第五話「巣穴を守るものと、初めてのダンジョン」
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朝の町は、いつもより少しだけ慌ただしく見えた。
依頼を受けたパーティが、次々と町外れへ向かっていく。
蓮にとっては、ギフトをもらってから初めての、本格的な実地――遺跡探索の日だった。
遺跡の入り口で、ノエルが手早く装備を確認していた。
「基本は、あたしが前に出て数を減らす。スミは索敵、あんたは……」
「俺は、何をすればいい」
「無理に前に出ないこと。それだけでいい」
身も蓋もない言い方だったが、蓮はそれに頷くしかなかった。
腰のナイフは、相変わらず使い方すら分かっていない。
「あたしのギフト、足が速くなるだけって言ったでしょ。狭い場所だと、それが地味に効くの。一匹ずつ確実に削れるから」
「派手さはなくても、堅実なんだな」
「堅実っていうか、それしかできないだけ」
ノエルは、少し早口でそう言って、先に通路へ足を踏み入れた。
蓮は、その後ろ姿を見ながら、思わず深く息を吸い込んだ。
異世界に来てから初めての、まともな探索だった。
足元の感触も、空気の湿り気も、現実の取材で訪れた廃坑や古い洞窟と、どこか似ている気がした。
違うのは、ここには本当に命に関わる危険がある、という一点だけだった。
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遺跡の内部は、思っていたよりも狭く、薄暗かった。
崩れた石材の隙間から、小さな魔物の気配が、あちこちに散らばっている。
「数は多いけど、一匹一匹は弱いから」
ノエルの言葉通り、最初に現れた牙ネズミの群れは、彼女の速さだけで簡単に追い払われていった。
一匹が死角から飛びかかってきた時だけ、蓮は思わず身を竦めたが、それより先にスミが体を寄せて押し倒してくれた。
「……すまない」
「気にしないで。役割分担なんだから」
ノエルは涼しい顔でそう言うと、すぐに次の個体を相手に動き出した。
スミは、時折低く鳴いて、進む方向を変えるよう促してくる。
「こっちに、何かあるのか」
スミの示す方向には、奥へ続く狭い通路があった。
ノエルが軽く眉を寄せる。
「巣の本体、かもね。間引きするなら、ここを潰すのが一番効率いいけど」
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通路の先には、思った以上に広い空洞があった。
そこに群がる牙ネズミの中で、一匹だけ、明らかに様子が違う個体がいた。
他の個体より小柄なのに、奥にある穴の前から一歩も動かない。
ノエルが近づこうとすると、他のどの個体よりも激しく牙を剝いて威嚇してきた。
「……何、これ。一番弱そうなのに、一番気が強いんだけど」
ノエルが剣を構え直す。
「これも数のうちでしょ。さっさと片付けるよ」
「ちょっと待ってくれ」
蓮は、つい足を止めて、その個体を観察してしまった。
体格は明らかに劣っている。なのに、退く様子がまるでない。
ノエルが斬りかかれば、まず一撃で終わるはずの相手だった。それでも、引く気配がない。
守っている穴の奥を覗くと、まだ目も開いていない小さな個体が、いくつか身を寄せ合っていた。
「……そういうことか」
体の大きさで分が悪いと分かっていても、退けない理由がある。
それだけのことだった。
「ノエル、ここは下げてくれ」
「は? でも依頼は——間引きの数、まだ足りてないよね」
「巣そのものを潰す必要はない。間引くべき数は、もう十分減ってるはずだ」
ノエルは、不満そうな顔をしながらも、剣を下ろした。
「……あんたがそう言うなら、いいけど」
正直、納得しきった顔ではなかった。それでも、ノエルはそれ以上食い下がらなかった。
蓮は、その個体から目を逸らさずに、ゆっくりと腰を落とした。
「お前、ここを動かないんだな。理由は分かった」
唸り声が、わずかに弱まる。
その瞬間、視界に光る板が浮かび上がった。
【継承条件成立】
【継承可能特性:「危険察知(弱体時)」を確認】
体の奥に、二度目の感覚が流れ込んでくる。
弱っていても退けない理由がある時、より鋭く周囲を察知できるようになる――そんな特性らしかった。
「……今、何かあった?」
「ああ。二つ目だ」
ノエルは、呆れたような、それでも感心したような顔で、蓮とその個体を見比べていた。
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依頼を終えてギルドに報告すると、間引きの数は十分だと認められた。
巣そのものを残したことについては、特に咎められることもなかった。
「結局、戦わずに済ませたところが一番多かったわね」
「俺にできるのは、それくらいだからな」
「それくらい、って言うレベルじゃないと思うけど」
ギルドを出ると、夕暮れの町並みが、いつもより少しだけ眩しく見えた。
スミが、二人の間で大きく一つ伸びをした。
初めてのダンジョンは、思っていたよりも、蓮に向いている場所だったのかもしれない。
それでも、これがどこまで通用するのか、まだ何も分かっていなかった。
ハズレと笑われたギフトで、これからどこまでやれるのか。
その答えは、まだ誰も――蓮自身も、知らないままだった。
(第五話 完)
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