第三十二話「次の町、最初の仕事」
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次の町、ラデンに着いたのは三日目の昼前だった。
城壁はないが、木の柵がぐるりと囲んでいる。門番が二人。ノエルが先頭に立って話をした。
「冒険者ギルドはどこですか」
「真ん中の広場を抜けてまっすぐ。大きな建物です」
案内通りに歩いていくと、確かに他より一回り大きな石造りの建物があった。看板に剣と盾の紋章。
「俺、初めてちゃんとしたギルドに入るな」
「シリウス支部では手続きしたじゃない」
「あれは出発前の慌ただしい中だったから」
ノエルは特に感慨もなさそうに扉を押した。
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内部は思ったより広かった。
受付カウンターが横並びに三つ。掲示板には依頼書が何枚も貼られている。隅にテーブルと椅子。数人の冒険者が座って話していた。
蓮は掲示板に目を向けた。
依頼の種類は様々だ。魔物討伐、護衛、荷物運搬、そして——
「調査系の依頼もある」
ノエルが隣に来た。
「どれ」
「この辺。最近、北の廃坑道で異常な音がする。原因調査と、安全確認。報酬は銀貨三枚」
「坑道か」
「あんたが土系なら、得意分野かもしれないじゃない」
蓮は依頼書を読んだ。
廃坑道、深さ不明、音の性質は「低い振動音が間欠的に続く」。依頼人は坑道を所有する商会で、再開発の前段階として安全確認を求めているらしかった。
「やってみるか」
「受けるの?」
「まずギルドへの報告を済ませてから。それが先だろ」
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受付には若い女性が一人いた。
「旅の冒険者の登録と、活動報告です」
「お名前と登録番号をお聞かせください」
蓮は自分のギルド証を出した。ノエルも続く。
「シリウス支部から出発されたんですね。旅の目的は」
「調査と情報収集です。定期的に各地の支部から報告を上げます」
「承りました。ラデン支部での受付番号はこちらです」
紙を受け取った。小さな番号と日付が書かれている。
「一つ聞いてもいいですか」
「はい」
「この坑道の調査依頼なんですが、土系の特性持ちとして気になっていて。坑道の構造について、何か地元で知っている人はいますか」
受付の女性は少し考えた。
「廃坑の元作業員が、町の外れで畑をやっていると聞いています。詳しいことは分からないですが、話を聞けるかもしれません」
「ありがとうございます」
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坑道に入る前に、まずその元作業員を探した。
畑は町の東の端にあった。老人が一人、鍬を持って土を耕していた。七十近いだろう、背が少し曲がっている。
「すみません、廃坑道のことで話を聞かせていただけますか」
老人は鍬を止めて振り返った。
「ギルドの仕事か」
「そうです。調査依頼を受けようと思っていて」
「……まあ、立ち話ならいい」
老人の名はジルと言った。三十年ほど坑道で採掘をしていたという。
「廃坑になったのは十五年前です。主な理由は何ですか」
「主坑道の奥が崩落した。それで採算が合わなくなってな」
「崩落の原因は」
「地下水だ。あの辺の地層は複雑でな。水脈が複数走っている。採掘で地盤を削っていくうちに、水が出て、土台が緩んだ」
「今起きている振動音について、心当たりは」
ジルは眉をひそめた。
「音が出てるのか」
「依頼書にそう書いてありました。低い振動音が間欠的に続くと」
「……間欠的、か」
老人はしばらく黙った。
「水が溜まって、どこかに圧がかかっているかもしれん。昔もそういうことがあった。地下の空洞に水が溜まって、行き場を探して少しずつ動く。その時に音がする」
「どんな感じで動くんですか、その水は」
「何度か試したことがあるが、崩れた岩の隙間を伝ってじわじわと動く。水は圧の低い方へ流れる。岩を押し広げながら進む時に、振動が起きる」
*圧の低い方へ。岩を押し広げる。*
蓮は、土弾のことを考えた。
自分が土を動かす時のイメージ——押し縮める——は、対象の中心に向かって圧をかけることだ。だが水が岩を動かすのは、岩の外側から均等に圧をかけることで、隙間を広げていく。
方向が逆だ。
「ありがとうございました」
「気をつけてな。廃坑は足場が悪い」
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坑道の入り口は、町から北へ二十分ほど歩いた丘の麓にあった。
木の柵と「立入禁止」の看板。だが鍵はかかっていなかった。ギルドの依頼書を持っていれば問題ない、と受付で確認していた。
坑道は蓮の想像より大きかった。大人が並んで歩けるくらいの幅、天井も高い。
スミが先行するように入っていく。
松明を一本点けた。壁は岩と土が混じっている。足元は砂が積もっているが、整地された形跡もある。
五十メートルほど進んだところで、音が聞こえた。
低い、周期的な響き。
「聞こえる?」
「うん」とノエルが言った。「壁から来てる感じがする」
蓮は壁に手を当てた。
振動は確かにある。手のひら全体に、ごく微かな揺れが伝わってくる。間隔は不規則だが、確かに繰り返している。
*水が動いている。どこかで岩を押し広げながら。*
蓮は壁に両手を当てた。
押し縮めるのではなく、広がる、という感覚。昨夜ステータスで読んだ「広げて押し流す」の逆——外から、伝わっていく方向で意識を向けてみた。
うまくはいかなかった。ぼんやりとした感触があるだけで、壁の向こうの情報は読めない。
ただ、何かが——ある。そこまでは、分かった。
報告書にまとめ、ギルドに提出すると、依頼完了の確認が出た。銀貨三枚。
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宿に戻ってから、蓮は手帳を開いた。
*土を動かす向きが二種類ある。集める方向と、広がる方向。俺がやってきたのはほぼ前者だった。後者——広げる、伝わる——はほとんど使っていない。*
答えはまだない。でも、問いの形がはっきりしてきた。
ノエルが宿の窓から外を見ていた。スミは毛布の上で丸くなっている。
「明日は?」
「もう少し、この町の地盤のことを調べたい。ジルさんに、もう一度話を聞けるか確認してみる」
ノエルは特に反対しなかった。「分かった。そうしよう」
外では夕陽が傾いていて、町全体がオレンジ色になっていた。
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翌朝、宿を出ようとしたところで、ジルが入り口に立っていた。
「昨日、一つ言い忘れたことがあって」
老人の表情は、昨日より少し、固かった。
「一番奥の区画……崩落した先のことだが」
「何か」
「あそこで何があったか、俺には思い出せないんだ。三十年働いて、あの区画だけが、ぽっかり空白になってる。老いのせいかとも思ったが……どうも、そんな気がしなくて」
蓮は、手帳を取り出した。
「もう少し、聞かせてもらえますか」
(第三十二話 完)
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