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継承士、はじめました 〜なぜそう生きたか分かった時だけ、俺は強くなる〜  作者: 柿崎 太一


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第三十四話「白い場所」

---


坑道の奥は、静かだった。


足元の土が変わった。さっきまでの茶色い地面ではなく、白みがかった、乾いた色をしている。


蓮は立ち止まった。


ランタンの光が届く範囲に、白い区画が広がっていた。壁も、天井も、床も、全体的に白い。まるで、ここだけ別の場所を切り取って貼り付けたような、不自然な境界線があった。


「ここか」


つぶやいて、蓮は足を踏み入れた。


スミが、立ち止まった。


---


「どうした」


スミは動かなかった。


白い区画の手前で、四本の足をしっかりと地面に着け、耳だけをぴんと立てていた。ノエルが隣に来た。


「スミが入らない」


「ああ」


「嫌いな場所なのかな」


「分からない。でも——」


蓮は白い土の上にしゃがんだ。


手を当てる。


土の感触は普通だ。固さも温度も、特別おかしいところはない。ただ。


「静かすぎる」


「静かって?」


「33話で感じた『聞こえる』感覚が、ここには来ない」


蓮は目を閉じた。


土の中に意識を向ける。そっと、押し出すのではなく、受け取るように。坑道入り口でできたことをもう一度やる。


……何もない。


坑道の入り口では、土の奥から微かな振動のようなものが返ってきた。岩の層、水の動き、遠くの空洞。そういったものが「聞こえた」。


ここでは何も来ない。


土が、こちらの問いかけを吸い込んでいる。


---


地均しを試した。


土を平らにならすだけの、単純な作業。スキルというより生活の延長に近い。


発動した、と思った瞬間、何かに弾かれた。


「っ」


蓮は手を引いた。


痛みではない。ただ、壁に手を押し当てた時の感触——物理的な「そこにある」という反発が、一瞬あった。


「どうしたの」とノエルが言った。


「弾かれた。スキルが」


「スキルが?」


「地均しが、この土には通らない。何かが、ここにある」


---


その瞬間、スミが唸った。


低い、腹に響く声だった。蓮が振り返ると、スミの目線が坑道の奥を向いていた。


ランタンの光が届かない、暗い方向。


「何かいる」とノエルが言った。声が少し低い。


「ああ」


蓮は立ち上がった。危険察知が反応している。はっきりした警告ではなく、じわじわと熱を持つような感覚。すぐそこにいる。


「下がれ」


「下がらないわよ」とノエルが言った。「あたしも戦える」


「分かった。でも後ろ」


「分かった」


---


暗闇から、ゆっくりと何かが出てきた。


人間ほどの大きさ。四足。体の表面が白い——いや、白いのではなく、色が抜けている。毛並みが灰色を通り越して、乾いた白になっていた。


目が、白かった。


瞳がない。白目だけの目が、こちらを向いていた。


「知ってる?」と蓮は聞いた。


「見たことない」とノエルが答えた。「でも、動きは見てる」


魔物が動いた。


速い。


---


ノエルが先に動いた。


スピードが上がる。蓮の目にはほとんど残像にしか見えない速さで魔物の横に回り込み、短剣を入れた。手応えがあった。魔物が向きを変える。


その一瞬、蓮は土弾を放った。


魔物の前脚に当たった。よろめく。


スミが飛び込んだ。首元に噛みついて、そのまま押さえ込む。魔物が暴れた。蓮はもう一発、今度は頭部に土弾を当てた。


動かなくなった。


---


「……倒した」とノエルが言った。息が少し乱れていた。


「ああ」


「あの目、気持ち悪かったわね」


「ああ」


蓮は魔物の体に近づいた。


白目。体の色が抜けている。


白い土の区画から出てきた。


手帳に書いた。


*白い区画の奥から魔物。体の色が抜け、白目。色の喪失——忘却現象と同じ方向を向いているか?*


---


スミが、白い土の境界線に近づいた。


ぎりぎりのところで、また止まった。足を踏み入れない。


蓮はもう一度、白い土に手を当てた。


地均しを試す。また弾かれる。


「通らない」


でも、今度は少しだけ違うことをやってみた。


押し出すのではなく——受け取る方向で。土に触れながら、こちらから何かを送り込もうとするのではなく、ただそこにいる。


そうしたら。


向こうから、何かが来た。


ほんの一瞬だった。一瞬だけ、白い土の向こうに「何か」がある感触があった。さっき弾いてきた硬い壁ではなく、その奥に、別の何かが。


すぐに消えた。


蓮は手を離した。


---


「何かあった?」とノエルが言った。見ていたらしい。


「一瞬だけ」


「何が?」


「弾かれた向こうに、何かある気がした。ほんの少し」


ノエルは少し考えてから言った。


「それって、入ろうとするんじゃなくて、聞こうとしたってこと?」


蓮は答えなかった。


でも、たぶんそうだった。


---


坑道を出た。


空が明るかった。外の光が、目に少し痛い。


ノエルが言った。「あの白い場所、他にもあると思う?」


「分からない。でも、シリウスの農村でも土が白くなっていた」


「ラデンの廃坑にも。それで、あの魔物も白かった」


「ああ」


「何かが、白くしてる」


蓮は足を止めた。


白くなった土。白目になった魔物。白い水の沼。


記憶が薄れる。歌が消える。三日間が消える。


*色が抜けることと、記憶が抜けること。同じものか?*


スミが前を向いた。


町の方向に、耳を立てていた。


(第三十四話 完)

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