第十四話「群れを出た理由、もう一つの側面」
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依頼の内容は、森の奥で目撃された、灰狼の群れの調査だった。
「最近、縄張りを広げてるみたいで。村の近くまで来られると困る、ってことらしいわ」
蓮は、依頼書を読んで、ふと手を止めた。
場所は、初めてスミと出会った辺りから、そう遠くない。
「スミの、元の群れかもしれないな」
「行く? 無理しなくてもいいけど」
「スミがどうしたいか、聞いてみる」
蓮は、足元のスミに目を向けた。
スミは、その言葉に答えるように、一度だけ小さく鳴いた。
迷いはあるようだったが、引く様子はなかった。
「無理はしなくていいぞ。依頼自体は、別の方法でも何とかなるかもしれない」
それでも、スミは先に立って、森の奥へ歩き出した。
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森の奥に進むにつれ、スミの足取りが、いつもより重くなっているのが分かった。
普段は先を歩くことが多いのに、今日は蓮たちの後ろに付くようにしている。
「緊張してるのか」
蓮が声をかけても、スミは前を見たまま、何も応えなかった。
ノエルも、いつもより口数が少なかった。
緊張しているのは、スミだけではないのかもしれない。
やがて、開けた場所に出ると、複数の灰狼が、こちらを警戒するように並んでいるのが見えた。
その中心に、ひと際体格のいい個体がいる。
群れのリーダーらしい狼が、スミの姿を見た瞬間、明らかに動きを止めた。
周りの個体も、一斉に唸り声を上げかけたが、リーダーが低く鳴いて、それを制した。
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リーダーは、敵意を見せるでもなく、ただじっとスミを見つめていた。
スミも、同じように動かない。
両者の間にあるのは、戦いの気配ではなく、もっと別の何かだった。
蓮は、その場で動かず、しばらく二頭の様子を見続けた。
リーダーの体には、古い傷がいくつも残っている。
群れを守るために、何度も矢面に立ってきたことが、傷の数だけで伝わってきた。
周りの個体たちの様子も、よく見れば、決して余裕があるわけではなかった。
毛艶や体格から見て、縄張りの中の餌だけでは、群れ全体を支えるのが、ぎりぎりだったのかもしれない。
「お前が、スミを群れから出したのか」
蓮が静かに尋ねると、リーダーは低く唸ったが、それ以上は何もしなかった。
「役に立たないから、追い出したわけじゃないんだな」
リーダーの唸り声が、わずかに変わる。
蓮には、はっきりとした言葉は分からなかった。
それでも、視線の向け方や、間合いの取り方から、一つの推測が浮かんできた。
群れを大きくするには、誰かが新しい縄張りを切り開かなければならない。
その役目を、最も身軽で、群れへの執着が薄かったスミに、押し付けるような形で託したのではないか。
「追い出したんじゃなくて……押し出した、ってところか」
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正解かどうかは、分からない。
それでも、リーダーは、それ以上唸ることをやめていた。
スミが、一歩だけ、リーダーに近づく。
二頭は、しばらく顔を寄せ合うようにしていたが、やがてスミの方が、先に離れた。
群れに戻る、という選択はしなかった。
それでも、敵意のようなものは、もうどこにも残っていなかった。
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依頼自体は、縄張りの境界を調整することで、村側との衝突を避ける形に収まった。
リーダーも、それ以上村の近くまで来ないことを、態度で示してくれた。
帰り道、ノエルが静かに言った。
「結局、戻らなかったわね」
「戻る必要は、ないと思う。スミが、今いる場所を選んでるなら」
「あんたも、戻るつもりはないんでしょ。向こうの世界に」
「……分からない。今は、ここでやることが多すぎて、考える余裕もない」
ノエルは、それ以上は聞いてこなかった。
スミは、いつものように、蓮の隣を歩いていた。
足取りに、もう迷いはなかった。
理解したことで、何かが大きく変わったわけではない。
それでも、スミの中にあった何かが、少しだけ軽くなったように見えた。
(第十四話 完)
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