2【入社試験】
一人、また一人と、瞬きをする間もなく半グレたちが地面に沈んでいく。
無駄に広いフロアを縦横無尽に駆け抜ける小宮の動きは、もはや人間のそれではない。重力も慣性も無視したような身のこなしに、相手は銃口を向けることすら叶わず、虚空を掴むようにして倒されていく。
「ひゃっほ~~う!!!」
戦場に響き渡るのは、小宮の心底楽しげな歓声だ。
前世のノベルゲーム『極アル』では、戦闘シーンは地の文と効果音で処理されていた。
「小宮が敵を圧倒した」というその一文の裏側に、これほどの狂気が潜んでいたなんて。
実際に目の当たりにして、ようやく理解した。
こいつ、正真正銘のバケモンだ。
残像すら残さないスピードと、一撃で相手の戦闘能力を奪う精密な暴力。画面越しでは決して伝わらなかった「実力値」の重みが、コンクリートを叩く鈍い音と共に俺の肌を突き刺す。
これが、荒瀧組の誇る少数精鋭の真価。そして、俺がこの狂った世界で生き残るために選んだ「盾」の正体か。
「おい、出てこい」
銃声が止み、絶叫が消え、耳が痛くなるような静寂。そこに、小宮の平坦な声が響いた。
(嘘だろ……。二十人をたった数秒でか……)
俺は扉の陰からフロアへと足を踏み入れた。視界に飛び込んできたのは、凄惨な地獄絵図だ。返り血を浴びて赤黒く染まった小宮と、その周囲にボロ雑巾のように転がる、かつて人間だったモノたちの山。
だが、死屍累々の中心で、一人だけまだ武器を握りしめている男がいた。
その半グレは、ガチガチと歯を鳴らしながら、小宮ではなく、新顔の俺に狙いを定めている。
「やってみろ」
小宮は俺の方を見向きもせず、タバコを咥えながら短く命じた。
「や、やってみろ……って、俺がですか!?」
いきなりの実戦、それも命のやり取りかよ。
「Die! You little piece of shit!! I'm gonna rip your heart out!!」
……あ、ダメだこれ。相手外国人じゃねえか。
何を言ってるのか1単語も分からねえ!
「I'll kill you! Die! Die! Die!!」
怒声と共に、男が狂ったようにナイフを振り回して突っ込んでくる。
殺意の翻訳なんて必要なかった。その剥き出しの刃と血走った目が、俺の心臓を直接掴んで握りつぶそうとしてくる。
「あぶねっ!!」
俺は無様に、しかし必死に地面を蹴り、大きくのけぞるようにしてその銀閃をかわす。鼻先をかすめる鉄の匂い。俺はそのままなりふり構わず後退し、距離を取った。
「Get back here, you coward!! I'll carve your face!!」
喚き散らす男の言葉はノイズでしかないが、絶望だけは鮮明に伝わってくる。
小宮は助けてくれない。この外国人は、本気で俺を殺しにきている。
(クソッ…マジかよ 入組初日にこれか)
背中に冷たい壁の感触。逃げ場を失った俺の目の前で、男がトドメの一撃を加えようと、大きく刃物を振りかぶった。
「最悪だよ」
吐き捨てるように呟いた瞬間、俺の意識が極限まで加速した。
外国人が刃物を振り下ろす、その刹那。
脳が「死」を理解するより速く、俺の右手が閃いた。
振り下ろされる刃物の軌道よりも、暴力の理よりも疾く――俺は手にしていたドスを、最短距離で男の喉元へ走らせた。
「……っ!!」
不快な手応えと共に、男の喉に鮮紅の線が走る。言葉を紡ぐはずだった声帯はズタズタに引き裂かれ、絶叫は鮮血と共に喉の奥に沈んだ。
だが、一度溢れ出した生存本能は止まらない。
俺は流れるような動作で懐のチャカを引き抜くと、抗う男の眉間に銃口を固定し、一気に引き金を絞り抜いた。
乾いた銃声が脳を揺さぶり、男の巨体が糸の切れた人形のように床へ崩れ落ちる。
返り血を浴び、硝煙の臭いに咽びながら、俺は冷たくなった死体を見下ろした。
……正直、殺したくはなかった。
前世の倫理観が、泥のような後悔を胸に広げていく。
「お~、お前なかなかやるじゃねーか」
背後から、感心したような小宮の声が投げられた。彼はタバコを指に挟んだまま、死体の山を越えてこちらへ歩み寄ってくる。
「いい武闘派が入ってきたもんだ。気に入ったぜ」
「……はは、光栄っす」
俺は引きつった笑いを返した。
違うんだ。俺は生存率を上げるためにこの組を選んだだけで、武闘派として名を上げるつもりなんてさらさらないんだ。
ただの「雑用担当」として、物語の隅っこでひっそり暮らしたかっただけなんだ。
「お前、名前は?」
死臭の漂う部屋の中、小宮がニヤリと笑いながら問いかけてきた。
「河合……河合銀です」
俺が掠れた声で答えると、彼は乱暴に俺の肩を叩いた。
「よし河合! お前合格だ! これから飲みに行くぜ! 拒否権はねぇからな!」
有無を言わせぬ宣言。
入組の面接がカチコミで、合格通知が飲み会の強制連行かよ。俺の平穏な「雑用係プラン」は、返り血と共にどこかへ洗い流されてしまったらしい。
「よーし、入社祝いだ! 楽しみにしとけ!」
強引に背中を押され、俺は戦場だったビルを後にした。
前世の知識になかった展開、想定外の武闘派認定。
これから始まる荒瀧組での生活が、俺の知る『極アル』のシナリオをどう変えていくのか。
今はただ、震える足で小宮の背中を追いかけるしかなかった。
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