望んだもの、叶わないもの、受け継ぐもの
いつぶりだろうか。
柚葉がすやすやと眠っている横で、アリスとグレンは酒を酌み交わしていた。
グレンがどこからか仕入れてきた上等な酒らしい。といっても、城にいれば口が腫れそうな酒くらいいくらでも手に入るのだが、アリスはとんと興味がなかった。高くても安くても旨いものは旨いし、不味いものは不味い。
グレンがこうして持ってくる酒はいつもアリスの口に合っていた。グレンがアリスの好みを知っているのか、グレンとの酒の場がいいのか。
今宵の酒は、特に透き通った味がした。後味がアルコール臭くない、水のように消えていく。だが確かに飲んだ実感があり、心を満たしてくれる。
「俺、何か掴めた気がします」
「何かって何だ」
アリスは窓枠に座ってグラスを傾け、月を眺めながらもグレンの言葉に反応する。グレンが自分の手をきゅっと握った気配がする。
「分かりません。分からない何かが掴めた気がするんです」
「・・・・・曖昧だな」
「はは、ですよね。でも、殿下だってそうでしょ?」
「・・・・・・」
「ユズハちゃんが何かを掴ませてくれた、そう感じているんでしょ?」
「・・・・・・さあな」
一口、月明かりに照らされて透き通る琥珀色を口に含む。高い度数を感じさせない口当たり。喉を優しく撫でるように通り過ぎる。
「ケイは、こうなることを望んでいたんでしょうか。俺たちがいつか、彼女のことを受け入れて、納得して、吹っ切れていくこと」
それは、本人にとっては寂しいことなのかもしれない。自分のことをもう気にしないで、振り返ってもらえないのだ。その背中を複雑な気持ちで見ているのかもしれない。
もしかしたら、巣立っていく子どもを見ているようなのだろうか。
「ケイがユズハだったら、そうだと思う」
彼女がケイを代弁してくれた。それは多分思わぬ正解に辿り着いてしまった。
まさかケイと一度も会ったことのないユズハに、ケイを重ねることになるとは思わなかった。
「・・・・似てますよね、ケイとユズハちゃん」
「・・・・・・そうか?ケイの方が百倍美人だと思うが」
グラスに残った一口を飲み干すと、アリスはベッドで丸くなる柚葉に目をやり、すぐに元に戻した。
「そうですね、似てますね」
「俺は似てないと言ったんだが」
「はいはい、似てる似てる」
「酔ってんのか」
***
元々は柚葉の療養のために泊まった宿だ。予定より長く泊まることになったが、必要な時間だったと柚葉は個人的に思っていた。ハンナと別れることだって寂しい。
「ではハンナさん、長いことお世話になりました」
「いえ、こちらこそありがとうございました。楽しい時間を過ごすことができました。グレンさんもお元気になられたようで安心しました」
「うん、ありがとう。俺も楽しかったよ、お祭り」
にこりと微笑むグレンにハンナはきゅんときてしまっている。別れ際にその悩殺スマイルは残酷だろう。本人に自覚はないのだろうが。
そして、グレンはあっと声をあげると、何やらポケットの中をごそごそし始めた。柚葉とハンナ、アリスまでもがそこに注目していると、そこから取り出したのはどこでもド・・・・ではなく、華奢な髪飾りだった。
「これ、あげようと思ってたらいろいろあったから渡しそびれてた」
「・・・・え・・・・、私、に・・・?」
目を丸くして髪飾りとグレンの顔を交互に見るハンナは、上気していた顔をさらに熟して落ちてきそうなトマトのように変色させた。
赤と黄色の小さなガラスが散りばめられた飾りは、ハンナの可愛らしい顔によく似合うだろう。
「お祭りで見つけてね。・・・・ごめんね、こういうことしかしてあげられない」
「・・・・っ」
グレンに髪飾りを手にそっと置かれると、ハンナはきゅっと震える唇を結んで、握りしめたものを胸に当てた。
消えそうで、儚い優しさ、でもあたたかくて、ずっと残る。
「ありがとう、ございます・・・・大事にします」
叶わないと分かっていたハンナと、ハンナの想いに答えられなかったグレンと、どちらが辛かっただろう。
「よかったね、ハンナさん。グレンさんも隅に置けませんね」
「殿下じゃないから、これくらいの乙女心は分かってますよ」
「グレン、剣を取れ」
「ひぃっ!」
キン、と剣の柄を指で弾いて刃を見せるアリスの目が据わってる。そういえばアリスとグレンは本気で戦ったらどちらが強いのだろうと、怯えるグレンを見て、柚葉は呑気に考えていた。いつも見た目アリスに怯えるグレンだが、それはふざけているのだということは柚葉でも分かる。アリスと幼いころから剣を交えていたというからには、グレンも同等程の腕を持っているのだろう。
「それでは、ハンナさん、またどこかで」
「はい」
お別れの握手を、と柚葉は左手を差し出した。ハンナが右手に髪飾りを大事に握っていることを知っているからだ。ただ、それだけの理由だったのだが。
ハンナの手が、重ねられたその瞬間。
「っ!!」
触れたその場所から沸騰した血液が一気に全身を埋め尽くす感覚が駆け巡る。
熱い。
圧迫されて、苦しい。
動悸が、どんどん激しくなる。
このままでは、
このままでは、
息が出来なくなってしまう。
「ユズハさん?」
「!」
名前を呼ばれ、はっと我に返る。
目の前には、怪訝そうな顔をしたハンナがこちらを見ている。
「あ・・・・ごめ、んなさい。ぼーっとしてました」
「大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫大丈夫!その髪飾り、ハンナさんに似合うだろうなって想像してただけです」
大丈夫。
落ち着け。
息はできるじゃないか。
左手も、どうもなってない。
では一体何だったのだろうか。
柚葉は、止まらない冷や汗をそっと拭った。




