第六話「選ぶというのも、継承の一部らしい」
---
「次、これなんだけど」
ノエルが差し出した依頼書には、倉庫街の地下水路で、土を掘り進む魔物が倒壊被害を出している、と書かれていた。
「中型の穴熊が一匹。群れじゃないから、間引きとは違う。確実に仕留めるか、追い払うかの依頼ね」
「報酬は、悪くないみたいだな」
「悪くないってことは、それなりに危ないってことでもあるけど」
ノエルはそう言って、軽く肩をすくめた。
「単独の中型って、群れの小型よりずっと厄介よ。一匹に全部の火力が集中してるから」
「俺は、相変わらず前には出ないんだよな」
「当然でしょ。今さら何言ってるの」
呆れたような口調だったが、責めている響きはなかった。
---
倉庫街へ向かう道中、ノエルがふと、思い出したように尋ねてきた。
「そういえば、あんたの継承、今どうなってるの。スロットいくつ使ってるんだっけ」
「2つだ。スミからもらった嗅覚探知と、あの巣穴の個体からもらった、弱ってる時の危険察知」
「それ、実際どっちも役に立ってるの?」
「正直、嗅覚探知の方は地味に効いてる。危険察知の方は……まだ、使う場面があったかどうか、よく分からない」
「ふうん。器が増えても、使い道を見極めるのは別問題ってわけね」
「そういうことになる」
蓮は、その言葉に小さく頷くしかなかった。
---
地下水路は、思っていたよりも入り組んでいた。
水音と、湿った土の匂いが、辺りを覆っている。
奥に進んだところで、突然、横の壁が崩れ、穴熊が飛び出してきた。
不意打ちのはずだったが、蓮の体は、考えるより先に横へ動いていた。
【継承可能特性:危険察知(弱体時)】が、わずかな予兆を捉えていたらしい。
戦闘力で言えば、蓮はどんな魔物に対しても、常に劣っている側だ。
つまり蓮にとっては、ほとんどの戦闘そのものが、この特性の発動条件を満たしているということでもあった。
「……今、何かあったの?」
「ああ。たぶん、あれのおかげだ」
穴熊の体は、思っていたよりも大きく、爪の一振りで石材が簡単に削れていく。
ノエルはすぐに前へ出て、穴熊の動きを牽制し始めた。
軽装の彼女が正面から受け止めるのは無理だと分かっているのか、距離を保ちながら、隙を見て足元を狙っている。
蓮は距離を取りながら、その姿をじっと観察した。
動きは荒々しいが、よく見ると、攻撃そのものは妙に雑だった。
威嚇のような咆哮を上げる割に、狙いが定まっていない。
体の側面には、まだ新しい裂傷のような跡が残っていた。
「これ……他の何かと、争った跡じゃないか」
ノエルがある程度弱らせたところで、蓮は声をかけた。
「ノエル、止めてくれ」
「……まだ、これ動けるけど」
「攻撃の仕方が、おかしい。縄張りを誇示するための動きじゃない。何かから逃げる時の動きに近い」
ノエルは怪訝な顔をしながらも、剣を引いた。
蓮は、穴熊の動きと傷の位置を、もう一度見比べる。
縄張りを荒らされた側が見せる攻撃的な動きと、何かに追われている側が見せる動きは、似ているようで、決定的に違う。
「お前、ここを追い出されたわけじゃないな。むしろ、ここしか残ってない、ってところか」
唸り声が、わずかに低くなる。
その瞬間、視界に光る板が浮かび上がった。
【継承条件成立】
【継承可能特性:「土弾」を確認】
【現在のスロットは満杯です。継承するには、既存の特性をひとつ解除してください】
「……そうか。これも、選ばなきゃいけないやつか」
---
蓮は、しばらく画面を見つめたまま動かなかった。
危険察知は、さっきの不意打ちを防いでくれた。まだ手放したくない実感がある。
一方の嗅覚探知は、継承元のスミが、今もすぐ隣にいる。
スロットから外したところで、スミ自身がその力を持っている以上、困ることはないはずだった。
それに、継承元と関わり続けている限り、外した特性が風化することもない。
スミとはこれからも一緒にいる。だったら、外すのはこっちだ。
「……決まった」
「決まったって、どっち外すの」
「嗅覚探知。スミがいる限り、困らないはずだから」
ノエルは、スミと蓮を見比べて、軽く笑った。
「それ、ちょっと適材適所って感じね」
画面の表示に従い、嗅覚探知を解除し、土弾を新たに継承する。
体の奥に、三度目の感覚が流れ込んでいった。
これまでの嗅覚探知や危険察知とは、明らかに毛色が違う感覚だった。
掘り進む力をそのまま圧縮し、固めた土を撃ち出す技らしい。
蓮にとっては、初めて手にする、攻撃のための力だった。
---
穴熊は、それ以上戦う様子を見せず、地下水路の奥へと姿を消していった。
依頼としては、これで十分だとノエルは言った。
「追い払い完了、ね。倒さなくても依頼は通るし」
「奥に何かいる、って話はどうする」
「ギルドには報告しておく。けど……正直、あたしたちだけで突っ込む話じゃないと思う」
ノエルの声は、いつもより少しだけ硬かった。
地下水路の奥に何があったのか、結局、確かめる機会はなかった。
帰り道、蓮はふと、穴熊が見せていた怯えるような動きを思い出した。
弱者を装って許しを求めるのでもなく、ただ追い詰められた者が見せる、剥き出しの動き。
あれが何から逃げていたのか――その答えは、まだどこにもなかった。
スミだけが、地下水路の方向を、しばらく振り返り続けていた。
(第六話 完)
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
この作品が少しでも楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。
これから毎日更新を目標に投稿していきますので、主人公たちの物語を一緒に楽しんでいただければ幸いです。
感想やブックマーク、評価をいただけると、執筆の大きな励みになります。
それでは、また明日の更新でお会いしましょう!




