第五十一話「七年間の話」
封じが戻ってから三日が経った。
毎朝、地声で確認していた。
亀裂の場所に入れた白い土は、固まっている。沼の水が、そこで止まっている。染み出しが止まった。北端の「濃い場所」が、南に動かなくなった。
三日続けて同じなら、戻っていると見ていい。
そう判断して、蓮は手帳に書いた。
*封じの修復、確認。経過観察は継続。*
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ガロが沼に来なくなった。
最初の一日は、いつもの場所に来るかと思っていた。でも来なかった。二日目も来なかった。
三日目、蓮はガロの滞在している宿を訪ねた。
「探しに来た」とガロは言った。扉を開けてすぐに。「来ないと思っていたが」
「話がしたいです」
ガロは少し間を置いた。
「入れ」
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小さな部屋だった。
ガロの荷物が、まとまっていた。出る準備がされている。
「もう出るんですか」と蓮は言った。
「お前が封じを戻した。俺がここにいる理由はなくなった」
「七年間、ここに来ていた理由は——沼を見張るためだったんですか」
「一つはそうだ」
「一つは」
ガロはしばらく黙った。
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「兄の話をしてもいいか」とガロは言った。
「はい」
ガロは椅子に座った。窓の外を向いたまま。
「兄は、俺より先にこの仕事をしていた。俺と同じ——坑道の水脈を探す仕事だ。三十年前に、この沼の近くの仕事で来た。それから戻らなかった」
「沼に」
「入ったかどうかも分からない。消えた。記録もない。俺が知っているのは、最後に来た場所がここだったということだけだ」
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蓮は何も言わなかった。
ガロは続けた。
「七年前、俺は別の仕事でこの辺りに来た。ガロ兄が最後にいた場所を確認しようと思っていた。それだけのつもりだった」
「でも、来続けた」
「沼が聞いていた。俺が聞くたびに、向こうが動いた。——兄がいるかもしれない、と思った。沼の底に、兄の記憶が残っているかもしれないと」
「底に記憶がありました」と蓮は言った。
「知っている。お前が言っていた」
「誰のものか、分からなかった」
「そうだ」
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ガロは、棒の話をした。
「あれは、兄から受け取ったものだ。水脈探しの道具だが——兄が最後に使っていた。だから俺がずっと持っていた。お前に渡したのは」
「なぜですか」
ガロは少し間を置いた。
「お前が底に行けると思ったからだ。俺には行けなかった。七年間、縁から聞くことしかできなかった。お前は——入れた」
蓮は棒を見た。手の中にある。
「これを、俺が持っていていいんですか」
「持っていろ」とガロは言った。「兄のものが役に立つなら、それでいい」
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「名前を教えてもらえますか。兄の」
「サンという。昔の字で書く、難しい字だ」
「覚えます」と蓮は言った。
「……何に使う」
「どこかで出会うかもしれない。記録に残っているかもしれない。分からないけれど——覚えていた方がいいと思う」
ガロは窓の外を向いたまま、長い間を置いた。
「サン、だ」とガロはもう一度言った。
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翌朝、ガロは出て行った。
蓮は見送りに行った。ノエルも来た。スミも来た。
「どこへ行くんですか」とノエルが言った。
「次の仕事だ」とガロは言った。「水脈探しが、また来ている」
「またここに来ますか」
「分からない。来るかもしれない。来ないかもしれない」
ガロは歩き出した。しばらく歩いて、止まった。振り返った。
「お前が底に入ったことを、俺は七年間やろうとしていた」とガロは言った。蓮に向かって。「やれなかった。でも、お前がやった。それで充分だ」
それだけ言って、歩き出した。
今度は、振り返らなかった。
(第五十一話 完)
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