第一話「ハズレ呼ばわりされた【継承】、最初に理解したのは一匹の狼だった」
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椎名蓮、二十九歳。
聞き書きを専門とするノンフィクションライターだった。
高齢の職人や、過疎の村に残る老舗の店主。
誰かが聞かなければ、そのまま消えていく「生き方」を取材し、文章に残す仕事をしている。
その日、蓮は山間部の小さな村を訪れていた。
廃業を決めた、ある職人を取材するためだった。
「もう、誰にも継がせるつもりはないよ」
職人は淡々とそう言った。
長年使ってきた道具を仕舞いながら、ふと、こんなことを呟いた。
「あんたみたいな、人の話をちゃんと聞ける人間が……向こうにも、要るんだがなぁ」
向こう、とはどこのことか。
聞き返しても、職人は曖昧に笑うだけだった。
取材の最後に、職人はある場所を教えてくれた。
村の裏手にある、誰も管理していない古い祠。
「昔から、いわくのある場所でね」
気になった蓮は、記事の裏付けのために、その祠まで足を運んでみることにした。
苔むした石段を上り、薄暗い祠の中に入った瞬間――
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
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目を覚ました時、蓮は知らない森の中にいた。
頭上には、見たことのない木々が茂っている。
空気の匂いも、土の感触も、どこか現実のものとは違う。
「……は?」
状況が理解できないまま立ち上がると、目の前に、半透明の光る板のようなものが浮かび上がった。
【迷い人を確認。固有ギフトを表示します】
そう書かれた直後、文字列が切り替わる。
【ギフト:継承】
【詳細:理解せよ。さもなくば、何も手にすることはできない】
それだけだった。
説明文は、それ以上何も語らない。
蓮は呆然と、その文字を見つめた。
「……継承って、何を継承するんだ」
問いかけても、板は何も答えてくれなかった。
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途方に暮れた蓮は、とにかく人のいる場所を探して歩き、半日ほどでようやく小さな町に辿り着いた。
冒険者ギルドという建物があることを知り、まずは自分の状況を確認するため、簡易鑑定を頼んでみた。
受付の女性は、蓮のギフトを覗き込んだ瞬間、表情を曇らせた。
「……継承、ですか」
「何か、まずいんですか」
「いえ……効果がどう発動するのか、ギルドの資料にも載っていなくて」
近くにいた、若い冒険者たちがその様子を見て笑い出した。
「説明文すら意味不明なギフトって、初めて見たな」
「完全にハズレじゃん。気の毒に」
否定する材料もなく、蓮は曖昧に笑うことしかできなかった。
生活費のため、仕方なく受けたのは、町外れの森を見回るだけの、最低ランクの依頼だった。
出発前、受付の女性から、初心者用のナイフを一本貸し出された。
「無手で森に出る人はいませんから。念のため、これだけは」
蓮は言われた通り、慣れない手つきで腰に鞘を提げた。
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森に入って一時間ほど歩いたところで、蓮は一匹の狼と遭遇した。
子供のような体格だが、明らかに警戒した姿勢で、低く唸っている。
普通なら、すぐにでも腰のナイフに手をかけるべき場面だろう。
だが蓮は、つい、長年の取材の癖でその狼を観察してしまった。
群れで暮らすはずの狼が、なぜ一匹だけでいるのか。
よく見ると、体の何ヶ所かに、爪や牙によるものらしい古い傷が残っている。
もし仲間からつけられた傷だとすれば、辻褄が合う。
縄張りに固執しているのに、誰も呼ばない。仲間を呼ぶ気配すらない。
「お前……群れから、出されたのか」
狼は答えない。当然だ。
それでも蓮は、腰のナイフに手を伸ばすこともせず、その場にゆっくりと座り込んだ。
「俺も、似たようなものだよ。何の役にも立たないって、さっき笑われてきたところだ」
狼の唸り声が、わずかに弱まった。
蓮はそれ以上何も言わず、ただ狼の動き、視線、呼吸の間隔を、根気強く見つめ続けた。
聞き書きの仕事で、何百人もの「言葉にならない部分」を読み取ってきた感覚が、自然と働いていた。
しばらくして、蓮はあることに気づく。
傷はどれも、もう塞がって時間が経っている。
完全に追い出された身なら、もっと遠くへ移動して、新しい場所を探してもいいはずだ。
それなのに、狼はこの一帯から動こうとせず、誰かが近づけば、いつも同じ場所で唸って踏み止まっている。
まるで、まだここに、戻る理由が残っているかのように。
「……そうか。お前、まだ戻れるって、諦めてないんだな」
その瞬間だった。
視界に、再び光る板が浮かび上がる。
【継承条件成立】
【継承可能特性:「縄張りの嗅覚探知」を確認】
体の奥に、何かが流れ込むような感覚が走った。
狼は、それまでの警戒を解き、ゆっくりと尻尾を一度だけ振った。
「……継承って、こういうことか」
笑われた力が、確かに何かを起こした。
だが、これがこの先どう役に立つのか、蓮自身にもまだ、見当がついていなかった。
(第一話 完)
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