城へ
城までは人通りの殆どない裏通りを歩いて行った。顔の知れ渡っている国の王子が変な恰好の女をおんぶして歩いていたら噂が悪い方向にしか立たないからだとアリスは言っていた。柚葉からすれば、変な恰好なのは周りの方で、自分はごく一般的な高校の制服を着ているだけなのだが。むしろこの制服は県内でも可愛いと有名だったのに。
たまに対面しそうな人からはうまく隠れ、数十分もアリスの背中で揺さぶられていると、ふと振動が止まった。
「今戻った」
「坊ちゃん、おかえりなさい」
「坊ちゃんって言うなといつも言っているだろう!」
「失礼、アリス坊ちゃん」
「・・・・・もういい」
衛兵のいつもと変わらない様子に平和だと思いつつも、諦めたようにげんなりと肩を落としたアリスは形だけの敬礼を手を払って楽にさせ、門を開けさせる。ギギギ、と重そうな音を立て、城の全貌が見え始めた時に柚葉は目を開けた。眠ってはいなかったのだが、車酔いと同じで、動いていく景色が吐き気を増長させるようで、目を瞑っていたのだ。眠っていないよというアピールで喋り続けていたらうるさいと言われたので口も噤んでいたが、目の前に広がる純白の建物に思わず声が上がる。
「ほわぁ」
「何だ、静かだったから眠ってると思ってた」
「アリスさんが黙れ口から生まれた女と言ったから素直に従ったまでです」
「そこまで言ってないだろう。少し静かにしろと言っただけだ」
「でしたっけ?」
衛兵が柚葉のことを不思議そうに見ていたが、アリスと会話をしていた時点で警戒心はなかったのか、そのまま見送って警備に戻っていった。門を潜ると、右も左も隅々まで手入れが行き届いた庭が遠くまで広がっていた。庭師やメイドが数人いるが、王子の帰還に姿勢を正す者もいたが、殆どは手を振って迎えている。衛兵もそうだが、周りの態度からして、本当にこの男、王子なのだろうか。
「ったく、あいつらは一体俺をなんだと思っているんだ・・・」
「まぁまぁ、愛されているってことでしょ、坊ちゃん」
「誰が坊ちゃんか!」
城の人間ならともかく、柚葉にまで坊ちゃん呼ばわり筋合いはなく、アリスは噛みつくように眉を吊り上げた。
城の扉の前まで来ると、アリスが柚葉を片手で押さえながら空けた方の手で器用にノブを引く。どうしたって柚葉の尻にアリスの手がくるのだが、この場合は致し方ない。出血大サービスだと耐えたが、触っている本人はあまり自覚がないようだ。お金取れば良かっただろうか。
「うっわ、お城みたい」
「城だが」
「そうでした」
主に金、銀、白で配色された城内は眩いまでの輝きが広がっていた。上にはシャンデリアが吊ってあるが、照明などなくても充分な光源は取れそうだ。細部にまで端正込められた装飾がしてあり、一目で子供騙しなんかじゃないと素人目にでも分かる。それが上品に使われているからか、豪勢なのに嫌味な感じはしない。
「ひとまず神官のところへ向かうぞ。オヤジへの挨拶はそれからだ」
「オヤジ?え、国王ってことですか?会うの?やっぱり?」
「城に入っておいて挨拶無しはないだろう」
「ですよね」
それでは泥棒のようなものだ。
コツコツとアリスのブーツが大理石の床を叩く音が響く。一軒家の全体面積もあろうかという広さのロビーを抜けるとカーブなしの100メートルリレーができそうな廊下が目を細めるほど伸びていた。セグウェイでも使って移動した方がよくないだろうか。シャトルバスでも可。とにかく一人で行動すれば迷う自信がある。
しばらく歩くと、一つの部屋の前で止まった。止まったといってもそれは廊下が行き着く先、一番奥のあまり目立たない部屋だったので、それ以上は進めなかっただけだ。三つノックをすると中から返事が聞こえてきた。
「イヴァン、俺だ。入るぞ。・・・・・・お前も来い」
「あっ、はい」
部屋の前に着いたときに下ろされた柚葉は、扉の装飾に気を取られていた。引っ張られるように部屋の中へ入っていくと、中には細身の糸のような金髪を持つ人間が佇んでいた。
「アリス、戻ったんだね」
直にその声を聞くと、直接脳を刺激されたような、揺すぶられるような音に感じた。ゆっくりとこちらを振り向く顔は長い睫毛や大きな瞳、薄い唇をバランス良く配置された、アリスとは違うタイプの美形だった。骨格や声からして、かろうじて男声だと分かるが、女性だと言われても疑いはしない。
「たった今な。・・・で、だ。早速だが、一体何をこれはどういう事だ」
「どういう事というと?」
「分かってるんだろう?召喚されたのはミノリカズハではなかった」
いないように扱われているが、2人が何のことを言っているかは分かる。
アリスは柚葉が間違って召喚されたことをイヴァンと呼ばれた男に批判申し立てているのだ。
アリスの不機嫌そうな表情に反応を示さず、イヴァンは淡々と言葉を紡いでいく。
「そうみたいだね。でもそれは僕が決めたことじゃないし、止められる未来でもなかった。全ては必然だよ」
「お前はいつもそうやってはぐらかしてばっかりだ」
大した情報は聞き出せないと悟ったのか、それ以上アリスがイヴァンを責めることはなかった。その様子をイヴァンは目を細くして見届けると、柚葉に近付いてくる。
「おいで」
「うあ、はい?」
一言言われただけで柚葉の手首を取って優しく引っ張ると、そっとソファに座らせた。彼が動いただけでいい匂いがしてくるのは気のせいだろうか。自分は変態だろうか。
「目を瞑って」
「?」
怪訝そうな表情を浮かべていると、長い指が目元を覆い、強制的に光が遮断される。あ、やっぱりいい匂い。
数秒。
「終わったよ」
「げほ!」
「何故噎せる?」
匂いを嗅ぎすぎて限界まで息を吸ったことは秘密だ。だからアリスさん、そんな変なものを見る顔しないで。
いい匂いで癒されたからか、美形で目の保養をしたからか、はたまた変態のイメージと引き換えだったのか、身体の痛みや吐き気はすっかりなくなっていた。
「身体は楽になったかな?」
「あ、はい。でも一体何を・・・」
「魔力を安定させたんだよ。これで魔力酔いはなくなったはずだよ」
にこりと笑う顔の周りには健気な花が咲いていそうだ。魔力酔いはなくなってもあなたに酔いそうです。
「それは神官だけにできる技。一般人にはできないから、もう酔うなよ」
「酔いたくて酔ったわけじゃありません」
いちいちここに連れてくるのは面倒だと、心の底から訴えるアリスは悪い人ではなさそうだが多少愛想がなくて苦手だ。
ふい、と柚葉はアリスから顔を逸らし、優しそうなイヴァンに目を向けた。
「神官様?結局私は間違ってここに喚ばれたんですよね?」
「イヴァンでいいよ。・・・そうだね、本来ここにくるのは君のお姉さん、ミノリカズハだった」
やはり、神官というだけに何でも知っている。神のお告げやらなんやら聞いてるのかもしれない。だったら、この先のことを何かしら知っているはずだ。あ、あと何歳で結婚できますか。
「ということは、私は別にここにいる必要はないですよね?お家帰りたいんですけど」
御馳走とケーキを残してきている。何としてでも戻って再会しなければ自分はこの先一生後悔することになる。
「うーん・・・しばらくは無理だろうね」
「・・・・・・・・・・・・今なんと?」
「うーん・・・しばらくは無理だろうね」
巻き戻し再生のように言葉も声色もスピードも間合いもイントネーションもアクセントも全く同じように言ってのけたイヴァンに拍手。最近の神官様はこんなこともできるのか。イヴァンの言う内容の虚しさよりそんなことに気付けるだけ、柚葉はまだ正気だ。
「いやいや・・・・・・いやいやいやいやい!」
「喧嘩売ってるのか?」
切るところ間違って時代劇のようになってしまっただけだ。
「しばらく無理ってどういう・・・?」
「そのままの意味だよ。アリスから聞いたかもしれないが、君が元の世界に戻るとしたら、来た時と同じように空間の歪みを利用して帰るしかない。そしてそれは数年に一度、いや数十年に一度、長ければ数百年に一度だ」
それはしばらくなんていうレベルではない。少なくとも柚葉は次の誕生日をこの世界で迎えるということになる。いや、次だけで済めばまだいい。下手したらこの世界で冠婚葬祭を実施しなければならない。
「ちなみに君が来る前に空間の歪みが生じたのは15年前だよ。今回は割かしスパンが早かったね」
「そ、んな・・・」
異世界に召喚されるというゴリゴリのファンタジー展開を身を持って体感していることよりも、目の前にありえない美形とイケメンが佇んでいることよりも、一番悔やまれるのはただ一つ。
「私の、誕生日プレゼント・・・」
「改めて宜しくね、ミノリユズハちゃん」
美形の笑顔が眩しすぎて目を開けられない。




