第二十七話「一人じゃない、という話」
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調査から戻った翌日、蓮はギルドマスターの部屋を訪ねた。
「先日の再調査で、少し気になるものを見つけました。見てもらえますか」
机の上に、昨日写し取った入り口の刻み文字の紙と、老書物師から受け取った覚書を並べた。
マスターは、二つを見比べて、しばらく黙っていた。
その黙り方が、思っていたより長かった。
松明の光の下で、帳面のページをめくるようにして、刻み文字の写しと覚書を見比べている。
「……これは、確かですか」
「同じ系統の文字だと、俺は思っています。ただ、書物師でも文字の専門家でもないので、断言はできません」
「いや、そういうことじゃなく……」
マスターは、立ち上がって、棚の奥から一冊の薄い帳面を取り出した。
何かを決めるような、少し重い動作だった。
「実は、話したいことがあったんです。あなたが来てくれてよかった」
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帳面には、近隣の町や村から届いた報告が、簡単に記されていた。
作物が育たない場所が広がっている、という農家からの相談。
動物が特定の方角を避けるようになった、という猟師の話。
ある村の古老が、自分の生い立ちを突然思い出せなくなったという、奇妙な話。
夜中に原因不明の物音がするが、翌朝には何も残っていない、という複数の集落からの報告。
「これらは、それぞれ別の町から、別々に入ってきた報告です。関係があるとは思っていなかったんですが」
蓮は、帳面を読み進めながら、静かに言った。
「あの白い畑と、同じような場所が、他にも出ている」
「そういうことになります。正確な数は把握できていませんが、少なくとも、この地域だけの話ではないようです」
「いつ頃からですか」
「一年ほど前から、少しずつ報告が増えてきました。最初は、単なる農業の不作や、動物の習性の変化だと思っていて、特に記録していなかった。本腰を入れて集め始めたのは、ここ数ヶ月です」
「繋がりに気づいたきっかけは?」
「ある村からの報告の書き方が、別の村のものとあまりにも似ていたんです。場所も、関係のない人物も、時期も違うのに、使う言葉が一致していた。それが、気になって集めるようになった」
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「あなたに、お願いがあります」
マスターは、帳面を閉じて、蓮を見た。
「この調査の窓口を、引き受けてもらえませんか」
「俺が、ですか」
「あなたは、あの水路で地均しを使って土の性質を確かめた。農村でも同じことをした。この問題に、感覚的に近い場所にいると思っています。それに……」
マスターは、少し間を置いた。
「継承の使い手が、こういった調査に関わることに、意味があるような気がしている。うまく言語化できないんですが。あなたは、理解することを対価にして力を得る。この異変も、理解されることを待っているのかもしれない」
それは、マスターがこれまで一番長く、自分の感覚を言葉にした瞬間だった。
蓮は、答える前に、ノエルを見た。
ノエルは、軽く肩をすくめた。
「断る理由が、今のあたしたちにはない」
「……分かりました。ただ、依頼として正式にしてほしい。個人の動きじゃなく、ギルドの調査として記録に残したい」
「それはもちろんです。費用の面も、ギルドが持ちます」
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部屋を出ると、ノエルが静かに言った。
「でかくなってきたね、話が」
「ああ」
「怖くない?」
「怖い、という感じはしない。ただ……一人じゃなかったんだな、という気がしてる」
「一人じゃない?」
「今まで、自分だけが変なものを感じてると思ってた。でも、他の町でも、他の人たちも、似たようなことに気づいていた。誰も繋げていなかっただけで」
「繋げたのが、あんただったってことか」
「繋げようとしていたわけじゃないけど、な」
スミが、ギルドの外に出ると、空を仰ぐように顔を上げた。
蓮も、同じ方向を見た。
この世界で、何かが静かに進んでいる。
それは今日、確かになった。
どこへ向かうのかは、まだ分からない。
それでも、歩き始める方向は、少しだけはっきりしてきた。
(第二十七話 完)
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