第三十七話「川沿いの町」
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カルオは、川のそばにあった。
幅の広い川が町の西側を流れていて、橋が二本かかっている。荷馬車が行き来できる大きな橋と、人が渡るための細い橋だ。
「水の匂いがする」とノエルが言った。
「川が近いからな」
「ラデンと全然違う感じがする。あっちは土と岩の匂いだったけど、こっちは湿ってる」
確かにそうだった。空気が違う。道が濡れていて、靴底に泥がつく。
スミが川の方を見た。耳が少し立っていた。
「川、好きなのか」とノエルが聞いた。
スミは答えなかった。ただ、しばらく川の方を向いていた。
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ギルドで登録を済ませてから、蓮は川沿いを歩いた。
カルオは交易の町だとギルドで聞いた。上流からは木材が、下流からは海の産物が入ってくる。町の中に市場が二つあって、どちらも活気があるという。
橋の手前に、荷物を積んだ船が数艘停まっていた。荷降ろしをしている男たちがいる。
蓮は川を見た。
流れは速くも遅くもない。中くらいの速さで、一定のリズムで動いている。
*広がる、伝わる方向。*
ラデンの坑道で感じたことを思い出した。土の中に意識を向ける時、自分が押し出すのではなく、受け取る方向で意識を傾けた。川の動きは、その感覚に似ている。圧をかけて進むのではなく、低い方へ、自然に流れる。
「何見てるの」とノエルが来た。
「川」
「それは分かる。何を考えてるの」
「水と土の動き方が、似ているかどうか」
ノエルは川を見てから蓮を見た。「……いつもそういうことを考えてるの?」
「仕事柄」
「聞き書きライターって、そういう仕事じゃなかったと思うけど」
「前の仕事の話じゃなくて、今の話だ」
ノエルは少し黙ってから「そう」と言った。
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「先に宿を取ってくる」とノエルが言った。「スミも連れてく。あんた、ここにいるんでしょ」
「少しだけ」
「分かった。夕方に市場を回る予定は変わらない?」
「変わらない」
ノエルとスミが橋の方へ歩いていった。
蓮は川岸の、少し低くなった石段に降りた。水際から一歩手前のところで、しゃがんだ。
濡れた土に、手を当てた。
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ここの土は、ラデンと違う。
湿気を含んでいて、少し柔らかい。川の近くだから当然だが、その分、土の中を何かが伝わりやすい気もした。
試してみる。
押し出さない。受け取る方向で。
昨夜の練習を思い出しながら、意識を薄く広げる。手のひらから、土の粒々の隙間に入り込んでいくように。
最初は何もなかった。
川の音が遠くなる感じだけがした。
そのうち、微かなものが来た。
川の流れが、土を通じて伝わっている。地面の振動ではない、もっと細かい、水分が移動する感触のようなもの。
蓮はそれを手放さずに、もう少し遠くに意識を伸ばした。
町の方向。石畳の下。橋の杭が地面に刺さっているあたり。
さらに遠く。
川上の方向に、何かある。
漠然とした感触だった。距離も形も分からない。ただ、「そこに何かある」という感覚だけが、かすかに返ってきた。
蓮は手を離した。
息をした。
どのくらいそうしていたか、分からない。
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*川岸で練習。湿った土は伝わりやすい。意識を薄く広げると、川の水分の移動が手のひらに来た。遠くに意識を伸ばすと、川上の方向に「何かある」という感触。距離と形は不明。ただ、「弾かれた向こう」とは違う。あちらは壁があった。こちらは、ただ「ある」だけだった。*
手帳を閉じた。
壁があるということは、遮ろうとする何かがある。壁のない「ある」は、ただそこに存在しているだけだ。
沼がどちらなのかは、行ってみなければ分からない。
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夕方、市場を回った。
野菜、干した魚、木工品、布。様々な品が並んでいる。
蓮はぶらりと歩きながら、店の人間に声をかけていった。
「この辺の土地のことを教えてもらえますか。旅の者で、地盤の調査をしています」
「土地のこと?」とある男が言った。木材を扱っている店の主人だった。四十代くらい、日焼けした顔をしている。
「上流から材木が来るということは、森があるということですよね。森の中に、変わった場所はありますか」
「変わった場所……」
男は顎に手を当てた。
「変わってるといえば、川上の方に沼がある。昔から、あそこだけ木が育たないと言われてる場所だ」
蓮の手帳を持つ手が、止まった。
「木が育たない場所ですか」
「そう。何を植えても根付かない。土が悪いのか、水が悪いのか、誰も分からんが」
「その沼の近くに、何か構造物はありますか。古い建物とか、石の積み上げとか」
「さあ……俺は遠くから見たことがある程度で。ただ、そこより上流の村の人たちは、あの沼に近づかないと聞いてる」
「近づかない理由は」
男は少し言いにくそうに言った。
「あそこに行った人間は、しばらく呂律が回らなくなるとか、何日か前のことを思い出せなくなるとか……そういう話が出回ってる。昔から言われてる話だから、本当かどうかは分からんけどな」
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宿に戻って、蓮はノエルに伝えた。
「川上の沼。木が育たない。近づいた人間が、記憶に障りが出る」
ノエルは表情を変えた。
「またあった」
「ああ」
「シリウスの農村、ラデンの廃坑、そして今度は沼」
「形は違う。農村は土が白くなった。坑道は人の記憶が薄れた。こっちは沼で木が育たない。でも——」
「同じものが、場所を変えて出てきてる」
蓮はうなずいた。
「広がっているのか、もともと各地にあったのか、まだ分からない。でも、ラデンの廃坑で感じた『弾かれた向こう』と同じものが、この沼にもあるかもしれない」
「……川岸で練習してたでしょ、さっき」
「ああ」
「何か分かった?」
「川上の方向に、何かある感触があった。距離は分からない」
ノエルは少し間を置いた。
「それ、沼のこと?」
「かもしれない。行けば分かる」
スミが、窓の外を向いた。
川の音が、微かに聞こえた。
(第三十七話 完)
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