第二話「ついてきた狼と、声をかけてきた冒険者」
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継承を終えても、狼はすぐに蓮へ歩み寄ってくるわけではなかった。
それでも、明らかに先ほどまでの威嚇は消えている。
蓮が背を向けて歩き出すと、狼は少し離れた距離を保ったまま、ついてくるようになった。
「……一緒に来るのか」
問いかけても、答えが返ってくるはずもない。
それでも蓮は、無理に追い払おうとはせず、そのままゆっくりと見回りを続けることにした。
取材の仕事をしていた頃も、こうだった。
無理に踏み込まず、相手のペースに合わせて、少しずつ距離を詰めていく。
人と魔物の違いはあっても、その感覚だけは、不思議と変わらない気がした。
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森の奥へ進むにつれ、木々の間隔が狭くなり、視界が悪くなっていく。
依頼の内容は単純な見回りだったが、何が出てもおかしくない雰囲気が、肌に伝わってきた。
正直なところ、武器の扱いも、魔物への対処法も、蓮はまだ何も身につけていない。
ナイフを借りてはいるが、いざという時に使えるかどうかすら怪しかった。
それでも引き受けてしまった以上、最後までやり遂げるしかない。
足音を立てないよう気をつけながら歩いていると、ふと、狼の歩調が変わったことに気づく。
それまで一定だった足取りが、急に重心を低く落とした。
蓮が反応する前に、足元の草むらから、小さな魔物がいきなり飛び出してきた。
牙を剝いた、小型の獣のような姿。
だが、それよりも早く、狼が低く唸り、進路を塞ぐように前へ出る。
驚いた小型の魔物は、明らかに想定外という様子で、慌てて藪の中へ逃げていった。
静寂が戻るまで、数秒もかからなかった。
「……助かった、のか?」
狼は何も答えず、ただ蓮を一度だけ見上げた。
腰のナイフに、結局一度も手をかけることはなかった。
その事実に、蓮は内心、少しだけ安堵していた。
何の役にも立たないと笑われた自分でも、こうして無事に依頼を終えられそうなことに。
それに、もう一つ気づいたことがある。
この狼は、何の見返りも求めずに、自分を庇った。
聞き書きの仕事をしていた頃、誰かのために動く理由を聞くと、決まって「そんなの当たり前だろう」と返されることが多かった。
理由を言葉にできない優しさというものが、人にも、どうやら魔物にも、同じようにあるらしい。
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依頼を終え、町へ戻る道の途中。
「……は?」
声をかけてきたのは、革の軽装をまとった女性だった。
驚いた顔のまま、蓮の後ろをついてくる狼を、じっと見つめている。
腰には使い込まれた短剣。装備はお世辞にも上等とは言えないが、立ち姿には妙な落ち着きがあった。
「あんた、何でそいつを連れてるの。テイムしたの?」
「いや、テイムとかじゃない。話をしただけだ」
「話を……?」
女性は、ますます訳が分からないという顔になった。
「魔物と話して、大人しくさせたって言いたいわけ?」
「正確には、話したというより……理解した、んだと思う」
「は?」
説明する蓮自身も、自分の言葉がどれだけ意味不明か分かっていた。
女性は、しばらく蓮と狼を見比べていたが、やがて小さくため息をついた。
「あたしはノエル。Dランクの冒険者」
「椎名蓮。最近こっちに来た、迷い人だ」
「迷い人が、来たその日から魔物を手懐けてるって、一体どういう状況よ」
「俺にも、よく分かってない。ギルドじゃ、ハズレギフト扱いされてるくらいだから」
「……は?ハズレなのに、こんなことができてるってこと?」
ノエルは、呆れたような、それでもどこか興味を隠せないような顔で、蓮の隣を歩き始めた。
「そのハズレギフト、名前は何て言うの」
「【継承】っていうやつだ。説明文すら意味不明で、ギルドの資料にも載ってない」
「……それ、ハズレっていうより、誰も解析できてないだけじゃないの」
その指摘に、蓮は思わず足を止めた。
「あたしも似たようなものだから、ちょっと分かるよ」
ノエルは、少し声を落として続けた。
「Dランクって、別に弱いわけじゃないけど、地味すぎて誰も組みたがらないの。火も出ない、防御も上がらない、ただ足が少し速くなるだけ」
「それは……」
「だから、すぐパーティ抜けられる。一人でやる方が、気が楽になっただけ」
そう言って、ノエルは小さく笑った。
自分を哀れんでいるような響きはなく、むしろどこか開き直ったような口調だった。
「あんたは、迷い人ってやつなんでしょ。元の世界じゃ、何やってたの」
「物書きみたいなものだ。人に話を聞いて、それを文章に残す仕事をしてた」
「へえ……それと、その【継承】、何か関係あるの?」
「分からない。けど、たぶんあると思う」
「ふうん」
ノエルは、それ以上深くは聞いてこなかった。
ただ、興味がなくなったわけではなく、急いで答えを欲しがらない、という距離の取り方のようだった。
「この辺りだと、迷い人が来るのって珍しいんだよな」
「珍しいっていうか……正直、いい意味で噂になることは少ないかな。急にギフトもらって、調子に乗って依頼を選びすぎて、痛い目見る人が多いから」
「俺はその逆だな。選べるような依頼すらない」
「それは、それで珍しいパターンね」
ノエルは、おかしそうに笑った。
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町へ戻る前、蓮はふと、後ろをついてくる狼に目を向けた。
このまま「狼」と呼び続けるのも、どうにも落ち着かない。
「……スミ、でどうだ」
特に深い理由はなかった。ただ、なんとなく口に出した名前だった。
狼は、少しだけ尾を振った。
ノエルは、その様子を見て、呆れたように笑った。
「ほんと、変なやつに目をつけられた気がする」
そう言いながらも、彼女は蓮の隣から離れようとはしなかった。
夕暮れの町並みが見えてくる頃には、二人と一匹は、自然と並んで歩いていた。
(第二話 完)
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