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8/22

1【エロゲ世界に転生したらモブ構成員でした】



スマホに映る自分の顔を眺め、俺は重い溜息を吐き出す。


「…河合銀かわいぎんかぁ…」


それが今の俺の名前。


前世でやっていたエロゲ『極夜のアルカディア:壊れた世界の秩序を紡ぐ者』――通称『極アル』に出てくる、荒草組の使い捨て構成員。


本来なら物語の中盤、主人公のかませにされて退場するだけの、名前があるのが不思議なレベルの端役。


「…なんでこいつなんだよ…!」




この世界は、俺が知るゲームそのものの絶望に満ちている。


警察が正義を放棄し、学校がマフィアに占拠されて四百人以上が惨殺される事件さえ起きる狂った場所だ。


本来のシナリオは、最強の実力を持つ荒草陽太が、ヒロインの秋山恵を助けた後『私立聖蓮華学園』に入学する所から始まる。



だが、俺は知っている。



物語の終盤、視点は恵へと切り替わり、荒草組の次期若頭としての牙を剥いた「ラスボス」荒草陽太を討つ。


そんな救いのない展開が待っていることを。



「荒瀧組…」


俺は生存フラグを掴み取るため、荒瀧組の門を叩く決意を固める。



ゲーム上の河合銀は荒瀧組じゃなく荒草組の門を叩いて極道になっていた。それで死んだ。


だが、俺は違う。


荒草組はラスボス組織ということもあり、巨大組織で構成員も多い、その分下っ端は鉄砲玉として使われ、その上、八つ当たりの対象として殺されたりと命が軽い。



対して荒瀧組は、構成員こそ少ないが腕の立つ者が揃った少数精鋭の組織だ。

小宮という作中屈指の強キャラもいるし、何より組内の環境が抜群にいい。

鉄砲玉になることも八つ当たりで殺される事も絶対ない。


使い捨ての駒として死ぬ運命を回避するには、ここに入るのが一番の近道。



それに。



「荒瀧組長の孫娘って確かめっちゃ可愛かったよな…」



荒瀧はすみ。


ゲーム上では立ち絵があるだけの物語に一切関与しないただのモブだが、容姿が抜群に可愛らしかった記憶がある。


可愛いだけで決めるなら、ヒロインの組に入るという手もあるが、ヒロインの組も大規模組織なため鉄砲玉にされる可能性がある。



今の俺にとって重要なのはシナリオの行方よりも、まずはこの荒瀧組に入り、構成員として血生臭いメインストーリーから一歩引いた場所で生き延びることが目的。



最強の主人公にしてラスボスの陽太と、彼を討つ運命の恵。


そんな怪物たちの殺し合いに巻き込まれる前に、俺は俺のやり方で、この狂った世界を泳ぎ切ってみせる!。




−−−−−−−−−−




と、いうわけで、俺は今、荒瀧組事務所の門の前に立っている。


「おい坊主、何見てんだよ」


不意に投げかけられたドスの利いた声。

荒瀧組の門の前にいたのは「これぞヤクザ」を絵に描いたような強面の男。

鋭い眼光、彫りの深い顔立ち、そして隠しきれない威圧感。

普通なら腰を抜かして逃げ出すレベルだ。


だが、俺は知っている。


(うんうん、これがこのゲー厶におけるヤクザだよなぁ〜)


恐怖よりも、感動が先にくる。

何せここは、腐りきったこの世界で数少ない、任侠に生きる者たちが集まる荒瀧組だ。


見た目は恐ろしくても、根っこには筋を通す優しさがある。

荒草組や他の組の冷酷な使い捨て兵隊たちとは、纏っている空気がまるで違う。



「あー、いや!怪しいもんじゃないんすよ!!」

「あぁ?」


俺は慌てて愛想笑いを浮かべながら、心の中で自分に言い聞かせた。


ここが、俺の生き残るための防波堤。

この門を潜り抜けることが、俺の生存戦略の第一歩なんだ。


「実はお願いがありまして……」


俺が意を決して切り出すと、門番の男は面倒そうに鼻を鳴らした。


「願い? 悪いな、今は立て込んでんだ。人の頼みを聞くほどの余裕はねえ。……分かったらどっかいけ」


取り付く島もない拒絶。

だが、ここで引き下がれば俺の未来は「使い捨ての駒」で確定だ。

俺は一歩踏み出し、男の眼光を真っ向から受け止めた。


「分かりました! 単刀直入に言います! 俺を荒瀧組に入れてください!」


「……あぁ? 何言ってんだてめぇ」


男の顔から余裕が消え、ドスの利いた空気が肌を刺す。だが俺は止まらない。


「お願いします! 俺を荒瀧組に入れてください!」


「悪いな、組員は募集してねーんだよ」


「お願いします!!」


「無理だ、無理」


「そこをなんとか!!」


「しつこいなお前! 無理だって言ってんだろーが!」


怒号が飛ぶ。

威圧感で足が震えそうになるが、前世の知識が俺を支えていた。

ゲーム設定でも、河合銀は身寄りのない施設育ちの孤児だ。帰る場所なんてどこにもない。

ここで縋り付く以外、生きる道はないんだ。


「お願いします!俺を荒瀧組に入れてください!」


必死の形相で叫び続ける俺に、門番の二人は顔を見合わせた。


「チッ、なんなんだこのガキ……」

「おい、どうする? 兄貴に伝えにいくか?」

「……これ以上粘られるのも面倒だしな。頼む」


一人が観念したように息を吐き、重い門を潜って奥へと消えていった。残った一人が、未だに俺を警戒しながらも短く告げる。


「ちょっとそこで待ってろ」

「……ありがとうございます!」


深々と頭を下げる。心臓の鼓動がうるさいほどに響いていた。



十分が経過した。


重い沈黙の中、俺の鼓動だけが早鐘を打つ。ようやく奥へ消えていた構成員が姿を現したが、その表情からは何も読み取れない。彼は無言のまま俺に歩み寄ると、有無を言わさぬ手つきで俺の身体を叩き始めた。


「え? あ、あの……」


「手荷物検査だよ。てめぇが刃物やチャカを持ってねーとは限らねーだろ」


事務的ながらも鋭い手つき。

脇の下、腰回り、足首に至るまで、徹底的に調べ上げられる。

この世界において、門を潜るということの重みを改めて突きつけられた気分だ。


やがて検査を終え、男が俺から身体を離す。


「ついてこい」


短くそう告げると、彼は振り返りもせずに組の奥へと歩き出した。


(……通った。まずは第一段階クリア!)


俺は手に汗を握りながら、その背中を追って荒瀧組の敷居を跨いだ。


案内された廊下は、驚くほど静かだ。

床のワックスや壁の調度品に至るまで手入れが行き届いており、殺伐とした外の世界とは一線を画す、規律の取れた空気が漂っている。


「入れ」


男がドアの前で足を止め、短く命じた。


「し、失礼します……」


肺に溜まった空気をすべて吐き出すように返事をして、俺はゆっくりとドアを押し開けた。


視界に飛び込んできたのは、応接室のような広々とした空間。


そこには、四人の男たちがソファに腰を下ろしていた。いずれも一筋縄ではいかない、修羅場を幾度もくぐり抜けてきたであろう猛者たちの気配が、肌をチリつかせる。


だが、俺の目を奪ったのは彼らの威圧感だけではない。


屈強な男たちのすぐ傍ら、まるでそこだけ時間が止まっているかのように、一人の女の子が佇んでいた。


(……あれが、荒瀧はすみ)


ゲームの『立ち絵』で見たままの、いや、それ以上に透明感のある美少女。


物語には一切関与せず、ただ画面の端に存在していただけの彼女が、今は実体を持ってそこにいる。


男たちの鋭い視線と、はすみのどこか空虚で無垢な瞳。


そのすべてが俺に向けられ、部屋の温度が数度下がったような錯覚に陥った。


「おう、組に入りたいって言っていたのはお前か?」


ソファにどっしりと座り、不敵な笑みを浮かべた男が口を開く。

荒瀧組の若頭補佐、小宮だ。

ゲーム知識通りの「強キャラ」が放つ特有の圧が、狭い部屋に充満する。


「は、はい! 俺、どうしても荒瀧組に入りたくて……!」


俺が必死に声を振り絞ると、小宮は面白そうに鼻を鳴らした。

品定めするような時間は、一瞬。彼はすぐさま隣に座る男へと視線を向けた。


「おーし、じゃあさっそくカチコミ行くぞ、司の兄貴。組は任せます」

「あぁ」


司と呼ばれた男の短い返事と同時に、小宮がひょいと立ち上がる。あまりの展開の早さに、俺の思考は停止した。


「……え?」

「おら、小僧。ついてこい」


有無を言わせぬ足取りで部屋を出ていく小宮。俺は慌ててその背中を追う。廊下に出ると、彼は控えていた組員に手短に指示を飛ばした。


「このガキにチャカとドス持たせてやってくれ。今から半グレをしばきにいく」

「なるほど……分かりました」


(……チャカとドス!? 今から!?)


入組の面接どころか、いきなり実戦、しかも半グレの根城への強襲だ。震える手で渡された重みを懐にねじ込む暇もなく、俺は小宮が回してきた車の助手席へと押し込まれた。


「乗れ」

「は、はい……っ」


ドアが閉まると同時に、タイヤが悲鳴を上げて車が急発進する。街の景色が恐ろしいスピードで後ろへ流れていく中、俺は冷や汗を流しながら隣の男に声をかけた。


「あ、あの……自分、戦闘経験なんて、まるでないんすけど」


震える声で告白すると、ハンドルを握る小宮は前を見据えたまま、鼻で笑うように答えた。


「だろーな」

「え……」


あまりに軽い肯定に、背筋が凍りつく。

……待て。もしかして、俺はとんでもない勘違いをしていたのか?

荒瀧組はホワイトで、鉄砲玉にされる心配がないはずじゃなかったのか。今の展開はどう見ても、入組早々に「使い捨ての弾丸」として敵陣に放り込まれる流れそのものだ。


(最悪だ……。荒草組から逃げようとして、結局同じ穴のムジナかよ……!)


ゲームのシナリオにはない、現実の重みがじわじわと俺の首を絞める。冷や汗が止まらず、絶望に暮れて頭を抱えていた、その時だった。


「着いたぜ」


小宮の声と同時に、車が急停車した。


荒いブレーキの反動で身体が揺さぶられ、俺は恐る恐る顔を上げる。

そこは、不気味な静寂が漂う雑居ビルの前だった。


「20人いる。仕留めてこい」


小宮は事も無げに、まるで「コンビニで買い物してこい」とでも言うような軽さで言い放った。


「……え?」


耳を疑った。俺の反応を見て、小宮はわざとらしく「あー、わりぃわりぃ」と頭を掻く。


「それだと逃げたくなるよな。じゃあ、もっと分かりやすくしてやるよ」


小宮は運転席に座ったまま、その鋭い眼光だけで俺を射抜いた。そこに流れる空気は、紛れもなく「本物」の暴力だ。


「一人で仕留めてくるか、今ここで俺に殺されるか。どっちか選べ」

「…………」


喉の奥がカラカラに乾き、言葉が出てこない。

詰んだ。完全に詰んだ。


荒瀧組は少数精鋭でホワイトだ、任侠を重んじる優しい人たちだ……なんて、前世のゲーム知識を都合よく解釈しすぎていた。


ここは、警察が正義を辞めた狂った世界。

どれだけ居心地が良くても、ここは「極道」の事務所だ。そして目の前にいるのは、その中でも頂点に近い化け物。

俺は震える手で、渡されたドスの柄を握りしめた。荒草組の鉄砲玉になる運命を回避したつもりが、結局俺は、死の淵へと全力で駆け抜けていただけだったのか。



「なんてなー!ははは!嘘に決まってんだろ!」


絶望のどん底に突き落とされた俺の耳に、場違いな爆笑が飛び込んできた。


「……え?」

「入りたての新人を来て早々鉄砲玉にするようなバカがどこにいるよ?効率悪すぎだろーが」


小宮は腹を抱えて笑いながら、先ほどまでの冷徹なオーラを霧散させた。あまりの落差に、俺の心臓は激しい動悸を刻んでいる。


「いいか、仕留めるのは20人。だが、今回お前は見てるだけでいい」


車を降りた小宮は、俺の前を堂々と、背中を預けるようにして通り過ぎていく。


「ついてこい。ただし、俺が許可するまで絶対に前線には出るなよ。極道ってのがどういうもんか、その目に焼き付けておけ」

「は、はい……っ」


俺は震える足で、その大きな背中を追いかけた。

最悪の予感は外れた。だが、これから始まるのは俺が画面越しに見ていた『極アル』の暴力そのものだ。


小宮の後ろ姿からは、先ほどまでの軽薄さとは違う、静かな、しかし確かな「覚悟」が漂っていた。


これが、荒瀧組が少数精鋭と言われる所以か。

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