第三十一話「旅の初日、道中の話」
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町を出て半日が経った。
道は整備されていて、荷馬車が通れる幅がある。左手に畑が続き、右手は低い丘だ。
「歩くペース、これくらいでいいか」
「あたしは問題ない。スミは?」
スミは蓮とノエルの間を、特に急ぐでもなく歩いていた。
「大丈夫そうだな」
旅の初日というのは、たいていこういうものだった。
準備と出発の緊張が抜けて、ただ歩くことに体が慣れていく時間。喋っているようで、大したことは言っていない。それでも悪くない。
蓮は、ノンフィクションの仕事で何度も移動してきた。取材先まで電車で数時間、ということもあったし、地方の山奥まで車を走らせたこともある。移動中にこそ、頭の中が整理されることを知っていた。
この世界でも、どうやら同じらしかった。
「ギルドへの最初の報告はどこでする?」
「次の町に着いたらすぐ。窓口は各地のギルドに繋がってるはずだから」
「遠い場所の調査依頼が来たりする?」
「来るかもしれない。来なければ自分で動く」
ノエルが、少し間を置いてから言った。
「あんた、楽しそうだね。旅」
「そうか?」
「顔が、ちょっと違う」
蓮は、自分の顔が見えないので、答えるかわりに前を向いた。
楽しい、という感覚は、まだよく分からない。ただ、この道の先に何かがある、という感覚はあった。
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昼過ぎに、小さな集落の端にある雑貨商の軒先で休んだ。
水と干し肉を補充して、木陰に腰を下ろした。
店の主人——五十がらみの小太りの男が、店先の土道を手のひらで撫でるように動かしていた。
ぬかるんだ地面が、みるみるうちに固くなっていく。
「生活魔法ですか」
男は振り向いて、少し照れくさそうに言った。
「雨の後はどうしてもぬかるむもんで。お客さんが泥で滑らないように、毎回やってます。大したもんじゃないですが」
「土を固める、か」
蓮は、自分の手のひらを見た。
土弾も、遮蔽も、地均しも、全部土を動かす力だ。固める、という発想は、あまりなかった気がした。
「どんなイメージで使ってます?」
男は首をひねった。
「イメージ、ですか。うーん……ぎゅっと、締める、感じですかね。土の粒々を寄せ集めて、隙間をなくす」
「粒を寄せ集める」
蓮は、そのイメージを頭の中で転がした。
自分が土弾を使う時のイメージは何だろう。
圧縮する。固める。撃ち出す。
言葉にしようとすると、意外なほど曖昧だった。
「粒を寄せ集める、か。俺のはどちらかというと、押し縮める感じなんですが」
「同じじゃないですか?」
「……似てるけど、違う気もして」
男は、よく分からないという顔をして、「まあ、そういうもんですかね」と言った。
スミが、店の軒先で静かに蹲っていた。何かを聞いているような顔だった。
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歩き再開してしばらく、ノエルが聞いた。
「さっき、何を考えてたの」
「土弾のことを、どんなイメージで使っているか、うまく言えないなと思って」
「いつも使ってるじゃない」
「使えてはいる。でも、なぜそう動くのか、ちゃんと言語化したことがなかった。あの人は粒を寄せ集めると言ってた。俺は押し縮めると思ってた。同じ結果でも、出発点が違う」
ノエルが少し考えた。
「それって、重要なの」
「分からない。でも、俺の継承は理解が出発点だから。自分の力がどう動いているか分かっていない状態で、ちゃんと理解していると言えるかどうか」
スミが、前を歩きながら耳をわずかに動かした。
聞こえているのか、聞こえていないのか。
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その夜、野営の火の前で、蓮はステータス画面を開いた。
旅に出てから初めて、ゆっくり読み直してみた。
装備中の特性が三つ。プールに二つ。スロットは三。
【土弾】
土を圧縮して射出する。広げて押し流すことも可能。
文字にすると、たったこれだけだ。
「広げて押し流すことも可能」——
蓮は、その一文を、今日初めて、ちゃんと読んだ気がした。
ずっとそこにあった言葉だ。なのに、今日の男の話を聞くまで、目に入っていなかった。
「何見てるの」
「ステータス」
ノエルが覗き込んだ。
「変わってる?」
「まだ。でも……読み方が変わった、かもしれない」
ノエルは、それ以上は聞かなかった。
スミが火のそばで丸くなった。
三人の最初の夜が、静かに更けていった。
ただ、眠りにつく直前、蓮はもう一度だけステータスを見た。
「広げて押し流す」と「押し縮める」は、方向が逆だ。
その逆方向の使い方を、俺はまだ、ほとんどやったことがない。
その事実が、頭の隅に引っかかったまま、消えなかった。
(第三十一話 完)
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