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生贄の救世主  作者: 咲乃いろは
第四章 掴めなかったものは
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言葉を漏らす場所

伸ばした手が、宙を切る。


掴もうとした手が、蜃気楼のように滲んで消えた。









昔の夢を見るなんて、何年ぶりだろう。




日の光に起こされて、グレンは目を開けた。


「ふぅ・・・・切り替えろ」


叱咤する言葉は、自分に向けてだ。


身を起こして部屋を見渡すと、アリスと柚葉はまだ布団の中に納まっている。二人がいつ寝たのかは分からないが、今はまだ夜が明けてすぐだ。もう少しこのまま寝ているであろう。

そういえば昨日は風呂に入ら(せてもらえ)ず、寝てしまったと、欠伸を一つ終えて風呂場へ向かった。



























起き抜けに風呂から上がったグレンを見かけた柚葉は、はっと彼の目の前に立ちはだかった。


「おはようございますグレンさん。ケロッとしてますか」

「してますよ。大丈夫」


柚葉は疑うようにグレンの顔を四方向からまじまじと見るが、昨日のような辛そうな表情は見えない。心の体調は分からないが、身体の体調は戻っているようだ。低血圧の柚葉の方が顔色が悪いくらいだ。よし、これでハンナにもよい報告をできる。


「殿下は・・・・まだ寝てるね」

「ああ、なんか昨日は明け方くらいまで起きていたみたいですから」


柚葉が途中でトイレに目を覚ましたときには、アリスはベッドに座ってまだ本を読んでいた。まだ寝ないのかと尋ねても、ああと生返事をされただけだった。


「・・・・やっぱり、殿下の方が引き摺ってんじゃん・・・」

「え?何か言いました?」

「あ、いや、ううん。殿下はほっといて、朝食に行こうか!ハンナちゃんも誘って」

「全会一致で賛成です」


ハンナを誘うのは、グレンがハーレムを決め込みたかった訳ではなく、彼なりの気遣いだ。昨夜心配そうでならなかった彼女に、元気な姿を見せたいのだろう。




















グレンの様子を見たハンナは、最初はやはり釈然としないような表情を浮かべていたが、話していくうちに心配より安心が勝ってきたのか、別れ際には笑顔も見せていた。いくらか安堵はしたらしい。

柚葉たちが部屋に戻ってきた時、アリスはちょうど朝風呂から上がった直後だった。


「うひっ!!」


柚葉が変な声をあげて肩を揺らしたのは、アリスが上半身裸で髪を拭いていたからだ。朝日に照らされたほど良い筋肉が輝かしい。


「あ?なんだよ」

「は、早く服着てくださいフェロモン垂れ流し王子」

「何だその異名は」


片眉を寄せるアリスに、彼のシャツを取ってぐいぐいと胸に押し付ける。顔を斜め下から動かさないのは、今アリスを見ていられないからだ。

柚葉に押されながらも、アリスがふっとグレンにやった目線に、柚葉は気付いていなかった。


「そういえばアリスさん、昨日から読んでる本、そんなに面白いんですか?」


この宿に来てからアリスはずっと本を読んでいた。暇つぶしにしては夜更かししてまでしているし、アリスが本を読みそうにはないとは言わないが、彼がそこまでのめり込んでいる内容に興味がある。


「面白・・・くないな」

「はい?どんな内容なんです?」

「まぁ、歴史書だな。世界の歴史が書かれてある」

「せ、世界史・・・」


柚葉の二番目に苦手とする科目だ。ちなみに一番は国語。お前は日本人じゃないのかと何度言われたことか。

それを聞いて柚葉は一気に話を広げる気をなくした。もっとも、広げられたところで理解できるとは思わないが。


「つーかお前早くシャツを離せ!着られんだろうが」

「いや、だって離したら見えちゃう!」

「何がだ!」


その優美な肉体が。

見るだけで動悸が激しくなるからどうか隠してほしい。早く服を着てほしい。だけど手を離したらまた綺麗な腹筋が見えてしまう。ど、どうしたらいい。アリスのシャツではなくて上着とかで隠せばよかった。

柚葉からもぎ取ろうとするアリスの力ももちろん強いはずだが、それに対抗する柚葉の力は一体どこから湧いてくるのだろうか。


「グ、グレンさん助けて・・・!」

「てめ、汚いぞ」


手を伸ばして応援を呼ぶと、グレンは困ったように笑ってその手を取ろうとした。













だが、グレンの手は止まった。











「っ」




「・・・グレン、さん・・・・?」




その顔から笑顔は消え、フィルターかけたように怯えた、恐怖する表情になっていく。



「グレン」



思わず手を止めた柚葉とアリスは彼の名を呼ぶが、返事はしてくれない。

代わりに、くしゃりと歪めた表情と一緒に伸ばしていた手をぐっと胸の前で握った。




「―――ごめん・・・」




何に謝っているのか。


恐らくそれは、この場にはない、何か。


その姿が、普段の彼からはあまりにもかけ離れていて、それだけで胸が締め付けられていく。




「グレンさん」




立ち入るつもりはなかった。


でも、これ以上知らない振りをしておくこともできなかった。








「どうかしました?」








だから、できる限りの微笑みで、彼を包むように訊ねた。
















「――――――聞いてくれる?ユズハちゃん。酷い話なんだよ」




そうやって話せる場所が、どこかにあったらいいと、柚葉にもそれはできると、そう思った。






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