第九話「足が速いだけ、なんて言うな」
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ギルドに駆け込んできた職員の声は、いつもより張り詰めていた。
「緊急依頼です! 隣町の薬屋にしかない薬が必要なんですが、配達を頼んでいた人が足を痛めて動けなくなって……」
患者は高熱を出している子供で、この町の薬屋には在庫がなく、隣町まで取りに行くしかないという。
「普段なら、馬で往復して、それでも半日仕事です。ですが、容体を考えると、それでは遅すぎて……」
ギルド内にいた何人かの冒険者が、互いに顔を見合わせていた。
馬よりも速く往復しろと言われて、簡単に頷ける距離ではない。
その言葉が終わるより早く、ノエルが手を挙げていた。
「あたしが行く」
「ノエルさん、隣町までですよ。馬より速くなんて……」
「足が速くなるだけのギフトだって、こういう時のためにあるんでしょ」
ノエルの声には、いつもの皮肉っぽさがなかった。
職員は、少し驚いた様子だったが、やがて隣町の薬屋宛の書状を手早く用意した。
「お願いします。本当に、時間がないので」
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「俺たちは、どうすればいい」
蓮が尋ねると、ノエルは少し考えてから答えた。
「あんたたちは、先に患者の家に行ってて。あたしの速さに、無理についてこようとしなくていいから」
「……分かった」
隣町への往復に付き合おうとしても、足を引っ張るだけだということは、蓮自身にも分かっていた。
蓮とスミは、ノエルとは別の道を、患者の家へ向かうことになった。
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患者の家に着くと、母親らしい女性が、不安げに何度も外を覗いていた。
「あの……俺たちは、薬を届けに来た冒険者の仲間です。本人は今、隣町まで薬を取りに向かってます」
「取りに……? もう、間に合わないんじゃ……」
「時間はまだあります。それより、待っている間、何か力になれることがあれば」
蓮は、努めて落ち着いた声で、女性の話を聞くことにした。
子供がいつから熱を出したのか、これまでどんな手当てを試してきたのか。
話を聞くこと自体に、薬のような効果があるわけではない。
それでも、言葉を交わすうちに、女性の表情から、強張りが少しずつ抜けていくのが分かった。
聞き書きの仕事をしていた頃から、変わらない感覚だった。
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その間、ノエルは隣町までの道を、ひたすら駆け続けていた。
普段なら、馬で往復しても半日――六刻近くかかる道のりだという。
道中には、坂道や、馬車がすれ違うのに苦労するような細い橋もあると聞いていた。
そんな距離を、馬よりも速く往復することが、本当に可能なのか、蓮にも分からなかった。
約束した刻限より前に、戸口の向こうから、荒い息遣いが近づいてくるのが聞こえた。
「……持ってきた」
現れたノエルの足は埃と泥で汚れ、額からは止まらない汗が流れていた。
それでも、しっかりと薬の包みを、両手で抱えていた。
かかった時間は、二刻ほど。
普段の半分以下、馬の足にも引けを取らない速さだった。
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「お待たせしました。薬です」
女性は震える手で薬を受け取り、すぐに子供の元へ運んでいった。
奥の寝室から、苦しそうな咳が聞こえていたが、しばらくして、その音は少しだけ落ち着いた様子に変わった。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
何度も頭を下げられ、ノエルは少し気まずそうに視線を逸らした。
褒められることに、慣れていないようだった。
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帰り道、蓮はノエルの横に並んだ。
「二刻で往復したのか」
「言ったでしょ。足が速くなるだけ、って」
「でも、馬と同じくらいの速さで、隣町まで往復できるなんて、誰も言ってなかった」
ノエルは、何も言わずに、しばらく黙って歩いていた。
「……パーティ組んでた時、ずっと『それだけ』って言われ続けてきたから。慣れてないだけ」
「慣れてなくても、事実は事実だろ」
「あんた、そういうとこ、ずるいよね」
ノエルは、わずかに口元を緩めながら、それだけ言った。
「次、もし似たような依頼があったら、また行く?」
「行くに決まってるでしょ。あたしにできること、ちゃんとあるって分かったんだから」
その言い方には、さっきまでの気まずさが、もう残っていなかった。
スミが、二人の間を歩きながら、満足げに尾を振っている。
地味だと笑われていたギフトが、今日初めて、誰かの命を救う場面で役に立った。
それだけのことが、ノエルにとっては、ずっと欲しかった答えだったのかもしれない。
(第九話 完)
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