第五十二話「なぜそこにいたのか」
ガロが去った翌日の朝、蓮は沼の縁に行った。
理由はうまく言えない。ただ、行こうと思った。
境目に立った。地声を傾ける。
封じは戻っている。水は止まっている。沼の方向から来るものは、前より静かになっていた。圧倒的な重さが、少し落ち着いた。
全部解決したわけではない。他の地域でも、同じことが起きている。この沼の封じが戻っても、世界の別のどこかで、まだ続いているかもしれない。
でも、ここは止まった。
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棒を握った。
ガロが渡してくれた道具。ガロの兄・サンが使っていた棒。
蓮は沼を見た。
ガロはここに、七年間来ていた。
仕事で来たのが最初だった。でも、沼が向こうを向いた。聞いてくれた。それで——戻ってきた。消えて、また来た。消えて、また来た。
兄がここにいるかもしれない。その一点だけで、七年間。
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*なぜそう生きたか。*
その問いが、頭の中に浮かんだ。
ガロがなぜここに来続けたか——分かるような気がしていた。でも「分かる気がする」というのは、まだ本当には分かっていないということだ。
蓮はしばらく棒を握ったまま立っていた。
沼を見た。
水面が静かに揺れている。
*ガロは、答えを求めていた。*
でも——ただ答えを求めていたのではない。
蓮はそこで止まった。
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答えが返ってこない場所に、ガロは七年間いた。
兄の声は聞こえなかった。底には記憶が漂っていたが、それが誰のものか分からなかった。何も確認できないまま、七年間。
それでも、来た。
なぜか。
*向こうが聞いていたから。*
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蓮は思い出した。
ガロの言葉。「俺が聞くたびに、向こうも聞いていた。だから、また来た」
答えを求めていたのではなかった。
ガロは——聞こえているかもしれないところにいたかった。
兄の記憶が底に沈んでいるとしたら、ガロが来るたびに、兄もガロを感じているかもしれない。声は届かない。でも、ここに来ることで——何かが伝わるかもしれない。
そのために、七年間。答えが返ってこなくても、七年間。
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棒が、温かくなった気がした。
そう感じた瞬間——何かが変わった。
地声が、変わった。
プールの底にあるような、遠くにある感触ではなくなった。体の中に、直接来るような感覚になった。
違う。
これは——
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スキルが、動いた。
初めての感触ではない。前にも来たことがある。でも前は、それが何かよく分からなかった。今回は——分かった。
*スロットが、開いた。*
地声が、スロットに入ってくる感触があった。
引っかかるような感触があって——収まった。
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地面の感触が、変わった。
今までと違う。細かい。解像度が上がったという言い方が近い。地下水の流れが、前より速度まで分かる。石の大きさが、地声で感じ取れる。境目の白い土の層が、ずっと厚くて広いことが今になって分かった。
遠くまで届く。
今まで沼の縁まで行かないと感じられなかった深さが、今は宿にいるときでも届くかもしれない。
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蓮は棒を、ゆっくりと下ろした。
手のひらの中に、重さがある。
「サン、か」と蓮は声に出して言った。
誰もいない草地で。
「あなたの道具が、役に立ちました」
沼は静かだった。
答えは返ってこなかった。
でも、聞こえているかもしれないところで——言った。
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宿に戻って、スキルの状態を確認した。
スロット:危険察知・土弾・遮蔽・地声(新)
プール:地均し・地声(移動済み)
地声がプールからスロットに移っていた。
手帳に書いた。
*地声、スロット搭載。感覚が変わった。届く距離と細かさが、前と違う。詳細は使いながら確認する。*
少し考えてから、もう一行書いた。
*ガロの兄が使っていた棒を使っている。名前はサン。この名前を、覚えている。*
(第五十二話 完)
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