの剣を受けていた。カタカタと震える剣は、お互いに力が張り合っているからだ。
アリスが闘っているのを目にしたのは二回目だが、ナリスの町で見たときの余裕な表情はそこにはない。たった一撃で分かる、ザギの強さに警戒しているのだ。
「・・・っ!」
「おっと、」
アリスが剣を振り抜くと、ザギは後ろへ跳び去る。楽しそうな表情はそのままに、剣を持つ手を右手に替えると、左手をプラプラと振った。
「さすが殿下ですねぇ。一振りで手が痺れちゃって仕方ない」
感触を確かめるように、ザギは握ったり開いたりする左手を面白いものを見るような目で見ている。確かにその手は震えているようだが、それはアリスも同様なようだ。剣か揺れて音を立てている。
「剣で殿下や騎士殿に勝てるとは思ってないからね。正攻法で行かせてもらいますよ」
「!」
にっと笑った次の瞬間、動かしていた左手が開いたままで止まると、そこに球体の光が集まっていく。それは徐々に闇色に染まり、空気を圧迫したようなブラックホールとなっていく。
「グレン!結界を!!ユズハっ、伏せろ!!!」
「う、へぇっ?!!」
「殿下!間に合わな・・・!!」
突然腕を引っ張られ、肩が抜けるんじゃないかと言うほどの衝撃がきたかと思うと、それを気にする間もなくアリスの身体が覆い被さってきた。
「何───────・・・」
柚葉の身体がアリスに全ての覆われるか覆われないかという瞬間────、
「─────っ!!!!」
ダァァァァッンッ!!という耳を劈くような轟音が、何もかも吹き飛ばす衝撃波と共に辺り一帯を包んだ。
一瞬何が起こったか分からなかった。雷のように光と音が僅かにだけ違和感を含んでずれて身体に降りかかった。柚葉はアリスに包まれたまま、数メートル吹き飛ばされ、身体がボールにでもなったかのように何度か地面を跳ね、摩擦によってようやく止まる。
「っつ・・・、」
「・・・っ、ユズハ、・・・無事か」
「っはい・・・」
全身すり傷だらけだが、アリスのお陰で大した怪我はない。
「一体何が・・・─────!!」
顔を上げて周りを見た瞬間、自分の目を疑った。
「・・・これ、は・・・!」
半径五十メートル。
焼け野原になっていた。
「魔族の血・・・・・・ここまでの力か・・・!」
尋常ではない状態だということは、アリスの恐いくらい厳しい表情が物語っていた。
「グレンさんは・・・っ」
直前、結界が間に合わないと言った声が、耳から離れない。彼だって優秀な騎士だ。吹き飛ばされたくらいで致命傷を負うとは考えにくいが、もし本当に結界が間に合わなくて、この攻撃を直に受けていたら。
「グレン!!」
「!」
アリスの声にそちらに目を向けると、ピクリともしないグレンが力なく横たわっていた。服は焦げ、全身火傷と挫傷でドクドクと血が溢れている。
「グレンさん・・・っ!」
「ユズハ!待て!!」
駆け寄ろうとした柚葉の腕をアリスが押さえて止める。
「何で・・・!グレンさんが!!」
「分かってる!!」
「っ・・・」
いつになく荒らげた声が、切迫した状況とアリスの押し殺した感情をありありと感じさせた。
今すぐにグレンに駆け寄りたいのはアリスだって同じだ。むしろ駆け寄って声をかける事しか出来ない柚葉より、治癒魔法をかけてやれるアリスの方がよっぼど行ってやりたいだろう。
「俺から離れるな・・・っ、」
「アリスさ・・・」
彼の目は、既に爆煙の中に注がれていた。
柚葉にだって分かる。そこに、敵がいること。
「咄嗟に張った結界にしては上出来ですね。まあ、不完全で結構な痛手を負ったようですが・・・」
「え・・・?」
煙の中から姿を現すザギは、柚葉とアリスの目の前で足を止める。見下ろしてくる目が、果てしなく恐ろしくて、思わずきゅっと握ったアリスの背中が、妙にじっとりとしていて、ぱっと手を離した。
その手を返して見ると、真っ赤に染まっている。
「アリスさん・・・!血・・・っ!」
上着が黒くて気が付かなかったなんてことあるか。
こんなに血が滴るほど背中に爆撃を負っていたのに。目を背けたい程焼け爛れて、見るだけで息が止まりそうだ。
「大丈夫だから。大したことない」
「そんな訳ないでしょ!こんな・・・っ!」
自分を庇って。
「大丈夫」
いつもそうだ。
「お前はいつも通りにしてろ」
そうやって、安心する言葉をくれる。欲しい言葉をくれる。
「後からグレンに治癒魔法でもかけてもらうから」
分かってやってるのが悔しい。
「・・・グレンさんの方がヤバそうなのに・・・?」
「あいつも大丈夫だよ。殺しても死なないやつだ」
「それはもう神の領域ですよ」
それでいい、と柚葉の頭を髪ごとくしゃりと撫でると、立ち上がってザギと目線を合わせる。
柚葉とアリスが無事だったのが気に食わないのか、もうあの厭らしい笑みはない。
「何余裕こいてんですか?状況、分かってます?」
「ああ」
声に抑揚さえ見せないアリスに、ザギの表情が変わるが、小指の先ほどなので、それが気のせいと言われればそうかもしれないと折れただろう。
「殿下も相当濃い血をお持ちでしょうけど、俺も俺で魔族の血として働けるくらいには濃いんですよ。それは殿下にも匹敵する」
「だろうな。あれだけの魔法を使うくらいだ。並程度の魔力では出来ない」
尚も淡々と喋るアリスに、今度は見て分かるほどにザギが顔色を変える。
「だったら何で!そんな余裕ぶってんだ!!」
「落ち着けよ。さっきまでの殊勝な物言いはどうした」
笑うでもなく、怯えるでもなく、ただただ無表情なだけのアリスの方がよっぽど怖かった。それは、何も感じてないからではなく、背中から滴る血の量が増えるほど怒っているからだ。首筋に浮き上がる血管がはち切れそうだった。
「・・・っ、茶番はもういい。さっさとミノリユズハを渡して貰おうか」
「残念ながら先約がある。出直してこい」
言うが早いか、アリスはすっと柚葉の横に屈んで左腕に触れる。
「悪い、」
そう短く謝ったのが聞こえると、急激に寒さに襲われる。
「っ?」
この感覚は知っている。
魔力が抜けていく時の、
「───っ!まっ、まさかお前・・・っ!!」
「ああ、」
アリスのもう片方の手が、ザギの胸倉を勢いよく掴んで引き寄せる。
「知ってんだろ?アステリア王族が最も得意とする魔法」
「ぐっ・・・っ!」
掴んだ胸倉のところから赤い光が灯ると、ザギの顔は苦悶に歪められた。何が起こっているかは分からないが、以前聞いたアステリア王族が得意とする魔法は、精神干渉の魔法だったはずだ。その何かをしているのだろう。
柚葉の左腕は体温をなくしていき、既に指先の感覚はない。
「お、お前・・・っ、転生者の魔力で、より深い所の精神を・・・!」
「察しがいいな。さすが魔族の血。・・・このまま、その魔力使い物にならなくしてやる」
「く・・・っ、そ・・・!」
薄れていく柚葉の視界には、アリスの濃紺の瞳が光を宿してザギを睨みつける様子が映る。
みるみるうちに色が無くなっていく顔のザギは、震える左手で再び光を集めた。だが、先程のものとは違い、闇のような色はしていない。
「・・・っ、ミノリユズハ、・・・また今度だ」
「!」
その言葉を最後に、ザギは姿を消し、アリスの手は宙を切った。




