それはまるで、禁書のような
ガンガンと脳を直接ハンマーで殴られたような頭痛。
あまりの痛みと動悸に息が浅く、速くなってくる。真っ直ぐは立っていられず、腰のあたりに手を回して支えるアリスの肩に、八つ当たりかのように頭を押し付ける。
「うっ・・・・く・・・・っ」
「ユズハ、落ち着いて息だけでもしろ」
「っあ・・・く、ぅ・・そんな、・・・こと、言われ・・・ても・・・っ」
簡単に言ってくれる。
呼吸だけでもしておかないと、酸欠になるばかりだとアリスが危惧していることは分かっているのだが、それができるのならやっている。意識すればするほど空気が吸えなくなってくるのだ。
「大丈夫だ。ほら、できるだろ?」
「・・・っふ、・・はぁっ、はぁっ、・・」
「そう、ゆっくりだ」
アリスの甘く低い声が、耳元で揺れる。
いつもならこんなそばで囁かれなどしたら秒で離れるのだが、今はそれが心地いい。耳から頭へ、全身へ、響き渡る。それは鎮静剤のように高ぶっていた器官が宥められていった。
徐々に、背中を撫でる手に合わせて呼吸ができるようになってくる。頭痛は相変わらずだが、息ができるようになっただけで顔を上げることができた。
「・・・、っ、私の頭、ちゃんと付いてます、か?」
「心配なら取って見せてやろうか?」
「こ、れ以上痛い、の、は勘弁被ります・・・」
いつの間にか蹲っていたのであろう。柚葉に合わせて膝を折っていたアリスは、不敵な笑みで柚葉の乱れた髪をそっと梳いた。
「ユズハちゃん、大丈夫?」
「・・・平気・・・とは言えませんが、とりあえず、大丈夫・・・です」
「全然大丈夫じゃなさそうだけど、自分に言い聞かせてるんだね」
分かってるんだったら聞かないでほしい、と言いかけて柚葉は唇を噛んだ。鳴りやまない頭痛の鐘に、少々気性が荒くなっている。今自分が何もかもを威嚇したような表情になっているのは分かっている。それは痛みに耐えているというようよりも、剥き出しの感情を抑え込んでいると言った方が正しいかもしれない。
落ち着け、自分を保て。
今は、我を失っている場合じゃない。
「辛そうだね、ミノリユズハ」
「!!」
タラタラと喋る声が、何の前触れもなくそこへ降り注いだ。
この、神経を逆撫でするような耳障りな音、口調。それが何なのか確信を持って目を向けると、アリスは感情を圧縮して抑え込んだために、妙に落ち着き払った声でその名を呻いた。
「ザギ=ディミトロフ、」
いつその手が動いたのか、アリスもグレンも剣を抜き身にして握りしめていた。アリスに至っては、柚葉を支える手にまで力が入っているものだから、柚葉の薄っぺらい身体はアリスの胸で潰されそうだ。
「殿下、こいつですか、変態というのは」
「ああ、こいつだ、変態は」
「随分な言われようですね。俺はいつ変態呼ばわりされるようなことをやったんですかね?」
「残念ながらやってなくても顔が変態を物語ってるんでな」
もちろんザギの容姿はそれだけで言えば美しいものだ。顔の右半分を横切った傷跡が惜しいほど人間離れした風貌をしている。恐らくそれが拍車をかけているのだろうが、彼の微笑み、笑わない目、その表情は背筋が凍てつくほど気色が悪いもので、それを変態というのなら頷けるだろう。
「まあ、何でもいいですよ。俺は俺に興味はない。興味があるのは他人の魔力のみですから」
「っ」
にた、と笑う目と口元が、見事に三日月を描く。道化師のような得体の知れない恐怖が、全身を駆け巡った。
知らず知らずのうちにザギの雰囲気に呑まれていると気が付いて、柚葉はぎゅっと目を閉じ、また開く。
荒れ狂う気性をぶつける相手ができて、ちょうどいい。
「あ、んた、何で私の名前知ってんの・・・」
「それを調べることくらい、容易いことだ」
「容易いわけないでしょ。私の名前が・・・この世界にある訳ない」
どうせ生贄のことも分かっているんだろう。
今更こいつに何を隠しても無駄だと、柚葉でさえ分かっている。
「・・・・いいえ?」
ザギはふっと笑って目を細めた。
「あなたはこちらの界隈では有名だよ?」
”こちらの界隈”が何を指しているのかは大体分かる。
募集要項が”純血種の方々大活躍!”のブラックもブラック、怪しすぎる闇集団の連中だろう。
だが、有名だなんて初耳だ。学校でも仲間内でしかその残念な頭のことは知られていなかったのに、異世界の個人情報保護はどうなっているんだ。
「馬鹿にだって人権はある。勝手に私の頭の具合を広めてんじゃな・・・」
「ああ、そういえば馬鹿でも有名でしたね」
「そ、それ以外で何か・・・?」
「ユズハちゃん、否定しないんだ・・・」
ザギが”こちらの界隈”というからには、一般人でも知りうるような生贄だとかそういうことではないのであろう。ザギのような人間が、好んで調べたがる偏った情報。一般には広まらない、知る機会のない内容。
まるで、禁書のような。
「ユズハが、・・・何だというんだ・・・・」
不思議なほどに口を開いていなかったアリスが、相手に届くか届かないかくらいの声量で唸るように問うた。いや、それは問いというよりも、確認のような。
「あれ?ご存じない?殿下ともあろうお方が?」
ザギの音量を上げた声が、異様なほど周りの空気を震えさせる。
「ミノリユズハは魔力の祖の転生者だと!」




