第七話【歓迎会ドライブ】
夜の街を駆ける車内には、妙に浮ついた空気が流れていた。
ハンドルを握る小宮の兄貴と、後部座席に揺られる俺。
そして、俺のすぐ隣には——組長の孫娘、荒瀧はすみが座っている。
「おい! 河合~! お前ついてんなぁ! はすみの嬢ちゃんと飯を共に出来るとか最高じゃねーか!あ、それは俺もか!ガハハ!」
バックミラー越しにニカッと笑う小宮の声が響く。
本当は清水や司の兄貴も連れてきたかったらしいが、今、荒瀧組はメインヒロインの実家である秋山組と抗争の真っ只中だ。
精鋭軍団である彼らが組を空けるわけにはいかない。結果として、入組したての俺がこの「お供」という大役を仰せつかったわけだ。
「ちょうど..おなか..すいてた..から..よかった..」
隣から、鈴を転がすような、けれど途切れ途切れの声が聞こえた。
(……この子、こんな喋り方だったか)
前世の記憶を掘り起こしてみるが、『極アル』作中で彼女が喋ったシーンなんて片手で数えるほどしかないからあまり覚えてない。
所詮、見た目美少女なだけのモブだし。
ふわりと、鼻腔をくすぐる柔らかな香り。
返り血と硝煙にまみれたさっきまでの地獄が嘘のように、彼女の周りだけが別の世界であるかのような、甘く清純な匂いがした。
(……それにしてもいい匂いするな)
抗争だの生存戦略だの、そんな殺伐とした思考が、隣に座る美少女の存在感だけでじわじわと溶かされていく。
ゴソゴソ
隣の気配が揺れたかと思うと、はすみが座席の上をのそのそと這うようにして、俺の至近距離まで詰め寄ってきた。
「河合...」
「はい?…!?」
反射的にそちらを見た瞬間、俺の思考はホワイトアウトした。
鼻先が触れ合いそうなほど、はすみの顔が目の前にあったからだ。
「えっ!? な、なんですか!?(ち、ちっっっっっか!え!?可愛い!それにくっそいい匂いする!)」
脳内で絶叫が響く。だが、彼女の視線はどこまでも真っ直ぐで、俺の瞳の奥をじっと覗き込んでいる。
「河合...」
「え……(え、まじで!?小宮の兄貴が運転してるのに!?確かにこの河合銀ってキャラ、見てくれは悪くないけど!いきなりそんな展開になる!?)」
「...め...つぶって...」
「え、は、はい……(ま、まじで!?お嬢様が一目惚れしちゃった感じ!?荒瀧組に入ったのって、もしかして大正解!?)」
期待と緊張で心臓の爆音が止まらない。俺はそっと瞼を閉じ、運命の瞬間を待った。
だが。
「グサ〜!..グサグサ..ザクザク..ザク~!..」
「……へ?」
期待していた柔らかな感触の代わりに、腹部に伝わってきたのは、プラスチック特有の硬い感触と、バネが跳ねるような規則的な振動だった。
目を開けると、そこには「びっくりナイフ」を俺の腹に何度も押し当てているはすみの姿があった。刃が引っ込むおもちゃのナイフを、彼女は極めて真剣に、かつ楽しそうに突き立てている。
(一目惚れじゃなくて、刺殺ごっこかよ!!)
極上の香りと至近距離の美貌に騙された。
彼女にとって俺は、さっきの戦場の余韻を「再現」するための、ちょうどいい遊び相手に過ぎなかったらしい。
「河合..しんだ..?」
上目遣いで、彼女がぽつりと問いかけてくる。
このシュールすぎる状況に、俺の淡い期待は音を立てて崩れ去った。




