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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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157/204

神代愛憎模様 伍

 時はしばし遡る。

 醍醐姉妹と女神姉妹がバチバチ殺り合っている真っ最中に、紫苑らは高天原へと足を踏み入れた。

 だが、映像で見たように高天原は酷い有様だ。

 美しき原風景は炎に焼かれ、空には黒雲と雷鳴が満ちている。


「……いかんな。君達、私の後ろに下がっていたまえ」


 高天原のあちこちで燃え盛っている炎が道を狭めていて、それはただの炎ではない。

 同じ炎を操るアレクだからこそ、その凶悪さが痛いほどに分かる。

 これはただの炎ではない。神々の炎だ。

 一度人間の身体に触れれば総てを燃やし尽くしても尚、燃え続ける代物。


「(何仕切ってんだテメェオラァ!)どうしたんですか?」


 アレクを連れて来たのは一体誰なのかを思い出せ。


「これは神の炎だよ。プロメテウスとはまた違うがね」

「神の炎……確かに尋常じゃない熱さね。一応、私達も耐火の外套は着けてるんだけど」


 アリスが言うようにアレク以外の面々は耐火効果のある外套を纏っていた。

 事前に見た映像で高天原が炎に包まれていることを知っていたからだ。


「多少の熱さはしのげるだろうが、燃え移れば一瞬だよ」


 他の面々は汗をかいているが唯一、この場で神をその身に宿しているアレクだけは素面だった。

 着ているのはただのスーツで僅かにネクタイを緩めてはいるが普通ならば気休めにもならない。


「うへえ……それならどないして進むん?」

「私が道を開くよ」


 コキコキと首を鳴らすアレクの顔には気負いなど微塵も無い。

 彼は神をその身に宿している。ゆえ、その力を全力で発揮出来るのは現世ではなく幻想の領域。

 人と神の合一、その魁であり極致に座するこの男からすれば目の前の炎とて暖房の温風と何ら変わりない。


「こうやってね」


 軽く手を前に突き出すだけで目に見える範囲の炎総てが消し飛んだ。

 あまりのことに唖然とする他の者を尻目にアレクはゆっくりと歩き出す。


「雲母さん、アリスさん、君達は紫苑くんと麻衣さんを護ることだけに集中していてくれ」

「そう言ってくれるとありがたいのだけど、良いのかしら? 一応あなたって私の上司だし」

「何、あなたをスカウトしたのは私だし、その目的も紫苑くんを護るためだ。問題無いよ」

「まあ、戦ってくれるなら楽が出来て良いのだけど……」


 雲母とアリスは二つ――否、三つの強大な敵意を感じていた。

 恐らくはそれが高天原をこんなにした張本人で、今も戦っているであろう敵だ。

 彼女らの感覚からしても三つは理外の怪物だった。

 姿が見えないほどに距離が離れていようとも感じるプレッシャーから考えても並ではない。


『結構ヤバげな奴が暴れてるみたいだけど大丈夫かよ』

「聖書の蛇よ、心配してくれるのかね? が、要らんよ。偶には私も頑張らないとね」


 アレクも各地を回って敵を屠ってはいたが、言ってみればそれらは修羅場ですらない。

 修羅場を潜って来たというのならば紫苑達だ。

 彼らにばかり負担をかけるのは申し訳ない。

 折角今日本に居て、力になれる機会があるならば存分に力を振るおうではないか。

 アレクは今、割と猛っていた。


「……すいません(おうおう、楽で良いわ楽で)」

「フフフ、呼んでくれた君の期待にも応えねばな」


 話はまとまった。雲母は紫苑を、アリスは麻衣をお姫様抱っこして駆け出す。

 後衛二人の機動力に合わせていると時間が掛かり過ぎるのだ。

 そうして駆け続けてしばし、辿り着いたのは一際炎が酷い場所だった。


『こりゃひでえわ』


 辿り着いた場所に居たのは炎を纏った人間大の不定形のグロテスクな怪物とそれに立ち塞がる天照と月夜見。

 他にも見知らぬ神々も居たが彼らは既に戦える状態ではない。

 戦えるのは三貴子の二柱だけで、その彼女達にしても酷い重傷だ。


「どうして此処に……逃げて皆! これはあたし達でもどうにも出来ない奴だよ!」

「見捨てて逃げられるほど俺は強くないので断る。麻衣、天照と月夜見の回復を頼む。二人が終われば他の神もだ」

「了解!」


 回復に向かう麻衣。だがそうはさせじと炎を纏った触手が迫るも、


「君の相手は私がしようじゃないか」


 アレクはその触手を視線一つで弾き飛ばした。

 それを見た怪物は、この場において誰が一番厄介な相手であるかを悟り、アレクに殺気を飛ばす。


「やれやれ、日本の神にこんなモザイク必須の神は居たかなプロメテウス」


 が、殺気など柳に風。アレクは両手をポケットに突っ込んだまま微笑すら浮かべている。

 余裕、あまりにも余裕。だがそれは慢心ではない。純然たる事実として今この高天原における最強は彼なのだ。


『さて……それらしき者が居ないでもないが、炎を使うのは解せないな』

「炎と言えば火之迦具土神だが……さてはて、私達とどっちが強いだろう?」

『私とお前は最強だよ。ムスペルヘイムの炎すら凌駕するだろう』

「そうだな。まあ、誰であろうとも敵ならば排除するのみ。実にシンプルだ――――なあ!!」


 怪物が攻め気を滲ませ、仕掛けようとした瞬間にアレクは一気に距離を潰した。

 相手の出鼻を挫くという意味では最高だ。

 放たれた右拳が怪物に突き刺さり衝撃が遥か後方まで突き抜けてゆく。

 たった一発の拳、それもインパクトの際に幾らか衝撃は吸収されたというのに後方の大地は一瞬にして無残なものへと変わった。


「!!!!」


 怪物が言語化出来ない悲鳴を上げる。

 衝撃のままに吹き飛んでいれば幾らかダメージも減退したのだろうが、アレクはそんなことを赦さなかった。

 拳を放つ前に左手で怪物の身体を掴んでいたのだ。

 そうすることで吹き飛ばないように、威力を百パーセントに近い状態で伝えられるようにしたわけだ。


「しかしグロテスク過ぎやしないか? その触手」


 怪物の身体から無数の触手が伸び、アレクの身体を貫かんとしたがこの程度でどうにかなるようなタマではない。

 触手が身体に触れる寸前に彼の身体から噴き出した炎が総ての触手を焼き払ったのだ。

 怪物は炎を纏っている、つまり炎に対する耐性があるというわけだ。

 が、それを焼き尽くすほどにアレクの炎は極まっていた。


「な、何なのあの人間……私達が総がかりでも圧されていたのに……」


 月夜見が信じられないと目を見張る。

 その肉体は麻衣の回復魔法もあって表面的な傷は完全に癒えていた。


「……世界最強と呼ばれる人間でしたか。あたし、ちょっと自信失くしますよ」

「(チッ……腹立つわぁ。俺が本気出した方が絶対強いし!)それより御二方に聞きたいのだが素戔男尊はどうした?」


 こういう局面でこそ、あの暴れん坊が矢面に立つべきだろう。

 だというのに素戔男尊の姿は何処にも見当たらない。

 もしや既にやられてしまったのか? 紫苑はそう考えたがそれはすぐに否定されることになる。


「あの子は別の敵と戦ってるの……でも、あっちもかなり圧されてると思う」


 言って、空を見上げる月夜見。その瞳には不安が滲み出ていた。


『一体誰と戦ってんだ? いやまあ、同族の気配からして予想はつくんだけどさぁ』

「――――ヤマタノオロチです」

「(ファーwww酔わせて不意打たなきゃ勝てなかった奴じゃねえか負け確定!!)」


 ヤマタノオロチ、神話に詳しくなくとも名前を聞いたことぐらいはあるだろう。

 八つの頭と八つの尾を持つ巨大な蛇――何かもう怪獣映画とかに出て来そうな怪物である。

 さて、その怪物はザックリ言うと素戔男尊にぶっ殺された。

 しかし、紫苑が言ったように酔わせて眠ったところを襲わねば勝てないような相手だ。


 とても正攻法で勝てるわけが無いのだが、神話の再現は絶対不可能だろう。

 怨み骨髄のヤマタノオロチにどうやって酒を飲ませれば良いのか。

 素戔男尊も今頃上空で頑張っているのだろうが勝率は限りなく低い。

 かと言って援護に行けるような面子も居ないので八方塞がりである。


「ちょっと待ってください。何だって神々の住まう聖なる領域にヤマタノオロチが?

いや、彼の蛇が素戔男尊に怨みを持っているのは分かりますが……。

それにあの炎の怪物もそうだ。何だってあんなものが高天原に居て、殆ど壊滅状態になってるんですか?」


 容赦ない指摘に天照と月夜見の顔が曇ってしまう。

 このリアクションを見るだけでもう、大体のところが分かってしまった。

 その上で紫苑は、


「(コイツら無能過ぎだなぁオイ! 何が三貴子だよ! 三貴子(笑)か三貴子(恥)じゃねえか!)」


 これでもかというくらい溜飲を下げた。

 アレクの活躍で苛々していた気持ちが幾分和らいだことで若干の寛容さが生まれる。

 まあ生まれたところでどうということは無いのだが。


「……」

「神が、手引きしたんですね? そしてそれは恐らく……」


 わざと言葉を濁し、天照と月夜見を気遣うように悲痛そうな顔を作る。

 神々の領域が大炎上しようとも紫苑はやっぱり紫苑だった。


「……あなたの予想通りだと思うよ」

「そうか。だが、解せないことがある。あれはどっちだ?」


 アレクにボコボコにされている怪物こそがヤマタノオロチと組んで高天原を地獄へ変えた張本神だ。

 しかし、外見的特徴を見るにどちらかが分からない。


「蛭子命なのか? 火之迦具土神なのか? あるいは、両方合わさっていたり……とか?

(大方、イザナミのアレ見て鬱憤が爆発したんだろうなぁ。さてはて、イザナギ辺りは既に死んでるんじゃねえか?)」


 蛭子命とはイザナギとイザナミが産んだ最初の神であり不具の子として捨てられてしまった悲しい子供。

 そして火之迦具土神とはイザナミの死因となった炎の神でキレたイザナギに斬り殺されてしまった悲しい子供。

 両者に共通するのはどうしようもなく不憫だということだ。

 なればこそ、高天原襲撃も頷けるというもの。


「――――その通りです。蛭子命と火之迦具土神が合一した怨念の神格こそがあの怪物の正体」

「(ゴッド何でもありだな)……やはりか。二神が合わさったからこそ、あなた達を追い詰めるほどに強いわけだな」


 人間でも合体出来るんだし神に出来ない道理は無い。

 義経のウマシカ理論よりはまだ説得力があるだろう。


「うん……既にお父さん、イザナギもやられてしまって……」

「(やっぱりか。呆気ねえなぁイザナギさんよぉ)イザナミは?」

「母も重傷を負って、根の国で今は身体を休めています」

「麻衣に回復させようか?」

「あの娘の癒しの力は大したものですが、母を治癒することは不可能でしょう」


 魂にまで及ぶ傷こそ癒えていないが麻衣のおかげで表面上の傷は総て完治しかなり楽になった。

 しかし、麻衣の回復魔法はどうやってイザナミを癒すことは出来ない。


「それはどういうことだ?」

「そういう体質としか言えないね。黄泉の空気による自然治癒じゃないと無理なんだよ」

「……そうか(まあ、戦力的には問題無いし別に良いか)」


 ぶっちゃけアレクが居るならばこれ以上の戦力は必要無いだろう。

 ヤマタノオロチが不確定と言えば不確定だが、

アレクが蛭子と火之迦具土神のキメラをぶっ殺すまで時間を稼いで後は二人で殺れば良い。

 そう紫苑は考えていたのだが、


「あの、御二人はどうかなさったんでしょうか?」


 天照の言葉が亀裂を刻む。

 彼女の視線上には先ほどから黙り込んでいるアリスと雲母が居た。

 紫苑も二人に目を向けると、彼女らはどういうわけか呆然としている。

 アレクのあまりの強さに驚いた――というわけではなさそうだ。


「(何か嫌な予感するけど……聞かなきゃ駄目なんだよなぁコレ)二人共、どうしたんだ?」


 紫苑の言葉で現実に帰ったのか、二人がノロノロと紫苑に近寄って来る。

 雲母の顔は青褪めており、アリスは……何というか、見たくないものを見たというような苦い顔だ。

 何故二人だけがこんな顔をしているのか、まったく意味が分からなかった。


「し、紫苑ちゃんには……み、見えていないの……?」


 雲母からすればどうして紫苑や天照、月夜見が平気な顔をしているのかが分からなかった。

 喉はカラカラだし、声は震えている。


「……そう、そうなのね。見ているのは私と雲母お姉さんだけか」


 アリスは最初こそ紫苑達が見えていないことに驚いたが、冷静になって考えれば納得だった。

 もっとも、雲母が見えているのは少しばかり疑問だったが、それも母性の強さゆえというのならば納得だ。


「待て、二人には何が見えているんだ?(話が拗れて来た……! マジ勘弁しろや!!)」

「……」

「! 説明してる暇は無いわ。止めなきゃ!」


 沈黙しているアリスとは対照的に雲母の行動は早かった。

 即座に純化状態に移行し、紫苑らから離れてアレクと二神のキメラが戦っている場所へ向けて疾走。


「その子を殺しちゃ駄目!!」

「! 雲母さん!?」


 突然戦闘に割り込んで来たことで、アレクの動きが一瞬止まる。

 キメラはその隙を突いて逃げ出し、何処かへと消え去ってしまった。


「一体何が……」


 困惑するアレクだが、青褪めて震える雲母を見てただならぬことが起きたのだと判断し冷静な思考を取り戻す。


「とりあえず、上で戦っている者の援軍に……いや、あっちも撤退したのか」


 キメラが去ったことで不利を悟ったのだろう、ヤマタノオロチも撤退したらしい。

 アレクが雲母を伴って紫苑達の下へ戻ると、素戔男尊も空から――半ば落下するように降りて来た。


「っくしょう……あの腐れ蛇ィ……!!」


 素戔男尊は全身傷だらけで、脇腹は半ばほどまで抉れているし右腕に至っては千切れかけ。

 片目も潰れているしでもう満身創痍である。

 雲母の割り込みによって戦闘を中断したのは、ある意味間違いではなかったらしい。

 もしキメラが死ぬまで続けていれば素戔男尊が死んでいた可能性は大だ。


「麻衣、素戔男尊の回復を頼む……魔力は大丈夫か?」

「はぁ……はぁ……わ、割りとキツイけど後一回くらいならいけるよ。素戔男尊さん、ちょっと大人しくしててや」


 トテトテと素戔男尊に近付き両手を添える。

 そして残る全魔力を注ぎ込んで回復魔法を行使。

 脇腹は埋まり、視力は回復、右腕も何とか繋がりはしたがそれでも回復したのは五割ほどだった。

 中身の方までは魔力が足らなかったらしい。だが、素戔男尊にとってはそれで十分だった。


「すまねえな御嬢ちゃん。助かったぜ」


 もう限界だとばかりに座り込む素戔男尊。

 激しい戦いが一先ずの終わりに至ったことで張り詰めていた緊張の糸が切れたらしい。


「つーか、紫苑、何だってお前らは此処へ来たんだ?」

「用事があって素戔男尊達に連絡を取ろうとしたんだが、通じなくてな。

その時、西洋の魔王が力を貸してくれて勾玉を通して高天原の様子を知ったんだ」

「それで救援に来てくれたのか……前ん時もそうだが、世話ぁかけるな」

「頭を上げてくれ。それより、身体は大丈夫なのか?」


 心配そうな表情と声色だが、無論社交辞令である。


「あぁ……もうちっと時間置けば、後は自分で元の状態に戻せらぁね。姉上達はどうだ?」

「あたしは大丈夫です。最初に回復をしてもらったので、あなたよりは早く治りますよ」

「私も同じだよ。それより……」


 高天原の復興やら、次回の襲撃に備えての対策。

 やることは山ほどあるわけだが、それよりも先に片付けねばならないことがある。

 アリスと雲母、キメラを見た二人のリアクションの意味を捨て置くには少々大き過ぎるだろう。


「……君達は一体、何を見たんだね?」


 代表してアレクが二人に疑問をぶつけてみるも、二人は返答に窮してしまった。

 まず何処から説明すれば良いのかがイマイチ分からないのだ。

 が、雲母に比べて弁の立つアリスはすぐさま取っ掛かりを見つけて静かに口を開く。


「ねえ、紫苑お兄さん達にあの怪物はどう見えた? 大きかった? 小さかった?」

「単純なサイズって意味か? それならば、大きくはなかったな」

「まあ、見た目はちょっとどころか、かなりアレな感じやけど……大きさ自体は非常識な感じやなかったな」


 紫苑と麻衣の答えがアリスと雲母を除いた者達の総意だった。


「そう? 私にはとても大きく見えたわ。ねえ、雲母お姉さんもそうでしょう?」

「……ええ。山ほどもあるかってくらいにね」


 紫苑達の困惑は更に深まった。一体二人の目にはあのキメラがどう見えていたのだ?


「実像と言う意味でならば、私にも小さい部分が見えたわ。でも、纏わりつくものが違った」

「それは火之迦具土神のことですか?」

「違う。炎なんか大した問題じゃないもの」


 火之迦具土神も関係あると言えば関係あるのだろうが、彼の神だけではない。

 そもそも火之迦具土神が原因ならば雲母が顔を青褪めさせた意味が分からなくなる。

 彼女は既に神をその手で二度葬っているし、強大な敵であろうとも怯むような女ではないのだから。


「蛭子、だったかしら? その神を中心にして――――何人もの子供が見えた」

「こども、ってどういうこった? 俺様は上で戦ってたからそんなにアレとも顔を合わせちゃいねえが……」


 それでも素戔男尊が見た限りでは子供なんて影も形も見えなかった。

 それは天照や月夜見、紫苑、麻衣、アレクも同じだ。


「百か、千か……いいえ、もっと沢山の子供が居たわ。

年齢はバラバラだけど、それでも子供――親の庇護が必要な年齢からは出ていない。

そんな子供らが蛭子命に絡み付いていたの。みんなみーんな、死んだ目をしていたわ。

絶望し、厭世的で、何も信じちゃいない……見ているだけで、こっちまで嫌な気分になる」


 そう語るアリスの表情は心底忌々しげだ。

 一方の雲母は見えているものが同じでも感じ方が違うのか、悲痛な表情を浮かべている。


「私には、泣いているように見えたわ……皆、どの子も悲しくて、辛くて……」


 逆鬼雲母という女はとても愛情の深い女だ。

 好いた男に関してもそうだが、それと同じほどに子供を愛している。

 喪ってしまい、母に成れなかった経験が深い母性を育んだのだから皮肉が利いているとしか言いようが無い。


「……だから、私を止めたのか。そうか、子供が、居たんだな」


 アレクは今、心の底から安堵していた。

 彼は雲母のように子供を喪ったことはないが、それでも子供というものに対して特別な情を抱いている。

 二度と手に入らない一個人としての幸せの中には子供も居た。

 もう手が届かないからこそ、子供というものへの情が特別強くなっている。


「あたし達にも見えていないのに、よくあなた達は見えましたね……」

「雲母さんは母性が強いからな。そしてアリスは……」


 言いながらアリスを自分の胸に抱き寄せる。

 この小賢しいポイント稼ぎが鼻についてしょうがない。


「ん、ありがとう紫苑お兄さん」


 アリスは自分が子供達を見えた理由を理解している。

 心底不快で、なのに目を逸らすことが出来ない。

 だからこそ、紫苑の温もりがありがたかった。この温もりが己の居場所を伝えてくれるのだ。


「何故、俺様達には見えなかったんだ?」

「蛭子命や火之迦具土神、そしてその他多くの子供達と違って俺達は親の愛を受けて育ったからだろうな」


 ヘーゼルの瞳に混じる悲哀。目は口ほどにものを語るをここまで体現出来る男もそうは居ないだろう。


「いや、正確には親の愛を受け取っていると自覚しているからか。

家族を奪われた苦しみは同じ経験を経た者にしか分からない。それと同じだよ。

俺達は親に愛されない辛さや苦しさを知らない、だから蛭子命に纏わりつく子供達が見えなかったんだ」

「じゃあ、あれか? アリスちゃんらが見えとったって子供らは……」

「――――親の愛情を受けて育たなかった子供だよ」


 親の愛を受けず鬱屈した感情だけを溜め込んだ生きている子供達。

 一つ一つは大したことのない魂だが、寄せ集まればそれは強大な力を産む。

 高天原を滅ぼしかけた二神のキメラはそんな子供達の力も備えていたのだ――強くないわけがない。


「蛭子命は不具の子だったから産まれてすぐに捨てられた。

火之迦具土神はイザナミの死因となったことからイザナギに斬って殺された。

彼らも親の愛を受けていないんだよ。そして、だからこそ子供達は集った。

(イザナミめ……これでよくもまあ、母親面して好き勝手言えたもんだよ自分を省みろバーカ)」


 正論っちゃ正論だが紫苑も自分を棚上げにすることが多いので人のことは言えないだろう。

 今だって自分を棚上げにしてイザナミをディスっているし。


「アリス、子供達の時代はどうだ? 現代だけか? それとも大昔から?」

「古臭い服装や顔立ちの子は居なかったから今この時代の人間だと思うわ。見た限りではね」


 更に言えば人種も様々である。

 日本でも虐待を受けている子供達は多いだろうが世界規模となると……。

 他国にまで干渉出来るほど蛭子命と火之迦具土神の怨念は深いようだ。


「……それでも山ほどのサイズと言うからにはかなりの人数だな」


 普通それだけの人間が居なくなれば騒ぎも起こるかもしれない。

 だが、今の御時世で人死にや行方不明は珍しくない――それが親の愛を受けられなかった子供達ならば尚更だ。

 もしも我が子が消えたとしても愛して居なかったのだとしたら、むしろラッキーだろう、親からすれば。

 捜索届けなど出すわけがない。そうなると当然、情報も滞る。ギルドにだって届かない。


「俺は詳しくないんだが、こんなケースの場合、肉体はどうなっているんだ? 神としての見解を聞かせてくれ」


 そう言って三貴子に意見を求めるが彼らの顔は暗い。

 もうそれだけで答えを言っているようなものだ。

 それを察した雲母は顔色が青を通り越して白になるほど消沈する。


「……肉体ごと取り込まれて消化、残った魂だけが可視化したってところだろうよ」


 素戔男尊の顔は苦い。彼はDQNではあるが、悪神というわけではない。

 親に愛されぬ子が沢山居る今の時代に、そして同じ父母を持つ蛭子命と火之迦具土神に対して心を痛めている。

 それは天照と月夜見も同じだ。三貴子は神でもあるが親でもあるのだ。

 彼ら自身にも多くの子が居るため、今回の事件はあまりにも複雑だった。


「……(御通夜みてえな空気だなぁオイ。ま、俺にはもう関係ないから後はこうしてりゃ良いだろ)」


 ショックを受けて沈んでますというポーズを見せて俯く紫苑。

 この男からすれば既に今回の一件はもう終わったも同然なのだ。

 そのためにわざわざ、子供達の肉体がどうなったかを確認したのだから。

 子供らは既に死んでいる。ゆえに蛭子命と火之迦具土神を殺しても問題は無い。


 もしも生きていたのならば救出の手段を探さねばならなかっただろう――キャラ的に。

 だが、この場合は最早どうしようもない。

 キメラを殺さねばこちらが殺されてしまうのだから、やらざるを得ない。

 そしてその戦力はアレク一人でこと足りている。

 ゆえにもう後は人任せで問題ないと落ち込んだフリしてやり過ごそうとしたのだが……。


「ねえ、紫苑ちゃん……その、どうにかならないかしら?」


 そうは問屋が卸さない。築き上げた虚飾の信頼がここぞとばかりに足を引っ張って来る。


「……倒すしかない、それは分かっているわ。

でも、このまま無慈悲に神ごと葬ってしまうんじゃ……あの子達が、あんまりにも救われないじゃない」


 ギュっと膝の上で拳を握りハラハラと涙を流す雲母。

 彼女は春風紫苑ならば、この状況でも何某かの救いをあげられるのではと期待している。

 そしてそれは彼女だけではない。麻衣も、アレクも、アリスも、三貴子までも同じように紫苑を見ている。

 アリスも同族嫌悪で子供達を忌々しいと思っているが、それでもそのまま捨て置けないのだろう。


「(おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいオォオオオオオオオオオオオイ!

馬鹿ですか? 馬鹿ですか馬鹿ですか馬鹿なのですかあなた達?

おいコラ世界最強(地味)! お前人の上に立つ人間だろ!?

ちゃっちゃか片付けろよ! 非情な手段を真っ先に取らなきゃならねえ人間だろうが屑め!

何を期待してるの? 良いから安全に終わらせられるように働けよそれぐらいしか能が無いくせに!!

それにババア! お前もだ! 何無責任なこと言ってやがる!

何でハナっから他力本願!? ホントに無能だな存在意義がまるで分からん!

そしてそれはお前らもだ三貴子(雑魚)! 頼られるゴッドが何やってんだ!?

つまるところで俺がゴッドってことか? 真のゴッドは俺なんですかァアアアアアアアアアア!?)」


 辛酸ソングと苦渋ステップで、辛くて苦くて目が回りそうな紫苑だった。


『落ち着きなさいよちょっと……』


 どんだけ沸点低いんだこの男は。

 余りにもプッツンが速過ぎる。というかそこまでキレてるならたまには言葉にしてみろ。


「……確かに、そうだな(クソぅううううう!)」


 縋られている以上、何も案を出さないというのは紫苑のプライドが赦してくれない。

 エンジン停止してそのままゆっくり休もうと思っていた脳が一気に回転を始める。


「私達も出来ることなら協力するから遠慮なく使って?」

「おう、俺様達の縁者に端を発する問題だからな」

「高天原を治める者として、身を張る覚悟はあります」


 頼り甲斐のあるゴッズだが、それなら自分で何とかしろ! 紫苑はそう叫びたかった。

 叫びながら全員の顔面に蹴りを入れてやりたかった。


「私とプロメテウスも同じだ。力を振るうことしか出来んが、全霊を尽くすつもりだ」

「うちも……出来ることないかもしれんけど、それでも頑張るから」


 アリスも無言だが、紫苑が動くのならば協力すると目で訴えている。

 こうなるともう逃げることは出来ない。何が何でもどうにかするしかない。


「……現状把握だ。よく聞いて欲しい。まず、あの合成神は一旦退いたもののまたすぐやって来るだろう。

此方が手が出し難いことを見抜いたと考えるべきだ。そして、奴が来ればヤマタノオロチもやって来る。

そうなった場合、大きな戦力として数えられるのはアレクさんと素戔男尊だ」

「だわな。姉上達は力はあっても、戦いに向いてるわけじゃねえ」


 それは以前雲母達とやり合った時のことを見ても確かだ。


「まずアレクさん、あなたにはヤマタノオロチを頼みたい。可能ならば滅ぼしてください」

「ふむ、承った。しかし、素戔男尊でなくて構わんのかね?」

「素戔男尊を含む三貴子には合成神の相手をしてもらいます。身内ですからね」


 正論だ。三貴子もそれに異存は無いらしく頷いている。


「三貴子はあくまで合成神に攻撃はせず被害を広めないようにしのぎ続けてもらいたい。

時間稼ぎだ。かなりキツイだろうが……頼めるか?」

「お前が言ったように身内だからな。出来ることはするつもりだ」

「命を賭して足を止めましょう」

「でも、時間稼ぎって?」

「それについては今から説明する。てここからが肝だ」


 そう言って紫苑はアリスと雲母の名を呼ぶ。


「私と……アリスちゃん?」

「ああ、この話の要となるの二人だ。ハッキリ言って俺は大まかな絵しか描くことは出来ない。

(成功したら俺のお陰。失敗したらお前ら二人が真性の役立たずってことだから勘違いするなよ?)」


 つまりは何時もの他力本願寺である。

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