グレンのモテ期
ハンナと別れて、三人は部屋に戻ってきた。途端に重しが肩に乗っかったかのように疲れた。ハンナは話しやすい明るい少女だったけれど、話をすること自体に緊張をしていたらしい。
結局、もっともらしいことは分からなかった。ハンナは柚葉のことは初めて見たと言うし、夢のことも身に覚えがないらしい。ただ、数ある夢の中の一つとしか捉えていなかった。怖かったとはいえ、柚葉が感じたようなものではなかったようだ。
「収穫なし、ですね」
「まあ、私の思い過ごしかもしれないですし、正解は分からないので、とりあえず大丈夫です。ありがとうございました」
気にはなるが、これ以上踏み込む手段がない。またどこかで手掛かりを掴む以外は、夢の正体を暴く方法はないのだ。ハンナと話すことで何か掴むことができればよかったが、ハンナにも二人にも、余計な時間を使わせてしまった。
気を取り直して夕食にしようかと話していたところ、扉がコンコンと二度音を立てた。
一番近かった柚葉が扉を開くと、そこには先程まで話をしていた人物がぽつんと立っていた。
「ハンナさん?」
「すみません、またお邪魔してしまって」
「どうしました?」
柚葉の質問に、ハンナは言い出せないのか、口を開けては閉じ、開けては閉じを何度か繰り返した。先程の話で抜けていたところでもあったのかと根気強く待っていると、ぽつりと小さな声で話し出した。耳を澄ませないと聞こえないような、蚊の鳴く声。
「あの・・・、今日街で結構大きなお祭りがあるんです・・・」
「へぇ、お祭りってあの屋台とかあるお祭り?」
「はい・・・、そ、それで、あの、私、お誘いに伺ったんです・・・本当は、昨日からずっと思ってたんですけど、恥ずかしくてなかなか言い出せなくて・・・っ」
柑橘系を思わせる容姿とは裏腹に、苺のような反応をするハンナはちょっとかわいい。
「お誘いって、私たちを?」
「はい・・・、というか・・・その、そちらの男性を・・・」
「・・・・・・・・・・ああ、なるほど」
何故そんなに恥ずかしがっていたのか。何故なかなか言い出せなかったのか。ようやく合点がいった。
ハンナは恋をしてしまったのだ。いわゆる、一目惚れってやつをしてしまったのだ。
まぁ、無理もない。世の女性の殆どは惹かれる容姿だ。中身を知ってその恋が冷めるかどうかは分からないが、柚葉的にはあまりお勧めしない。見ているだけが一番楽しめるだろう。
「・・・だそうですけど、アリスさん」
「・・・行かない」
「何でですか。そう言うと思ってたけど!可愛い乙女の頼みでしょ!叶えてあげるのが王子様!」
「ふざけんな。俺はアステリアの王子だ。ここはカリナ国だから関係ない」
「ひどい!女の子には優しく!ね、グレンさん!」
「そうですよ殿下。ユズハちゃんなら俺がちゃんと護衛しておきますので、ちょっといけない夜を過ごしてきてもいいん痛い!!!」
ニヤニヤするグレンの脛をアリスの硬そうな靴が小突いた。アリスは専ら興味のない顔をしてハンナを向こうともしない。柚葉はあまりお勧めはしていないが、一夜くらいこの容姿を堪能して淡い夢を抱いてもいいだろうと思う。何より恋するハンナを応援してあげたい。お勧めしないけど。
「すみません、ハンナさん。必ず説得して行かせますので、一時間後に玄関の所で待っててください!」
「ばっ、お前何言ってんだ!」
「え?あ、いえ、あのっ・・・」
「この人一応許嫁いますけど、内緒にしときますので、レンタル可です!」
「え!?許嫁?」
「そ、超かわいい子なんですけど、大丈夫。女の子は恋すればいくらでも可愛くなれるんだから!」
若干鼻息荒く、うんうんとハンナの肩を叩く。どちらにしろ、ここに長居はできないのだ。絶対に結ばれないとは言わないけれど、その可能性は限りなく低い。ならば時間の許す限り一緒に過ごすのもありだろう。
「アリスさんは私が手間暇かけてめかしこみますのでご心配なく!」
「ユズハちゃん、俺も手伝うよ!」
「だからお前ら!」
「ちょっ、ちょっと待ってください!違うんです!」
「へ?」
腕まくりをして早速用意、と思っていたら、ハンナが少し大きな声で制止した。
「その、私がお誘いしたかったのは・・・・・・そちらの・・・」
ハンナの目線と指の先を辿ると、それはアリスではなかった。
アリスの横の・・・、
「・・・・・・・・え?・・・・・・・・・・俺・・・・・?」
グレン本人が一番驚いていたようだ。
***
グレンも確かにイケメンだ。
童顔の整った風貌は爽やかだったり可愛さを彷彿させる。そのくせ背は高い方だし、脱いだら割とすごいのは柚葉も確認済みである。あまり上司に褒められているところは見ないが、優秀な腕もある。モテて当然なのだろうが、いまいちそれが目立たないのはアリスがいるからだ。
何もかもをアリスに持っていかれているのに、それでもハンナはグレンを指名した。
それは、最初に話したのがアポを取りに行ったグレンだったからかもしれない。
「いや驚いた。アリスさんがいながら、グレンさんを選ぶなんて」
「俺だってびっくりだよ。いつものパターンで殿下にやられちゃったと思ってたから」
「グレンさんのどこがよかったんでしょう?」
「ユズハちゃん、なんだかさっきから悪意を感じるよ」
ハンナは付き合ってくれるなら一時間後に玄関で待ってますと言い残して出ていった。結局グレンは返事をできず仕舞いでいるのだが、どうするべきか悩んでいるようだ。
「行ってくればいいじゃないですか。ハンナさん可愛いですよ」
「うん、それはそうだけど、でも・・・」
「行ってくればいいだろ。ちょっといけない夜を過ごしてきてもいいぞ」
へっ、と完全に馬鹿にした笑みをたたえるのは、おそらく先程柚葉とグレンに一緒なって嵌めようとした仕返しだ。被害を一身に背負ってくれるグレンに申し訳ない。
「はいはい、分かりましたよ。俺がハンナちゃんと付き合うことになっても知りませんからね」
「それはそれで祝ってやるよ」
「そりゃどーも」
不貞腐れながら出ていったグレンは、着の身着のままだった。ああは言っていたが、本当に祭りに付き合うだけなのだろう。断らなかったのは、玄関で待つハンナに、悲しい顔で引き返してほしくないからだ。
「・・・アリスさん」
「なんだ」
アリスは読んでいた本の続きを捲りながら、口だけで返事をする。
「私もお祭りいきたいです」




