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生贄の救世主  作者: 咲乃いろは
第四章 掴めなかったものは
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空気を掴む手

騒ぎを聞いて駆け付けた自警団に男たちの身柄を引き渡し、四人は宿に戻った。アリスのことに気が付いた町民もいたようだったが、殆どが興味なさそうに散っていった。先程まで食い入るように見ていたくせに、なんて冷ややかなものだろう。


「グレンさん、お水です」

「ああ、ありがとう、ハンナちゃん」


冷やしたタオルで目を覆い、ソファの手すりに頭を預けて横になっていたグレンは、水を注いだハンナの気配に頭を持ち上げる。冷やされて曇ったグラスを手に取り、喉を潤した。


「大丈夫ですか、グレンさん」

「うん、落ち着いたから大丈夫。ユズハちゃんにも心配かけたね」

「や、それはいいんですけど、何かありました?」


ハンナが言った通り、宿に戻る途中もグレンは顔色が悪かった。意識ははっきりしていて自力で歩いてはいたが、その足取りは重そうだった。


「ちょっと人ごみに酔っちゃっただけだから、大丈夫だよ」


情けない、と笑うグレンは先ほどよりは顔色も戻っているが、いつもの明るさはないようにも感じた。気のせいかもしれないと思うほど微々たるものではあるが。


「ハンナちゃんも、もう大丈夫だから部屋戻りな?時間も時間だし」

「じゃあ、私送っていきますね」

「でも・・・、」

「グレンさんも早く寝た方がいいと思いますし、ね?」



といっても、隣の部屋ではあるが。だが、柚葉が背中を押さなければハンナはずっとこの調子でグレンを心配して付き添っていそうだ。柚葉は後ろ髪を引かれているハンナの背中を、そっと出口へ向かって促した。


「おやすみ、ハンナちゃん」

「・・・・はい。おやすみなさい・・・」


グレンの笑顔を見ても、ハンナは下げた眉を戻すことはできず、小さくそう言ってから出ていった。






「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・で?」

「はい?」


パタン、とドアの閉まる音がしてから、無言だったアリスがやっと口を開いた。たった一言、たった一文字だったが、グレンに対してかける言葉はそれだけで十分だったはずだ。


「はい?じゃねぇだろ」


国に仕える騎士が、人ごみに酔って機能不全になるなんてこと、あるわけがない。実際動けていないわけではなかったが、夜道をハンナ一人で歩かせるなんて、普段のグレンならまずありえないことなのだ。そんな状況になってしまった何かがあるのだろう。


「・・・・・いや、すみません・・・久々に思い出しちゃって」

「・・・こんな時にか」

「こんな時にですよ。・・・自分でもびっくり。もう大丈夫かと思ってたんですけど」


額に浮かんでいた汗を拭い、グレンはハハハ、と頬を掻いて乾いた笑いを漏らす。




「本当、男は弱いですよね、こういうの。ただ、躓いたハンナちゃんを支えようとして手を握り損ねただけ・・・たったそれだけだったのに」




グレンは自分の手を眺め、何もないものをぎゅっと握りしめた。


「・・・未練がましい男は嫌われるぞ」

「それ、殿下が言います?」






















部屋を出ると、ハンナが柚葉の腕を軽く引く。聞いてほしいとでも言うような、控えめな力。


「ハンナさん?」

「・・・グレンさん、大丈夫でしょうか?」

「え?あ、ああ、大丈夫ですよ。あれでも国期待のエースですし、明日にはケロッとしてますよ」

「・・・ならいいんですけど・・・」


納得がいかないのか、ハンナの表情は晴れない。宥めたところで安心するような雰囲気でもなかった。

何か聞いてやらねば、ハンナは今夜は眠れない夜を過ごすことになるだろう。


「どうかしました?」

「・・・・どう、ということはないんですけど、グレンさん、人混みに酔ったわけじゃないと思うんです。もしそうだったとしたら、あまりにも急だったし、自分の手を見て震えていたように思います」

「震えていた?」

「・・・はい。多分、躓いた私の手を取って下さろうとしたと思うんですけど、人が多くてぶつかってタイミングが合わなかったのか、グレンさんは私の手を掴むことができず、私はそのまま転んでしまったんですけど・・・そこからです、グレンさんの様子がおかしかったのは・・・」


確かに、人混みに酔ったにしては、タイミングがおかしい。街中は最初から大勢で賑わっていたし、柚葉達より大分早くに出掛けたはずなので、人に酔うのであればもっと早くに症状が出てもいいはずだ。

本当の理由は何かは分からないが、とにかくグレンの様子は柚葉がちゃんと見てハンナに伝えると約束して、彼女を隣の部屋に送り届けた。


柚葉も、グレンの言う言い訳のような理由に全く納得いっているわけではなかった。ただ彼がそう言うからには今は詳しくは話せない理由があるわけで、それを柚葉が根掘り葉掘り聞くわけにもいかないと思っていただけだ。おかしいと言えばアリスだっておかしいのだ。絶対何か知っている顔をしていたのに、ただ沈黙を守って、あの場から存在さえ消そうとしていた。それも二人の理由があるからで、柚葉が踏み入る場所はないと理解もしている。

ただ、それは同時に柚葉には関係ないと言われているようで、少し、少しだけ一人ぽつんと島のように離れている気分だった。






「ただいまグレンさん今すぐ寝ましょう」

「え、ど、どした?」


部屋に戻ってくるなりグレンを真っ直ぐ見てくる柚葉の目が怖い。


「ハンナさんにグレンさんは明日になればケロッとしてると言っちゃったので、今すぐ寝て明日にはケロッとしていてください。でないと私の面目が立ちません」

「お、おおう?わ、分かりました」


鉄仮面で早口に言う今の柚葉に大丈夫だからと言っても聞かないだろう。グレンは完全に気圧されて風呂にも入らず布団に潜ることにした。




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