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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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156/204

神代愛憎模様 肆

 木花之佐久夜毘売と石長比売、怨念で強化されているとはいえ彼女らは戦闘特化の神ではない。

 強大な力を持っていようともそれをどう振るえば良いか分からないのだ。

 ただ垂れ流しているだけで収束も満足に出来ないならば恐るるに足らず。

 向こうがF1マシーンでこっちがただのハチロクであろうともノープロブレム。

 運転もロクに出来ない相手に遅れを取るほど醍醐姉妹は耄碌していない。


「死ね死ね死ね死ねェええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 連続で放たれる光弾は僅かに掠るだけでもゴッソリ肉体を持っていかれるような威力を秘めている。

 が、当たらねばどうということはない。

 姉妹は糸を手繰って光弾を防ぐ――までもなく、僅かに逸らすだけで回避する。


「……チッ!」


 遠距離では分が悪いと判断したのか石長比売が地を蹴って姉妹に接近。

 振りかぶられた拳がヒットすれば絶命は必至。

 しかしこれも、やはり当たらねばどうということはないのだ。


「フフ♪」


 涼やかな笑みを浮かべつつ石長比売の手を絡め取って合気の要領で地面に叩き付ける。

 石長比売を叩き付けた勢いで飛び上がった姉妹。


「そこォ!!」


 空中では身動きが取れない、此処が好機とばかりに弾幕を放つ木花之佐久夜毘売。

 もし戦闘に慣れた者が居れば姉妹の跳躍は"誘い"であると看破出来たかもしれない。

 が、此処に居る戦闘の巧者は醍醐姉妹オンリー。女神姉妹では気付くことも出来ない。


「やれやれ、運が良いのか悪いのか……弱いですね、あなた達」


 視認困難なレベルにまで薄くしていた糸の足場を蹴って弾幕を回避。

 傍目には空を走っているとしか思えないような動きで木花之佐久夜毘売に接近し、


「ガハッ!?」


 インパクトの瞬間、拳に力を収束させたドギツイボディブローを突き刺す。

 もし木花之佐久夜毘売が総身に滾る力を上手く利用出来ていればダメージは通らなかっただろう。

 腹部に力を集中して防げば逆に拳を破壊出来たはずだ。


「これが力の使い方ですよ。どうです、良い勉強になったでしょう?

流石の私もここまで一方的に嬲るだけだと申し訳ないんで塩を送っちゃいました」


 テヘ♪ と舌を出す姉妹――無論、挑発である。

 口では余裕を謳っているが、実際のところは一つ板を踏み外せば奈落へまっ逆さまの状態なのだ。

 ゆえにわざわざ挑発などという小技で更に冷静さを奪おうとしている。

 姉妹がこれまで相手にして来た連中の殆どには通用しない小細工だが、女神姉妹には十分だ。


「(さてはて、こういう手合いならば……分かり易く派手な攻撃が良いかもしれませんねえ)」


 女神姉妹の攻撃をするりするりと躱しながら再び上空へ舞い上がる。

 そしてほの暗い月を背負い、両の五指で空を引っ掻く。

 その動作に呼応して糸で編み込んでいた巨人のように大きな爪が大地を切り裂いた。

 十の斬撃の軌道上には当然女神姉妹も入っており、その柔肌を無慈悲に陵辱する。


「あぁあああああああああああああああああああ!?」

「……!!」


 絹を裂くような悲鳴が上がる。

 力を使えば傷なんて軽く回復出来るだろうが、そもそも箱入りの女神姉妹は痛みに対する耐性が無い。

 ゆえに分かり易く痛くて怖い攻撃が予想以上に効くのだ。

 例え身体は修復されたとしても心に刻まれた恐怖は決して消えず。

 結果、


「動きが鈍ってますよ?」


 更なる傷を負う羽目になる。

 情け容赦という概念を母の胎の中に忘れて来たかのような残虐ファイト。

 目に見える巨大な攻撃を避けようとすれば足下に張り巡らされている糸が足首を切り裂き、

かと言って跳ねようものならば拳足によって叩き落される。

 しかし動かないという選択肢も存在しない。何せ動かなければ分かり易く痛い攻撃を喰らう羽目になるから。


「ひぃ……!?」

「……あ、ああ!」


 もう完全にパターンが入っている。

 格闘ゲームで言うところのハメ技だ。女神姉妹が幾らか戦闘を嗜んでいればこんなことにはならなかっただろう。

 現にハメている側から見ても打開の手は無数にあるのだから。


「おや? おやおやぁ? 何泣いてるんですか御二方」


 これまたざぁとらしい猫撫で声。無論、恐怖を煽るためだ。

 どちらが上でどちらが下かということを教え込むためにこういう小細工は打ってつけである。


「私を殺すんじゃないんでーすかぁ? ほらほら、私、ピンピンしてますよぉ?」


 ケラケラ笑うその姿は悪魔そのものだ。

 嗜虐性だけを詰め込み魔女の釜でコッテリ煮込んで悪性のスパイスを振り掛けなければこうはならないだろう。


「フフフ、黙ってちゃ何も分かりませんよ?」


 怯えた目をしている女神姉妹、震えるその身体からは微塵の戦意も窺えない。

 が、呪われた座敷童シスターズに見逃すつもりは毛頭無い。

 単純にムカツクから――というのもあるが、それ以上に死の淵に立たせることが成長に繋がると知っているからだ。


「あなた達は真の意味で不死なのにたかだか一回の死を恐れるんですねえ」


 そう嘲りながらも女神姉妹の気持ちは分からないでもなかった。

 幾ら遠い未来に再び肉の身体を得て復活するとしても死は死。

 具体的にどんな状態で死後を過すのかは知らないが、愉快なものではないはずだ。

 だからこそ死を恐れる。簡単に割り切ってしまうには二柱の女神は少々箱入り過ぎた。


 が、そんな心の動きを理解していようとも醍醐姉妹は容赦をすることはない。

 糸で編み込んだ弓と矢を手に持ち、静かに狙いをつける。

 番えられた二本の矢の先には木花之佐久夜毘売と石長比売。

 これは心臓を狙ったもので、放たれれば回避はまず不可能だ。


 回避を可能とする身体能力があろうとも心が折れてしまっていては動こうはずがない。

 まあ、神の身体構造が人のそれと同じなのか? という問題もあるが、無論、折込済みだ。

 この矢は体内に食い込むと同時に棘となり中を喰い荒らすように拵えてある。

 重要器官の何処かには当たるのだ――まあ、重要器官が無ければ意味はないのだが。


「姉様……」

「……サクヤ」


 ここに至って、女神達は己の死が避けられないことを知った。

 この場所は未だ夢の延長ではあるが、此処で死ねば現実でも死ぬ。

 震えて動けない木花之佐久夜毘売の下に這い寄った石長比売はギュっと妹の手を握る。

 目を瞑り、震えながら死を待つ女神姉妹。


「――――覚悟」


 放たれた飛矢は狙い違わず女神姉妹の心臓を射抜き、棘が体内を喰い荒らす。

 全身を陵辱する痛み、それでも悲鳴は上げなかった。

 悲鳴を上げる暇があるなら少しでも姉を、妹を、互いを感じていたかったから。


「……さしおり」


 直に死ぬ、だがその前に聞いておかねばならないことがある。

 死を前にしたことで怨念が晴れた石長比売が静かに口を開いた。


「ちょっと待ってください。それ私のことですか? さしおりって私ですか?

天魔さんも同じようなこと言ってましたけど、さしおりって……あんまりにもあんまりな名前じゃないですか」


 さしおり、酷いネーミングである。投げやり過ぎにもほどがあるだろう。

 とはいえ同化した姉妹の名称が定まっていないので無理もない。

 栞と紗織がちゃっちゃと決めていればこんなことにはならなかったのだ。


「……だって、名前、分からないし」

「くそぅ! 正論ですね!」


 栞と紗織を組み合わせて詩織辺りが無難か?

 あるいはいっそ亡き親友である香織の名を取るか?

 一人となった姉妹がグルグルと自分の名称を考えているが、今はそんな場合ではないと思い直す。


「とりあえず醍醐と呼んでください。それで、何か聞きたいことがあるんですよね?」


 とりあえずは苗字の醍醐で通すことにした姉妹が石長比売に問う。

 とは言っても、何を聞きたいかについては予想がついていた。

 そうなるように仕向けたのは彼女らなのだから。


「……あなたは、私とサクヤの記憶を見て何を知ったの?」

「邇邇藝命様の御言葉の意味とは、何なんです……?」


 自分達が死ねば醍醐姉妹を囚えている夢も終わり、二人はこの場所から弾き出されるだろう。

 そうなれば栞と紗織が存命のうちに再び言葉を交わすことは恐らく無い。

 そうなってしまえば答えを聞くことすら出来なくなる。


「……無礼を働いたけれど、哀れな馬鹿娘と思うのならば、御教授願えないかしら」


 何処から間違っていたのか、どうすれば良かったのか。

 過ぎた時間はもう戻らないが、それでも……そう思ってしまうのは未練なのだろう。


「そうですね……良いでしょう。あくまで私見ではありますが、かなり的を射ていると思って御聞きなさいな」


 醍醐は瞳を閉じてあの夢を思い返す。


「天孫降臨、中つ国の統治。しかし邇邇藝命は己の使命に疑問を抱いていたんだと思いますよ」

「疑問……? 天照様から仰せ付かったことなのに?」


 天照は高天原のボスだ。

 そして邇邇藝命にとって天照はババ――祖母に当たる神でもある。

 その天照の命を受けて中つ国に降りたのならば疑問など差し挟む余地もなくやるべきことをするべきだ。


「……邇邇藝命様は真面目な御方でしたし、己が使命を軽んずるようには……」


 真面目であるがゆえに疑問など抱かず粛々とことを進めるはずだし、実際そうだった。

 邇邇藝命が年々愚かになっていようともやるべきことはキッチリしていた。


「ええ、そうでしょうね。ですが、石長比売。あなたの前では一度綻びを見せているはずですよ?」


 邇邇藝命という神は賢い神であった。

 自身の抱く思想が異端であり、他の神々から疎まれるようなことは理解していた。

 それは今の世を見てもそうだろう。

 よくもあんな残酷な虚無へと追いやってくれたという想いもあるが、

それと同じく多くの神々は幻想として貶められ、偶像に成り下がったことを怒っている。

 ゆえに表面上はあくまで普通の神であることを装った。


「……どういうことですか?」

「まあ、あの当時のあなたは想い人に褒められて浮かれていたので気付けなくとも無理はありませんが……」


 あの当時の石長比売が聡明ではなかったというのは酷なことだ、それは醍醐も理解している。

 何せ邇邇藝命の思想は神代の価値観からすればまったく理解出来ないことなのだから。


「彼は人を愛していた」

「……それは知ってます。だから私は……」

「長き時を経て忌まわしきものへと変じてしまったから思い出すのも酷でしょうが、記憶には刻まれているはずですよ?」


 でなくば紗織があの光景を見れるわけがないのだ。


「"私は人間が好きなんだ。間違いだらけで、痛い目を見なければ過ちを正せない。

愚かで自分を罰することも出来ない矮小で卑小で、そんな人間が――――大好きなんだ"」


 一言一句違えずかつての邇邇藝命の言葉を口にする。

 石長比売は当時の記憶を辿り――思い至った。

 浮かれてはいたが、確かに耳の端でそのような言葉を捉えていたことに。


「その後に続く言葉でこうも言っています。

"私の役目はそれだ、肯定。"そのままで良いのだ"と言葉にせず、ただ在ることで肯定すれば良い"」


 間違いだらけの人間だけど、痛い目を見れば懲りて改めるし、また時間が経てば忘れてしまう。

 そしてまた痛い目を見て、前の時よりも一歩進む。それが人間の本質だ。

 邇邇藝命はそんな人間の愚かしくも愛おしい性を肯定していた。


「あなたの与える岩の加護は"そのままで良い"という彼の願いの否定」

「だ、だったらそれを言葉にすれば良いじゃない!」


 そうと察すことが出来ることはちゃんと言ってたんだって。

 とはいえ木花之佐久夜毘売の指摘も尤もだ。ちゃんと言葉にして想いを伝えることは大事である。


「かもしれませんね。ですが、同時に邇邇藝命が見出した答えはあまりにも危険。

ゆえに彼は自身の想いをひた隠しにして生きることを選んだのですよ」

「……神々の否定」


 それを聞いていたのは他ならぬ石長比売だ。

 こうして筋道を立てて説明し、自身の記憶とも照らし合わせれば答えは明白。

 彼女とて箱入りで少々馬鹿なところはあるが救いようのないほど愚昧なわけでもない。


「神に実像は要らぬ、人々の心にだけ存在する偶像であれば良い。

人への愛を自覚し、そうして得た在り方はとても口に出来るようなものではないでしょう」


 むしろ石長比売が居るのも忘れて口にしてしまったあの時が最大の失態と言える。


「……気付く、機会は、あったのね」


 時を経て幻想に成り、虚無の中で嘆き続け当時を思い返すことすら無くなっていた。

 だって振り返っても辛いことばかりだから。

 しかしそれから目を逸らさずに後ろを向けば答えは転がっていたのだ。


「とはいえ、石長比売にとっては辛いでしょう。

想い人にフラれて妹だけを娶られるなんてショックな出来事があれば多少盲目になってもしょうがないです」


 栞と紗織、揃って酷なことばかりを言っていたが女神姉妹に同情すべき点があることもまた事実。


「……」


 石長比売の疑問はそこで解けた。

 そしてどうして、妹である木花之佐久夜毘売だけを娶ったのかも。

 理解して黙り込む姉、静かに死を受け容れているのだろう。

 だが妹からすればまだだ。疑問は氷解していない。


「心が通じ合えば良いという言葉の意味と性格の豹変……それはどういうことなの……?」

「まず第一に、酷な事実ではありますが木花之佐久夜毘売――あなたは邇邇藝命に愛されて妻になったわけじゃない」


 少なくとも最初は、婚姻を結んでからのことは知らないが最初はそうだった。

 突然の指摘にショックを受けた木花之佐久夜毘売、その瞳は潤んでおり今にも泣き出しそうだ。


「大山祇神は石長比売を突き返された時、邇邇藝命にこう言いましたね?

自分が二人を差し出したのには理由がある……と」


 邇邇藝命の命が岩のように永遠になるように、木の花が咲くように繁栄するようにと大山祇神は言った。

 大山祇神は邇邇藝命が意図を分かっていないと思っていたがそれは誤りだ。


「邇邇藝命は大山祇神の意図を察していた。

その上で、木花之佐久夜毘売だけを娶ったのは片方だけを娶ることによる恩恵を受けるため」


 いや、正確には呪いか。

 邇邇藝命にとっては祝福だったが少なくともパッと聞いた限りでは呪いとしか受け取れない。


「"御身はサクヤだけを妻とした、貴殿の命は木の花のように儚いものとなるぞ"――大山祇神の言葉です」


 短命の呪い、寿命などが存在しない神たる邇邇藝命の命に限りが生まれた。

 定命の生き物になった、それはつまりどういうことか。


「恋焦がれ、自身の存在すら否定するほどに愛した人間のようじゃありませんか」

「――――」


 言葉を失う木花之佐久夜毘売、彼女もようやく理解した。


「どんどん愚かになり、力を失っていったのも……」

「人間のように成りたかったんでしょうね」


 寿命が生まれ、神の力を失う、それはもう殆ど人間だろう。

 邇邇藝命の愛した人間。焦がれるほどに秘め続けた想いが実を結んだと言っても良いかもしれない。


「人間を愛し、神の座を捨て人間になりたい、なれずとも限りなく近付きたい。だって愛しているから。

そのために利用したんです、木花之佐久夜毘売という女を。

ですが、自分を愛し、婚姻を喜ぶあなたを前にして罪悪感が沸いたんでしょう。

だからこそ、これから先、一度でも心が通じ合うと良いという言葉を口にしたんだと思いますよ」


 一刀両断するならば身勝手――それに尽きるだろう。

 だが、同じくらいに木花之佐久夜毘売と石長比売も身勝手だ。

 それは今回の醍醐姉妹への仕打ちを見れば一目瞭然。

 二柱の女神に邇邇藝命を責める資格があるかどうかは微妙である。


「正直な感想を言うなら、邇邇藝命もあれはあれで難しいというか面倒臭い殿方ですよ。

だって言葉を尽くそうとしないんだから。そりゃ口にし難いって理由もあるでしょう。

でも、相手を信じて胸襟を開き、しかりと己の想いを伝えることは大事……というのも人の価値観なんでしょうかね」


 人というものに対する考え方や愛情は想い人である紫苑とも似通っている。

 だが、決定的な差があるとすれば言葉を尽くさないこと。

 紫苑は互いの信は胸の裡にある、だから言葉と行動で何時も必死に相手と向き合っている。

 邇邇藝命にもそういうところがあれば結末は違っていたかもしれない……。

 そこまで考えて醍醐はIFに思いを馳せても意味が無いと頭の隅から"もしも"を追い出す。


「私達人間は不完全なんです。それこそ神様に愚かとか言われちゃうぐらいに。

だから私達は想いを伝えることを疎かにしてはいけないと思うんです。

散々好き勝手言いましたが、私達姉妹がやり直せたのは人間だったからってのもあるんでしょうね」


 散々好き勝手言われて殺されかけたことによる怨みも今では鎮静していた。

 紫苑のように命ある限り一つも(逆)怨みを忘れないような小さな人間ではないのだ。

 だからこそ、こうやってフォローを入れられる。


「後は……まあ、惚気るようで恐縮ですが、私達が惚れた人が世界で一番素敵な人だったこともそうですね」


 今の醍醐姉妹が在るのは総て紫苑のおかげだ。

 もし彼と関わらずに生きていたならば、あの夜、奈良の山中でどちらかが死んで終わっていただろう。

 そして残った一人も生に意味を見出せなくなり死んでいたはずだ。

 それほどまでに春風紫苑という男の存在は大きい。


「そりゃ無謬ってわけじゃありませんよ? 良いところも多いですけど駄目なところも多いですし。

何時も何時も私達に心配をかけるし、女心にだって疎い。

未だに男女の好きを理解し切れていなかったりと……欠点も多いです。ええ、ホントに。

だけどそれら総てをひっくるめて世界で一番素敵だと私達は想っています」


 本人は自分を無謬だと思っているし、欠点もなく良いとこ尽くめだと疑ってすらいない。

 女心もそう。疎いとはいうが男女問わず大抵の人間の心の裡を暴いてその上で鈍感決め込んでるのでもっと性質が悪い。


「そんな人が傍に居たから私達はやり直せて、そして少しは成長出来たんだと思います」

「だとしても……自分が情けないわよ。邇邇藝命様の妻だった私は少しも気付くことが出来なかった……」


 嘆いてばかりでどうしてそうなったのかを知ろうとすらしなかった。

 その結果がこれだ。自分よりもずっと若い、そしてあくまで記憶を見ただけでしかない少女らに真実を伝えられるなど情けないにもほどがある。

 木花之佐久夜毘売も石長比売も醍醐の言葉を疑ってはいない。

 言われて、考えて、その答えしかないと思ったからだ。


「まあ、それも仕方のないことだと思いますよ? 神様の常識から邇邇藝命の思想は逸脱し過ぎていました」


 神も人も、己の物差しでしか相手を測ることは出来ない。

 そこからあまりにも逸脱していれば、理解することは困難を極める。

 よっぽど賢明で、類稀な眼力を持っていなければまず不可能だ。

 それらの要素は先天的に備えていることもあるが、後天的に得られないこともない。

 だが、女神姉妹はそれをするには世界が狭過ぎた。後天的に得るには多くの他者と接する必要があるからだ。


「……私かサクヤがもう少し、賢ければ、何か変わっていたのかしら?」

「さあ? それは分かりません。でも、一つだけ確かなことがあります」

「確かなこと?」

「あなた達は嘆きの一歩先へ進んだ」


 だから、


「――――これから以前よりも仲良くなれるんじゃないですか? 私達のように」


 確執や嘆きを乗り越えて今、この二柱は確かに成長した。

 でなくば醍醐の言葉を頭から否定していたはず。

 しかしそうはならず、静かに己の責を認めて一歩先へ進んだ。

 だからこそ、これからの木花之佐久夜毘売と石長比売の関係もこれまでとは違ったものになるだろう。


「~~ッッ!

「……」


 優しい、優しい言葉だった。

 女神姉妹はハラハラと零れる熱い涙を拭うことも出来ず、ただ泣き続ける。

 だがそれは決して嘆きの涙ではなく……。


「さて、矢も消しましたし再生出来るでしょう? 早く身体を治さないと死んじゃいますよ」


 醍醐にとって木花之佐久夜毘売と石長比売を殺すことが目的ではなかった。

 そりゃ確かに巻き込まれたことや悪罵にはそうとうムカついたが、だからって何が何でもその怨みを晴らそうとは思わない。

 綺麗に収まるのならそれが一番だ。

 醍醐の見立てでは女神姉妹は人を――というより自分達に見当違いな妬み嫉みを抱いていたが積極的に人を仇成すような存在ではない。


 人類の敵ならばもののついでに殺しても良いが、そうでないならば殺す必要は無い。

 無益な殺生をするほど醍醐は愚かではない。

 もう女神姉妹は大丈夫だ。これから仲睦まじく静かに暮らせば良い。

 心の底からそう想うのは、何のかんの言ってもやはり彼女らに自分達を重ねているからだろう。


「……ふ、フフフ……優しいのね、でも無理よ」

「はい? 無理ってそんなことはないでしょう」


 今は心も落ち着いているし、出来ないわけがない。

 自己修復程度は軽くやってのける程度には女神姉妹の力は強大なのだから。


「あなた達も言ったでしょ? 箱入りの馬鹿娘で力の使い方もよく分からないって」

「……当時より力は増しているけど、それを十全に扱えるかどうかは別。致命傷を治せるほど器用じゃないのよ」


 元々女神姉妹は山の女神だ。

 戦闘のせの字も知らぬし、闘争とは無縁の神々。

 醍醐が考える以上に二柱の女神は己の力を上手く扱えないのだ。


「……それは、何というか後味が悪いですね」


 襲って来て返り討ちにしたことは別に後悔していない。

 が、折角吹っ切れたのにこのまま死んで長い時を無為に過させるのは少々気まずい。

 困ったように頬を掻く醍醐だが、彼女は治癒能力など皆無だ。

 麻衣が居れば話はまた別なのだろうが……。


「気にしないで。どうせ遠い未来で、蘇るわけだし……」

「……でも、何も出来ず無為な時間を過すのも、少し歯痒いですね」


 姉妹はヨロヨロと今にも消えそうな命の炎を燃やしながら立ち上がり、醍醐に向けて歩き出す。

 最早敵対の意思がないことは明白。醍醐は疑問に思いながらも静かにそれを見守っている。


「私達じゃ戦闘には上手く使えないけど、あなた達なら……別でしょ?」

「……迷惑料、お礼代わりよ」


 木花之佐久夜毘売と石長比売の手が醍醐の胸に重ねられる。

 そして、そこを基点に大きく温かいものが流れ込む。


「……大丈夫、別に乗っ取るなんてことはしないし、出来ないから」

「だって二人共、私と姉様よりずっと心が強いもの。それに、恩人にどうこうするほど愚かではないつもり」


 花が咲いたような二柱の笑顔に、醍醐も釣られて笑顔になる。


「――――ありがとうございます」


 大きな自然の息吹が五体を満たす。

 死んでいたこの世界が色を取り戻し、女達を祝福するように彩りが戻っていく。

 木花之佐久夜毘売と石長比売。単体ではぶっちゃけると雑魚だ。

 怨念強化をされているとはいえ、主神クラスなどとは比べるまでもない。


 だが、二柱の女神が宿る醍醐姉妹はあまりにも特異な力を持っている。

 魂の融合による乗算。一つとなった二つの魂に溶ける以上、女神達も当然影響を受ける。

 注がれた力は一つとなった姉妹の身体の中で一つなり、新たな神格へと変わってゆく。

 だがそれは女神達にとって忌むべきものではなく祝福だった。


「…………ん、んん」


 女神と完全同化することにより、夢の世界が砕けて現世へと回帰する。

 気怠るい身体に鞭を打ち、目を開け二人は上体を起こす。


「……!!」


 すると涙目のアイリーンが視界に飛び込み二人揃ってギュっと抱き締められてしまう。


「わ、わわわ……アイリーンさん、どうしたんですか?」

「そうですよ。落ち着いて下さいハーンさん、何かあったんですか?」


 突然のことに目を白黒させる醍醐姉妹。

 だが、それも無理からぬこと。彼女らは自分達が現実でどうなっていたか分かっていないのだから。


「そっち」


 何かあったのはそっちという今日も今日とて言葉足らずのアイリーンを宥めつつ、醍醐姉妹は室内を見渡す。

 此処は医務室で、何故か自分達は制服に着替えさせられている。


「あの、天魔さん……事情を説明してくれません?」

「時計、見てみなよ。君ら、ずっと眠りっぱなしだったんだよ?」


 言われるがままに天魔が差し出した携帯の時計を見ると、ディスプレイには十八と表示されていた。


「朝、起こしに行ったら目覚めなくてさ。

ルシファーやカス蛇に聞いてみれば神様のちょっかいを受けてるらしいじゃないか。

しかも途中から苦しみ始めるわ殺気を飛ばし始めるわで大変だったんだよ?」


 肩を竦める天魔だが、その顔は何処かほっとしたような感じだ。

 彼女もアイリーンと同じように自分達の身を案じてくれていたのだろう。

 醍醐姉妹は申し訳なく思いながらもくすぐったい嬉しさを感じていた。


「……そういうことですか。御心配をおかけしたようですね。ごめんなさい」

「そしてありがとうございます」

「まあ目が覚めたなら良いよ。にしても……すんごい汗だくだねえ。何があったんだい?」

「着替えもある」

「どうも……さて、何から話したものでしょうか姉様」

「ありのまま起こったことを話しましょう」


 栞と紗織は自分達の身に起きたことを包み隠さず話していく。

 木花之佐久夜毘売と石長比売の人生を追体験させられたこと、その理由、何もかもを。


「上手くいってた君らが気に入らないからって……神様のやることかい情けないねえ」

「器が小さい」


 大丈夫、器の小ささで紫苑は負けていない。


「それより紫苑さん達は?」

「ああ、紫苑くんを含む一部の面子は高天原へ行ってるよ」


 今度は天魔達が事情を説明する番だった。

 ちなみに残留組のルドルフとルークは女性の寝顔を見るのは忍びないということで席を外している。


「成るほど……」

「木花之佐久夜毘売さんと石長比売さんも日本の神様なんだろ? 何か分からないのかい?」


 という天魔の言葉を聞いて疑問が思い浮かぶ。

 一つになっていた時に女神を宿したのだが、今は二人……。


「……何か変なことになってませんよねあの二柱」

「さ、さあ? どうかしら?」

『大丈夫ですよ栞さん、紗織さん』

『……今度はあの時と逆に私が紗織さんに、サクヤさんが栞さんに宿っています』


 気を遣って黙っていた二柱だが、自分のことに話題が及んだことで口を開いたらしい。


「はぁ……成るほど」

『と言っても以前とは少し違いますがね。一度、あなた達の中で私と姉様は一つになり……』

『……そしてまた二つになった。今のあなた達姉妹と似たような状態ですね』


 木花之佐久夜毘売と石長比売、名も姿も同じだが以前とは少し違う。

 カフェオレになったものを二分割しても牛乳とコーヒーにならないのと同じである。

 姉妹の特性そのままに、女神も変質したのだ。


『これからは出来る限りの手伝いをするけど……高天原のことだったかしら?』

『……生憎と私達はあそこを住処にしていなかったから分からないわ』

「そうですか……まあでも、消耗した今の私達じゃ戦力にもなれないし、紫苑さんを信じて待ちましょうか」


 夢の中とはいえ、あれはかなり特殊な夢だ。

 あそこで死ねば此方でも死ぬように、フィードバックしている。

 ゆえに純化を解除した後の疲労が今、姉妹の身体を強く縛っていた。

 戦闘行為なんて以ての外、行ったところで足手まとい以外の何者にもならない。


「ふふ、そうね。春風さんが動いて悪い方向に転がったことなんて無いもの」


 尚、本人視点では一度も良い方向に転がったことは無い模様。

 さて、そんな信頼厚い春風紫苑は今、














「(フハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 愉快痛快爽快じゃのぉおおお!! 哂わせてくれるぜ!!!)」


 神々が住まう地、高天原でこれでもかってくらい大爆笑していた。

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