第二十四話「枯れていく場所」
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依頼の内容は、一見すると地味だった。
「村の外れの畑の一区画だけ、何年も前から作物が育たなくて。動物も近づかないし、理由が分からないから、調べてほしい」
依頼主の農家の男性は、困り顔でそう説明した。
「魔物の影響じゃないのか」
「それが、魔物は出てないんです。ただ、育たないだけで。害があるわけでもないし、正直、ずっと放置してきたんですが……最近、その範囲が、少し広がってきた気がして」
「範囲が広がっている?」
「気のせいかもしれないですが。でも、もし広がり続けるなら、早めに何とかしたくて」
ノエルは、あまり乗り気でない様子だったが、報酬が悪くないこともあり、受けることにした。
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現地の農村に着き、問題の区画を教えてもらった。
周囲の畑は普通に青々としているのに、その一区画だけ、土が妙に白っぽく、何も生えていない。
「見た目は、普通の土だね」
ノエルが、縁に立って言った。
スミが、その区画の近くで、足を止めた。
いつもなら臆せず前に出るスミが、一歩引いたまま動こうとしない。
「スミ、入れないか?」
スミは、低く一度だけ鳴いてから、それ以上は近づかなかった。
蓮は、先に一人で踏み込んでみた。
おかしな気配があるわけではない。
それなのに、何か、じわりとした違和感がある。
地下水路の奥で感じたあれに、似ていた。
「……この感じ、どこかで」
「何か感じるの?」
「うまく言えないけど。見た時は分かる気がするのに、目を離すと消える。そういう感じ」
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念のため、地均しで土に触れてみた。
土の中に力を通そうとすると、いつもと違う感触があった。
平らに広げようとする力が、何か見えないものに引っかかって、うまく通っていかない。
土そのものが、通常と違う状態になっているようだった。
「なんか、引っかかる」
「引っかかるって?」
「地均しが、うまく通らない。土が、普通じゃない気がする」
ノエルは、その言葉の意味が掴みきれない様子で、首をかしげていた。
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近くで農作業をしていた老人に、話を聞いた。
「ここは、わしの親父の頃から、ずっとこうだったよ」
「もっと前は、どうだったか知ってますか」
「聞いた話じゃ、もっと広かったらしい。この白い土の範囲が。でも、少しずつ狭くなってきたって」
「狭くなってきた、ということは……今も変化しているんですか」
「さあな。変化してるのか、してないのか、気づかんうちに変わってるのか、わしには分からん。ただ、ここだけは、誰が何をしても、何も育たんのだ」
「この場所に、何か言い伝えはありますか」
老人は、少し考えてから首を横に振った。
「言い伝え、か。そういえば、昔ここに何かあったって話は聞いたことがあるが、何があったかは、誰も覚えてないな。変な話だろ、何かがあったとは伝わってるのに、中身が伝わってないんだ」
老人は、それ以上は何も言えない、という顔をした。
蓮は、ゆっくりと区画の外へ出た。
地下水路の壁の彫刻。老女が語った言い伝えの「あまりに多くの人が、一度にいなくなった」という言葉。老書物師から受け取った覚書の「世界が忘れかけているものを、もう一度思い出させる」という一節。
それらが、今日の感覚と、どこかで繋がっているような気がした。
まだはっきりとは言葉にできない。
ただ、「何かがあったとは伝わっているのに、中身が伝わっていない」という老人の言葉が、頭の中で引っかかり続けた。
消えているのは、場所ではなく、その場所にあった何かの記憶なのかもしれない。
そう思いかけて、蓮は、その思考をまだ結論に持っていかないようにした。
根拠が足りない。今は、感じたことを記録しておくだけでいい。
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「解決はできないな」
帰りの道で、蓮は正直に言った。
「そうね。原因が分かっても、直せる問題じゃなさそう」
「ただ、記録だけはしておきたい。ギルドに、今日感じたことを言葉にして残せないか」
「記録? 依頼報告に、そういう形式はないけど、備考欄には書けるんじゃない」
「それでいい」
ギルドに戻り、依頼報告の備考欄に、蓮は今日感じたことを書き付けた。
地均しが通らなかった土の感触。スミが入ろうとしなかったこと。見た瞬間は分かる気がして、目を離すと消えるあの感覚。
自分でも、何を書いているのか完全には分かっていない。
それでも、書いておかなければ、自分がまた忘れてしまう気がした。
スミが、足元に静かに寄り添っていた。
(第二十四話 完)
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