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第九話【太刀寝】



荒瀧組事務所のすぐ傍ら。


喧騒から切り離されたかのように、その道場は静謐な空気を纏って佇んでいた。


すべてが丹念に磨かれた木材で設えられたその空間の主役は、中央にぽつんと佇む彼女が一人。


「...........」


彼女は木刀を握り、静かに瞼を閉じていた。

一分、また一分。

刻まれる時間は、すでに一時間を超えようとしている。


だが、その肢体は指先ひとつ、まつ毛一本にいたるまで、まるでその場の景色の一部として凍りついたかのように、微塵の揺らぎも見せない。


呼吸すら、木材の香りに溶け込んでいる。

ただそこに「在る」というだけで、道場の空気が張り詰め、静止した時間の中に一筋の鋭い芯が通っている。


誰に見せるでもなく刻み続ける、静寂の刻。

その姿には、普段の様子からは想像もつかないような、剥き出しの純粋さと凄みが宿っていた。


その静謐な空気を破り、道場に一人の男が顔を出した。


「お嬢ー、お友達でっせ」


男に促されるようにして現れたのは、一人の少女だった。彼女は手に提げた包みを大事そうに持ち直し、道場の中央に立つ親友へと声をかける。


「はすみ、どら焼きを買ってきました。一緒に食べましょう」

「..........」


返事はない。はすみは依然として木刀を構えたまま、微動だにせず一点を見つめている。いや、見つめているように見える。


「はすみ?」

「お嬢?」


二人が顔を見合わせ、恐る恐る距離を詰めていく。張り詰めていたはずの空気が、近づくにつれてどこか緩慢なものに変わっていく。


「.........」


至近距離で覗き込んで、二人は同時に脱力した。


「…寝てる」


一時間の沈黙。一時間の静止。

それは極限の集中が生んだ境地などではなく、単なる「立ち寝」だった。

木刀を握りしめたまま、立った状態で深い眠りに落ちている主の姿に、男と少女の呆れたような溜息が道場の板間に白く溶けていった。

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