第十五話「奥に見えたもの」
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ギルドの掲示板に、珍しく「合同調査」の文字が大きく書かれた依頼が貼られていた。
倉庫街の地下水路で、最近、夜中の物音や、迷い込んだ動物が戻ってこないという報告が相次いでいるという。
「前に、あんたたちが穴熊の依頼で入った場所よね」
ノエルの言葉に、蓮は頷いた。
あの時、穴熊が怯えていた「何か」の正体は、結局確かめられないままだった。
「経験者ってことで、うちのパーティにも声がかかってる」
「行くしかないな」
「気は重いけどね。あの時も、ろくな結果じゃなかったし」
それでも、ノエルは依頼書を手に取り、参加の手続きを進めていた。
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集合場所には、見覚えのある顔も、初めて見る顔もあった。
ベテランらしい冒険者が、調査隊全体の指揮を任されているようだった。
「無理な深入りは禁止。何か異常を感じたら、すぐに報告すること」
念入りな注意事項を聞きながら、一行は地下水路へ足を踏み入れた。
複数のパーティが同時に動くのは、毒蜂の依頼の時以来だったが、今回は明らかに空気が違う。
誰も、軽口を叩く者がいなかった。
以前、蓮たちが穴熊と遭遇した場所よりも、さらに奥へ進む。
水音が、次第に遠くなり、空気が重く湿っていく。
「ここまで来たの、初めてね」
ノエルの声が、いつもより小さく聞こえた。
スミも、先頭を歩く別のパーティの後ろで、低く構えたまま、一切吠えようとしなかった。
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奥の壁面に、何か模様のようなものが彫られているのが見えた。
近づいて確かめようとすると、輪郭が妙にぼやけて、はっきりと像を結ばない。
「これ……何が彫られてるんだ?」
蓮が目を凝らしても、図形なのか、文字なのか、判断がつかなかった。
近くにいた、別のパーティの冒険者も、同じように壁を見つめている。
「俺にも、何も読み取れない。彫られてるのは分かるのに」
不思議なことに、目を離した瞬間、何が見えていたのかさえ、思い出せなくなる。
「気のせいか……?」
「あたしも、同じ。見た瞬間は分かる気がするのに、すぐ分からなくなる」
ノエルも、怪訝な顔で同じ場所を見つめていた。
何度見返しても、頭の中に残るのは「何かがあった」という感覚だけで、内容そのものは、するりと抜け落ちていく。
その時、蓮の中で、ふと一つの記憶が繋がった。
井戸端で老女から聞いた、あの言い伝え。
「忘れられる前に、誰かの中に残しておくんだって」
あの言葉と、今目にしているこの感覚が、奇妙に重なるような気がした。
ここにあるものは、忘れられかけている何かなのか。
それとも、最初から、誰にも覚えられないように作られたものなのか。
蓮には、まだその区別すらつけられなかった。
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「これ以上は、危険だと判断する。一旦、撤退する」
指揮を任されていた冒険者が、淡々とそう告げた。
異論を挟む者はいなかった。
誰もが、はっきりとは言えないまま、何かを感じ取っていたのかもしれない。
調査隊は、来た道をそのまま戻っていった。
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地上に出ると、いつもと変わらない町の喧騒が、やけに遠く感じられた。
「結局、何も分からなかったわね」
ノエルの言葉に、蓮はすぐには答えられなかった。
「何かは、確かにあった気がする。けど、うまく言葉にならない」
「珍しいじゃない、あんたが言葉にできないなんて」
「俺も、初めてだ。聞いたことを残す仕事をしてきたのに、今のは……どう書けばいいのか、まるで分からない」
「無理に書こうとしなくてもいいんじゃない。今は」
ノエルの言葉は、いつものそっけなさとは少し違って聞こえた。
ギルドへの報告は、結局「異常な彫刻のようなものを確認、詳細不明」という、簡潔な一文にまとめるしかなかった。
それ以上のことは、誰にも書けなかった。
スミが、二人の足元で、地下水路の方向を、しばらく見つめ続けていた。
何が奥にあるのか、まだ誰にも分からない。
それでも、確かに何かが、この世界の奥底で、静かに進んでいるような気がしていた。
その日の夜、蓮は宿の部屋で、今日見たものを書き出そうとしたが、結局、白紙のままだった。
(第十五話 完)
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