間違えた言い訳
「生贄・・・?」
「簡単に言えば世界の為の犠牲ということだな」
そうじゃない。言葉の意味を聞いたのではなくて、アリスが言っていることがどういうことなのかを聞いたのだ。柚葉の姉、和葉も同じ平凡な日本人で、ごく平凡に生きてきた。ここが異世界だということが本当なら、それこそこんな世界と関わり合いはなかったはずだ。
「生贄って、何の・・・?なんでお姉ちゃんが?」
「・・・まぁ・・・この世界を維持させる為だ。それにミノリカズハが選ばれた」
この世界は数年、もしくは数十年、数百年に一度、世界の滅びの年が来る。町は廃れ、木々や水は枯れ果て、人々は姿を消していく。自然界に宿る魔力がその先の未来の為、全て奪っていくそうだ。だが、今を生きる人々からしたら、想像のできない未来に投資するなんて大きな賭けはできなかった。そこで人々は考えた。同等の魔力を差し出し、世界には手出しをしてほしくないと世界自身に願った。なんとあさましく、醜い願いだろう。それでも世界は応えてくれた。異世界人を差し出す選択肢をくれた。異世界人の魔力はこの世界では増長する。ここに生きる魔力が強い者でも比ではない。それは滅びの年の魔力を補える程だった。その異世界人を喚ぶ空間の歪が数年に一度やってくると、人々の間では話が広がっていった。
「まあこれは昔話、伝説に近いものだけどな」
かいつまんで説明したアリスは、自分自身も信じているか怪しいような表情でそう締めくくった。空を仰いで浮き出た輪郭は繊細で艶めかしい。
「その差し出される異世界人っていうのが、お姉ちゃんだったってことですか?」
「そういうこと。伝説とは言っても、現に滅びの年と呼ばれる年には凶作で国が滅びそうになったこともある」
「空間の歪が出るっていうのは」
「そんなもの、お前が一番の証明だろ」
それもそうだ。今はアリスの言っていることを信じるしか状況を飲み込む手立てはない。よく分からないことばかりだが。
「異世界人はお前の国から選ばれることが多い。この世界に来た時の魔力の増幅が大きいからな。その中でも魔力の大きい者が選ばれるわけだが、今回はミノリカズハだった」
「なのに間違えて私を選んでしまったと」
「そうとも言う」
「このヘッポコ」
「俺のせいじゃない!」
そうは言うが、柚葉にとってはアリスがヘッポコで和葉と取り違えてしまったからこんな目に遭っているのだ。必死に否定されても、弁明の余地はないと訝し気な視線を送る。
「誤解があるようだが!俺は間違った覚えはないぞ!」
「間違った人は皆そう言うんですよヘッポコ。自覚なき間違いが一番厄介なんですよヘッポコ」
「語尾に気をつけろお前!」
何故なら何をどうして間違ったか分かっていないから。120%合ってると思って2Bの濃い鉛筆でテストの答案を書いたものの、返ってくると赤で撥ねてあった時の虚しさと言ったらない。
「俺達は、俺は確かにミノリカズハを喚んだ。お前ではなくてな」
「そう言われましても、私はユズハですし」
「・・・何故だ・・・」
何やら反省なのか、考え込んでしまったアリスを見て、柚葉は仕方ないかとでも言うように小さく息を吐いた。できれば言いたくない。まだあまり口に出したくはないのだけど、話を進めるには必要な情報だろう。
「・・・・お姉ちゃんは去年亡くなりました」
「・・・・何?」
交通事故だった。
和葉はしっかり青で横断歩道を渡っていた。周りの人もいたはずだ。なのに何故か和葉だけが突っ込んできたダンプカーに見るも無惨に下敷きにされた。幸いと言っていいのか、顔はかすり傷くらいだったが、身体はぐちゃぐちゃ。葬式で見えるところが顔だけで良かったと思える程だった。そう聞いたのは和葉より2つ上の兄からだ。柚葉は見ていない。
「去年の今頃。・・・だからじゃないんですか?私がここに来たのは」
「ミノリカズハは死んだ・・・?」
そんなはずは、と驚きを隠せないアリスは地面を睨んで何やらブツブツと呟いていた。確かに神官はそう言っただの、おかしいだの聞こえた気がするが、柚葉には理解できない内容のようだ。
「それで、喚ばれるはずのお姉ちゃんがいなかったから、間違って私が喚ばれちゃったとかそんなんじゃないんですか?」
「ありうるな。姉妹なら魔力の質も似てるだろうから、ありえない話ではない」
「やっぱり人違いして喚んじゃったってことですねヘッポコ」
「だから俺のせいじゃない!」
「あいた」
口を尖らせて不満そうにする柚葉は、そっぽを向いた。だがすぐに少し身体を前へ傾けたのは、今にも手を出しそうなアリスに叩かれたのではない。瞬間、ピリッと身体の中心から痛みと気持ち悪さが込み上げ、思わず胸を押さえ込んだからだ。
「どうした?」
「あ、いや、なんか・・・胸焼け、みたいな。お腹空いてたからエギレかな」
「おっさんか」
いつもならお腹が空けば学校帰りにパン屋でも寄るところだったが、今日は帰ってからの御馳走を楽しみにしていたため、わざとお腹を空かせていた。それがこんなところで裏目に出ようとは。胃のあたりを摩ってみるが酔ったような気持ち悪さは拭えない。
「ううう・・・」
「魔力酔いだな。魔力に身体がついていっていないんだ」
「魔力酔い?」
だらしない表情をしたままアリスを見上げる。他人事のように清々しい整った顔が妙に腹立たしい。
「言ったろ。お前の世界の人間はこちらでは魔力が増幅する。急激に跳ね上がった魔力に身体が耐えきらないんだ」
「高山病みたいな?」
「何だそれは」
「山とかに登った時に起こる健康被害・・・あれ?ちょっと待って。さっきからあなた私に魔力があったかのように話してますけど、私普通の人間なんで魔力なんてないはずですけど?」
和葉がどうだったかは知らない。もしかして秘めたる魔力を隠し持っていたかも知れないが、少なくとも柚葉はそんなもの持った覚えも感じた覚えも、ましてや使った覚えもないのだ。ないものが増幅するわけない。
「それはただ覚醒していないだけ。生きとし生けるもの、全てに魔力は宿る。ただ小さすぎると感じることも使うこともできないんだよ。お前の国はそういう人間が多いんだろうが、その奴らでもここに来れば皆魔力を感じることが出来るはずだ」
つまりは魔力はあるかないかではなく、大きいか小さいかなのだそうだ。火種は皆持っていて、そこに火をつけられるかどうか。いわばこの世界に来ると酸素を与えられたように火がついてしまうのだ。
「しょ、消火器下さい・・・」
なんだか身体が熱くなってきた。本当に火がつくのではないだろうか。
「ち、ちなみにですが、魔力が増幅しすぎるとどうなります?」
「爆発するな」
「?!」
んな殺生な。間違えられて召喚されたあげく、ほしくもない魔力を覚醒させられ、飛び散って死ぬなんて考えただけでも恐ろしい。人体自然発火とどちらが辛いんだろう。どちらにしろ、このままでは命はないとよく分かった。
「・・・仕方ないな」
「はい?」
ふう、とアリスはため息をつき、柚葉の空いている方の腕を引っ張る。傾いていた身体が持ち上がり、あっという間にアリスの背中に乗せられていた。
「ぎゃあ!」
「っ!うっせぇな!静かにしろ、耳がもげるわ」
「いやいやいや、もげるようなことさせるからでしょ!」
「しとらんわ!」
助けてやってんのになんて言われようだ、とぶつくさ言いながらアリスは歩を進める。どうやらそれは少し先に見える城下町に向かっているようだ。
柚葉はできるだけアリスの背中から身を離そうとしたが、落ちかけたのでやめた。
「ひとまず城へ向かう。神官に処置してもらえば、魔力酔いもなくなるだろ」
「ぷひぃ」
「何だその返事は」
「いや、吐き気を抑えてましたらこんな感じに」
「吐くなよ!?絶対そこで吐くなよ!?」
「フリですか」
「フリじゃないわ!吐いたら速攻捨て置くからな!?」
その場合、捨て置いたとしてもアリスのその綺麗なお召し物は大変なことになります。
「でも、お城なんてそう簡単に入れるものじゃないんじゃないですか?衛兵とかいるもんでしょ?」
「何言ってんだ。王子を入れない衛兵がどこにいる」
「・・・・・・王子・・・誰が?私が?」
「何故そうなる・・・俺に決まってるだろ」
ぶす、と不機嫌な顔のまま、アリスは歩いていった。




