第十六話「知っていた人」
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その日のギルドは、珍しく外からの来客で少しざわついていた。
旅の書物師だという老人が、各地の記録を売り買いしながら、町々を回っているらしい。
荷車に積まれた大量の本や覚書が、ギルドの片隅に広げられていた。
「珍しいね。こんな町まで来るとは」
受付の女性も、どことなく物珍しそうにしていた。
他の冒険者たちも、本や記録には興味を持たない者が多いのか、老人の周りには人が集まっていない。
蓮だけが、少し気になって、荷の端に目を向けていた。
「あなた、継承の使い手ですか」
振り返ると、老書物師が、じっとこちらを見ていた。
「……何で、それを」
「さっき、ギルドの受付でそういう話をされていたので。盗み聞きするつもりはなかったのですが、耳に入りまして」
老人の目に、悪意はない。むしろ、強い好奇心が滲んでいた。
「今まで、継承という言葉を知っている人に、会ったことがなかった」
「それはそうでしょう。私が見つけたのも、偶然でしたから」
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ノエルが、すぐ横で腕を組む。
「あんたが継承って知ってる人、初めて見たわ。ギルドの資料にも載ってなかったのに」
「古い記録に、一度だけ出てきたことがある」
老書物師は、そう言って、積み上げた覚書の一つを手に取った。
「百年以上前の記録です。ある旅人が、各地でギフトの使い手から話を聞き取ったものでして。その中に、継承というギフトの記述が、一行だけあった」
「その使い手は、どんな人物だったんですか」
「それが……そこまでは書かれていなかった。名前も、どこの出身かも。何か事情があったのか、記録が意図的に抜けているような部分も多くて」
老書物師は、少し残念そうな顔をした。
「長年、記録を集めているんですが、似たような欠け方をした記述に、ちょくちょく出くわすんです。最初は保存状態が悪かったせいだと思っていたんですが……年を重ねるうちに、そうでもないかもしれないと思うようになった」
「欠け方が、似ている?」
「特定の時代の、特定の場所に関わる記録だけ、根こそぎ欠けていることがある。虫食いでも、水濡れでもなく、最初からそこだけ空白だったような欠け方で」
蓮は、思わずノエルと顔を見合わせた。
「ただ、その記述の端に、短い書き込みがあった。本人が書いたものかどうかも、分からないんですが」
「何と書いてあったんですか」
「物語を繋ぐ者、と」
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蓮は、しばらく黙っていた。
物語を繋ぐ者。
それが何を意味するのか、今の蓮にはまだ分からない。
それでも、異世界に来る前の自分の仕事と、その言葉が、奇妙に重なって聞こえた。
「その記録、見せてもらうことはできますか」
「原本はお見せできませんが、写しを一部持っています。差し上げましょう」
老書物師は、薄い覚書を一冊取り出した。
「大部分は判読が難しくて、私にも読めない部分が多いんですが。役に立つかどうかは、読んでから判断してください」
ノエルが、横から覗き込む。
「もしかして、あんたに読めるかもって思ってるの?」
「職業柄、古い記録の読み解きに慣れてるかと思いまして」
老書物師は、穏やかにそう言った。
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夕方、老書物師は次の町へ向けて出発した。
「また、各地を回るんですか」
「ええ。記録を集めることしか、できませんから。集めたものが、誰かの役に立てれば、それで十分です」
その言い方が、蓮にはどこか自分の仕事と重なって聞こえた。
「同じギフトの使い手が、百年前にもいたんだな」
荷車が見えなくなった後、ノエルが呟くように言った。
「それだけじゃないかもね。もっと古い時代にも、いたかもしれないし」
「それで、誰も覚えていない。記録にも、ほとんど残っていない」
「だから、あんたが今、ここにいる意味があるのかもしれないわね」
ノエルは、それだけ言うと、話を終わらせた。
宿の部屋に戻ってから、受け取った覚書をゆっくりと開いた。
文字は古い様式で書かれていて、確かに読み解くのに時間がかかる。
ほとんどの記述は、何度見返しても意味がつかめなかった。
しかし、一箇所だけ、他の部分よりもはっきりと読める一節があった。
「物語を繋ぐ者は、世界が忘れかけているものを、もう一度思い出させる」
それ以上は、また判読できない部分が続く。
蓮は、その一節を何度も読み返した。
第十五話で見た、あの壁の彫刻が、また頭の中をよぎっていった。
(第十六話 完)
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