7【前線から護衛へ】
荒瀧組事務所。
西日に照らされた室内には、安物のタバコの煙と、使い込まれたパソコンの排熱が混じり合った、独特の重い空気が滞留していた。
「清水…河合は…組に入って…何年…経った?…」
小宮の兄貴がソファに深く沈み込み、天井を仰ぎながら、はすみの特徴的な口調を真似てみせる。
「……なんですか、その話し方」
キーボードを叩く手を止めることなく、俺は半ば呆れ顔でツッコミを入れた。
「小宮の兄貴、はすみ嬢ちゃんの話し方を真似るのやめてください。普通に不愉快です」
「んで、何年目だ?」
画面を見つめたまま、清水の兄貴が事務的なトーンで問いを重ねる。
俺は反射的に指を二本立てて答えた。
「年なんて経ってないですよ。二週間です」
「二年ってとこっすかねぇ~」
「もうそんな経つのか~。時の流れは早ぇなぁ~」
清水の兄貴の適当な返事に、小宮の兄貴が深く得心したように頷く。
「二週間だって言ってんだろ!」
俺の抗議が事務所の壁に虚しく跳ね返る中、廊下から地響きのような足音が近づき、重厚なドアが開け放たれた。
現れたのは、組の重鎮、司の兄貴だ。
「なんだてめぇら、ダラダラしやがって。暇なら事務作業してろ」
「いや、俺はしてるんすけど!?」
「司の兄貴。俺は考えてたんすよ。河合ももうここに来てから二年経つじゃないっすか。そろそろ役職を与えないとなぁ、ってな」
「……あんだ? お前もう二年目か」
「いや! 二週間ですって!」
必死の訂正も、この猛者たちの前ではノイズに過ぎない。
清水の兄貴が淡々と追い打ちをかける。
「最近は抗争も忙しくなってますしね」
「あ? お前、今死ねって言ったか?」
「河合にっすよ」
「あ~、じゃあいいか」
小宮の兄貴のあまりに軽い承諾に、俺は開いた口が塞がらなかった。
だが、司の兄貴は冗談で済ませる様子もなく、腕を組んで思案の表情を浮かべる。
「役か…確かに、最近は秋山のクソったれのせいでお嬢にかまってやれる余裕がなくなってきているな」
司の兄貴の鋭い眼光が、値踏みするように俺の全身を貫いた。
「おい、河合。お前、俺の代わりにお嬢の護衛をやってろ」
「……え? 」
「おいおい!? 司の兄貴〜ちょっとそれはないっすわ〜」
真っ先に異を唱えたのは小宮の兄貴だった。
「あ? なんでだよ」
「いや、護衛をつけるなら俺だと思いません?」
「てめぇが護衛についたら、誰が前線に出るんだよ」
食い下がる小宮の兄貴を、司の兄貴は一瞥して一蹴する。
「清水が出れますって」
「小宮の兄貴、それでは組内の守りがいなくなります」
「組の守りは司の兄貴がすればいいじゃないっすか!」
「お前、俺が組を空けることが多いのは知ってんだろ」
司の兄貴の重圧を孕んだ一言に、小宮の兄貴がようやく沈黙した。司の兄貴はそのまま、俺を見据えて言い渡した。
「それに…お嬢には同年代を近くにいさせた方がいいだろ。そっちの方が話も合いそうだしな」
司の兄貴の言葉は、この殺伐とした事務所には似つかわしくないほど理に適っていた。だが、またしても即座に食いついたのは小宮の兄貴だ。
「いや! 肝心なとこ忘れてるぜ司の兄貴! 河合ははすみのお嬢を守れるほどの実力はねぇ!」
至極真っ当な異論だった。
いくら話し相手が必要だといっても、護衛が盾の役割を果たせなければ意味がない。
「あー、確かにそうか……」
司の兄貴が、わずかに眉間に皺を寄せて考え込む。その横で、淡々とキーボードを叩いていた清水の兄貴が、眼鏡の奥の瞳を俺に向けた。
「いや、そんなことないっすよ。前こいつとカチコミに行った時なんすけど、なかなかいい動きしてましたよ」
「おい清水」
「あ? おい河合、お前、戦えるのか?」
司の兄貴の鋭い眼光が、値踏みするように俺の全身を貫く。
「え? あ、まぁ、一般以上には……」
俺が言葉を濁しながら答えると、司の兄貴は「はっ」と短く、満足げに鼻を鳴らした。
(あれ? なかよくわからんけど、この話の流れって俺にとっては結構いい方向に傾いてね……?)
最前線の鉄砲玉として使い潰される運命。
それが、この一言で「お嬢様の護衛」という、荒瀧組においてもっとも安全ポジションへと移り変わろうとしている?。
「じゃあ、もういいじゃねーか。河合、お前これからは、お嬢の面倒を見てやってくれ」
「チッ!」
有無を言わせぬ断定。
こうして、俺の戦場は血生臭いカチコミの現場から、マイペースなお嬢様が佇む日常の側へと、劇的な転換を遂げた。




