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生贄の救世主  作者: 咲乃いろは
第四章 掴めなかったものは
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大切なもの

行かないで。


その二人の願いは、誰も叶えてはくれなかった。

彼女は元の世界に戻ることを望んでいたかもしれない。こんな自分をめちゃめちゃにした世界なんて、一秒たりともいたくなかったのかもしれない。

わがままだと罵られようと構わない。それでも、彼女とこれからも一緒にいたかった。

彼女が、何よりも大事だった。




「空間の歪みができるのは滅びの年だけのはずだった。だから、その時に歪みができたのはイヴァンさえも知らず、突然変異としか思えない」

「未だに、あの時のことは国の専門家が調査中だよ」


でも、原因が何であれ、アリスとグレンには関係なかったのだ。

何だっていい。ケイをつなぎ止めておけるのなら、罪さえ犯そうかとさえ思ったのに。




それでも、伸ばした手は掴み返してはくれなかった。




「それから、俺は人の手を握ろうとしたり握られたりすると、その時の喪失感が蘇るようになった」


最近は大丈夫になってたんだけど、とグレンは自分の手を見つめて、ぎゅっと握りしめた。

柚葉の手を握ってくれたり、ハンナに手を差し伸べたところを見ると、確かに克服していたのだろう。だが、完全に忘れ去ることはできなかった。

掴んだものが空気だった感触が、未だに忘れられないのだ。


「アリスさんも・・・その時一緒に?」

「・・・いや・・・俺は城で執務中だった」

「殿下は後から来る予定だったんだよ。仕事が終わったらまた前のように遊ぼうって、ケイの方から誘ってくれた・・・・・・のに、」


ああ、


かける言葉が見付からない。


何と言ったら正解なのか。


何と言ったら彼らを楽にできるのだろうか。


何と言ったらケイを救えるのだろうか。







「・・・アリスさんもグレンさんも、まだケイさんのことを・・・?」

「・・・えっ?」


柚葉が考えた末に出てきた言葉はそれだった。なんて十人並みな、考えなしの言葉。



「ああ・・・どうだろう。いなくなった時のことが衝撃的すぎて忘れていたよ」

「寝言でケイの名前を呼ぶくらいだ。まだ好きなんだろ」

「えっ!?俺呼んでました!?」

「つい最近な」

「えー!?は、恥ずかしい!」


真っ赤になるグレンはちょっと珍しい。勘違いなどではなく、本当に好きだったのだろう。そして、きっと今も。


「ま、まあ・・・殿下よりは入れ込んでた気は・・・する・・・」

「実際俺はグレン程の一緒にいる時間は取れなかった。仕事があったからな。確かにケイがいなくなった事実は受け入れ難いもので、へこんだが、その時のグレンと比べたら・・・」

「もういいですよ、殿下。そんなに辱めないでください!」


バツが悪そうなグレンは、アリスに対する目が、少し昔に戻っているようだ。敬語さえ使っているものの、迷惑そうな表情は、普段部下である彼が見せないものだ。




「・・・お前があんなになるくらいには、忘れてないんだろ」

「・・・・・・、」




アリスには、グレンが心も身体も強い奴だと小さい頃から知っている。その強さに憧れもした。だからこそ、彼が辛くてたまらない時は、支えてやらねばならないときだとも知っている。








「・・・なら、ケイさんは嬉しいと思います」


「え」



柚葉の穏やかな言葉に、アリスもグレンも顔をあげた。





「ケイさんも二人と過ごす時間は楽しくて、貴重で、かけがえのないものだったんじゃないでしょうか」





もし柚葉がケイだったら。


右も左も分からない世界で出会った二人が、まるで生まれた時からそこにいるかのように慕い、求めてくれ、自分のために身を粉にして動いてくれる。それが力なき子どもだったとしても、その思いは何よりも力になる。

二人がケイを世界の中心にしていたように、ケイも二人が生きる活力で、大事で、二人がいなければどんなに暗い世界だと思っていたことだろう。





「確かに、ケイさんがいなくなってしまったのは・・・グレンさんの手を握り返してくれなかったのは、グレンさんにとってもアリスさんにとっても辛いことだったと思います。でもそれは、二人が大事だったから、大切だったからだと思うんです」





もし、グレンの手を握っていたら。


そうしたら、二人はどうしただろう。


きっと、ケイもまだこの世界にいたいんだと、二人とは離れたくないんだと思ったと、そう考えたはずだろう。

彼らはまた、ケイの為に危険を冒してまでケイを取り戻す方法を探す。子どもだっただけに、それは見境なく、どこまでしてしまうかも分からない。

それが、怖かった。

そんなことはしてほしくないと思ったのは、二人が大切で大事で、大好きだったからだ。



「・・・・・・ケイ・・・、」



自然とグレンの口から漏れたのは、柚葉の後ろにケイを重ねて見ていたのかもしれない。




「ケイさんだって、忘れてないですよ」




アリスのことも、グレンのことも、二人と過ごした日々も。

柚葉が和葉のことを忘れないように、ケイも目の前にいないからという理由で忘れるわけがない。いないからこそ忘れられない。




「大切なものは、掴めないんです。だから、大事にするんです。留めておこうとするんです」




なくしてしまっても、忘れてはならないもの。





「忘れないであげてください」





柚葉がケイだったら、きっとそう望むから。








「・・・・・・そうだね」








ありがとう、という言葉と共に、グレンの声が少し潤んだのは聞かない振りをした。




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