第四十五話「封じていたもの」
「ギルドに伝えるべきだと思う」
宿に戻ってから、蓮は言った。
「亀裂のこと?」とノエルが言った。
「沼の水が町の地下に広がっているということ。そして今日、境目の層が破れたということ。ギルドが知らないなら、知らせた方がいい」
「知って、どうする?」
「それはギルドが考えることだ。俺たちが決めることじゃない」
ノエルはしばらく考えてから言った。「そうね。行きましょう」
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ギルドの職員は、蓮の話を最後まで黙って聞いた。
沼の水が地下を通じて町まで来ていること。北端から北の方向に、水を通さない固い層があること。その層に、昨日の午前、生き物がぶつかって亀裂が入ったこと。
話し終えると、職員はしばらく黙っていた。
「……見せたいものがある」
そう言って、立ち上がった。
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ギルドの奥に、物置のような部屋があった。
棚に書類が積まれている。年代物の革張りの綴じ本が、何冊か並んでいた。
職員はその中の一冊を抜き出した。
「二十年ほど前の記録だ。俺が着任する前の話だが、引き継ぎ資料に含まれていた。正直、今まで気に留めていなかった」
蓮はその本を受け取った。
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手書きの文字が、細かく並んでいた。
読みにくい字だ。でも、丁寧に書かれている。当時の担当者が、几帳面に記録したのだと分かる。
ページをめくった。
川の水量記録、木材の搬出量記録、旅人の往来の記録——その中に、一か所だけ、様子の違うページがあった。
日付が飛んでいた。何週間分かが、白紙になっていた。
そして、再開した日のページに、こう書いてあった。
「封じ直し終わり。例年より多少の亀裂あり。今回は処置が早かった分、滲出は最小限に留まった。次の点検は三年後を目安とする」
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「封じ直し」とノエルが読んだ。
「誰かが定期的に、亀裂を修復していた」と蓮は言った。
蓮はそのページをもう一度読んだ。
「例年より」と書いてある。一度ではなく、繰り返されていた。
「三年ごとに点検している。それ以前も、同じことをしていた人間がいる」
「でも——二十年前で記録が終わってる」とノエルが言った。
職員が言った。「その後の記録が、ない。担当が変わったのか、あるいは——続けられなくなったのか。俺には分からない」
「この記録を書いた人間の名前は」
職員は首を振った。「書かれていない。署名がない」
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ノエルがページを前に戻した。
「最初のページ」
蓮も覗いた。
一番最初のページに、この綴じ本についての覚え書きがあった。
「この記録は、前任者から引き継いだものである。当町の北方に存在する層については、古くより定期的な管理が必要とされてきた。詳細は口伝にて引き継ぐものとされていたが、口伝の元となった文書については現在消失している」
「口伝で引き継いでいた」とノエルが言った。
「どこかで途切れた」と蓮は続けた。
「消失した文書——元になった文書があった、ということだ」
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蓮は手帳に書いた。
・この層は人が作ったもの、あるいは管理してきたもの。
・定期的に亀裂の修復が行われていた。
・記録は二十年前で途切れている。
・元の文書は消失。口伝も途切れた。
・今、亀裂が入った状態で、修復できる者がいない。
ペンを止めた。
「問題がはっきりした」とノエルが言った。
「修復の方法を知っている者を探すか、方法を一から突き止めるか」と蓮は言った。
「どっちにしても、この記録より古い何かが必要ね」
「元の文書が、どこかに残っているかもしれない」と蓮は言った。
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ギルドを出て、蓮はノエルに言った。
「この町の外に、古い記録を持っている場所がある可能性がある。ギルドよりも古い——寺院か、役場か、あるいは個人の収集家か」
「どこで調べる?」
「旅商人たちだ。長年この地域を回っている者なら、そういう場所を知っているかもしれない」
「あの食堂の男?」
「あの男は、聞けないかもしれない。でも、他の者なら」
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翌日、朝市に行った。
カルオの町は、週に二度、小さな朝市が立つ。旅商人たちが物を売る。常連の顔もある。
ノエルが先に動いた。
「あたしが聞いてみる。あんたが聞くより、しゃべってくれると思う」
「なぜ」
「あんたは聞き方が真剣すぎる。相手が構えちゃう」
蓮は何も言わなかった。
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ノエルが三人の商人に声をかけた。蓮は少し離れたところでスミと待った。
しばらくして、ノエルが戻ってきた。
「一人、知ってる人がいた。東の方に、古い文書を集めている人がいるって」
「どんな人間だ」
「元は王都の書記だったらしいけど、今はその辺を旅しながら古い記録を集めている。この地域にも定期的に来るって」
「名前は」
「フィルって言ってた。老人だって。次にこの町に来るのは——」
ノエルは少し間を置いた。
「来週、来るかもしれないって」
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蓮は手帳に書いた。
フィル。元書記。古い文書の収集家。来週、カルオに来る可能性。
「待つか、向こうに行くか」
「どっちがいいと思う?」とノエルが聞いた。
「亀裂は広がっているかもしれない。待つより動いた方がいい。ただ——」
スミが、北の方角に耳を向けた。
耳が、ゆっくりと立った。
蓮は足の裏で確認した。
境目の方向から、地声が変わっていた。昨日より、沼の水が少し濃くなっていた。
「広がっている」
「やっぱり」
「来週まで待てるかどうか、分からない」
(第四十五話 完)
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