第十三話「分かったつもりだった」
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ギルドで受けた依頼は、森の一角に居座る中型魔物が、最近になって通行人を襲うようになった、という内容だった。
「縄張り意識の強い個体は珍しくないけど、急に襲うようになったのは、何か理由がありそうね」
ノエルの言葉に、蓮は思わず頷いた。
これまでの経験から、自然とそう考える癖がついていた。
何かに追われている。何かを守っている。理由のない攻撃的な個体は、そう多くないはずだった。
「これまでの相手も、大体そうだったしな」
「スミも、ネズミも、穴熊も。みんな何かしらの理由があった」
「だから、今回もきっと——」
蓮は、そこまで言って、自分の言葉に小さな引っかかりを覚えたが、深くは考えずに森へ向かった。
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現地に着くと、確かに体格のいい中型の魔物が、縄張りの中心に居座っていた。
毛並みも、足取りも、これまで見てきたどの個体よりも、むしろ堂々としている。
しばらく観察を続けても、目立った外傷はなく、巣のような場所も見当たらない。
「弱ってる感じも、何かを守ってる感じもしないけど」
ノエルの指摘に、蓮も内心では同意していた。
それでも、これまでの経験が、つい別の見方を探させてしまう。
「縄張りの餌が、何かの理由で減ったとか……」
確認してみると、縄張りの中には、十分な量の餌になりそうな小動物の気配があった。
足りていないものは、特に見当たらない。
理由を探そうとするほど、当てはまるものが見つからない。
「もしかして、前にここで何か嫌な目に遭った、とか……」
「あんた、さっきから無理に理由をこじつけようとしてない? あたしから見てても、ちょっとそう見えるんだけど」
ノエルの一言に、蓮は何も言い返せなかった。
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それでも、蓮は一度、声をかけてみることにした。
「お前も、本当は争いたくないんだろう。何か、守りたいものがあるんじゃないか」
魔物は、ただ苛立たしげに地面を引っ掻き、威嚇の咆哮を上げただけだった。
視界に、何の表示も浮かんでこない。
【継承条件成立】の文字は、どれだけ待っても現れなかった。
「……外れたか」
蓮は、自分の見立てが、ただの思い込みだったことを、ようやく認めた。
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「あんた、ちょっと決めつけすぎてたんじゃない?」
ノエルが、剣を構え直しながら、呆れたように言う。
「全部に、何かしらの事情があるとは限らないでしょ。単純に、気に入らないものを排除したいだけの奴だって、いるはずだから」
「……そうだな」
「理解できないものもある、ってだけの話。それは、あんたが間違ってたわけじゃないと思うけど。あたしだって、最初は理由があると思ってたし」
そう言うと、ノエルは前に出て、魔物との距離を一気に詰めた。
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戦闘は、これまでとは少し違う緊張感があった。
ノエルが斬り込んだ瞬間、魔物は予測より速く反転し、尾を横薙ぎに叩きつけてきた。
危険察知が、ほぼ同時に反応した。
「左!」
声に出した時には、蓮はすでに土弾を構えていた。
魔物の尾が弧を描く軌道に、土弾を叩き込む。直撃はしなかったが、軌道がわずかにずれた。
ノエルが、その隙に跳び退いた。
「今の、助かった」
「続けて。スミ、側面に回れ」
スミが、声に応えるように左へ迂回し、魔物の退路を塞ぐ位置に入る。
蓮は、相手の動きを継続して読もうとしていた。だが、何度見ても、この魔物の動きに「なぜ」という文脈が見えてこない。
腹を空かせているわけでも、群れを守るわけでも、縄張りを脅かされているわけでもない。
ただ、目の前のものを排除したいという衝動だけで動いている。
それが、蓮には最後まで腑に落ちなかったが、戦闘の中ではそれを考え続ける余裕が、だんだんとなくなっていった。
ノエルが二度目の斬り込みをかけ、スミが側面から飛びかかった。
蓮は、体勢を崩した魔物に土弾を連続で叩き込み、動きを止める。
数度の攻防の末、魔物は大きく体勢を崩し、それ以上は抵抗する力を失っていった。
理解できない相手には、理解できないままで向き合うしかない。
それも、一つの答えなのかもしれなかった。
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依頼を終えた帰り道、蓮はしばらく無言だった。
「気にしてるの?」
「いや……ただ、ずっと『理解すれば何か分かる』って、思い込んでた気がして」
「それで、ここまで来れたのも事実でしょ」
「だからこそ、今日みたいに外れた時、戸惑った」
「あんたの継承は、理解できた時だけ発動する。理解できない時に何も起きないのは、当たり前のことだと思うけど」
ノエルの言い方は、いつも通りそっけなかったが、的を外していなかった。
「全部が分かるわけじゃない。分からないものは、分からないままでいい」
「言葉にすると、簡単に聞こえるな」
「簡単じゃないから、あんたは今、こんな顔してるんでしょ」
ノエルは、それ以上は何も言わず、隣を歩き続けた。
スミが、何でもないという顔で、二人の前を歩いている。
理解できるものと、理解できないもの。
その線引きを、蓮はまだ、正確には掴めていなかった。
それでも、今日の戦闘で一つ分かったことがある。
継承が発動しなかった時、蓮は戦い方を変えた。
感情を読むのをやめ、攻撃の予兆だけを追った。危険察知を、相手を理解するためではなく、ただ自分と仲間を守るために使い切った。
それは、蓮にとって初めての戦い方だった。
そしてそれもまた、自分なりの戦い方になる気がした。
どんな相手にも理由があると思っていた、その思い込みそのものに、今日初めて気づけたのだから。
(第十三話 完)
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