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第二話【コウモリ】


「お、お嬢…。何やってんでさぁ」


静まり返った屋敷の廊下で、従者が天を仰いで呆然と呟いた。


そこには、重力という概念をどこかに置き忘れたように、梁に足の付け根を巧みに引っ掛け、文字通り逆さまに吊り下がっていた荒瀧はすみの姿があった。


「私は...お嬢じゃ..ない。私は..コウモリ...」


長い髪を床へと垂らしながら、彼女は至極真面目なトーンで宣言した。

その口元には、己のなりきりぶりに満足したような、純粋で幸せそうな笑みが浮かんでいる。


「は、はぁ。お嬢、危ねぇんで降りてくださいな」

「..私は..お嬢じゃ..ない...」


徹底したこだわり。

訂正されるまで動かないという静かな意思を感じ、従者は観念したように肩をすくめた。


「わ、わかりやした。コウモリ嬢ちゃん、危ねぇんでそこから降りてください」

「..わかった」


納得した途端、彼女は重力に従うようにふわりと身を投げ出した。

空中でくるりと鮮やかに回転し、しなやかな動きでスタッと着地を決める。


「降りた...」


乱れた髪もそのままに、はすみは従者の顔をじっと見上げた。


「わたし..お腹が..すいた」

「へいへい。何かお作りしましょうか?」


その問いに、はすみはわずかに首を傾げ、期待を込めた瞳で提案した。


「一緒に..作ろ..」

「分かりやした。じゃあ、行きやしょうか」

「うん..」


極道一家の令嬢らしからぬ、どこまでもマイペースな言動。

ただ信頼する従者の後を追い、嬉しそうに厨房へと歩みを進めるその背中には、周囲を翻弄する一人の少女の日常があった。

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