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(魔王様の)妹様  作者: 雅樹
11/11

マールの独白 1

難産でした

 わたくしの名前はマール・ヴィクトール。今はなき、ヴィクトール男爵家の娘です。



 わたくしの父や兄は前魔王を支持していた、いわゆる前魔王派と呼ばれるものの急先鋒でした。ただ女はそのようなことに関わるなという父の厳命で、わたくしは何も知らずに呑気に日々を過ごしていたのです。魔界が戦争に明け暮れる中、わたくしは何も知らずにおりました。前魔王が危ういという情報すら入ってこなかったのです。

 しかし知らぬというのは時として本当に罪になることだと。後にわたくしは思い知らされることになるのです。



 わたくしはその日、母と共に庭園で新作のお茶を呑気に楽しんでいました。最近の母はどこか伏せ気味で、自室にこもってばかりだったのでわたくしが連れ出したのです。最初は気のりしていなかった母も、久しぶりに……とお茶を楽しんでくれておりました。


 しかし家令が急いでもたらした情報がすべてを一変させました。


 その情報、それは父と兄が処刑されたというもので。わたくしはその言葉を聞いた日のことを今でも忘れることができません。



 情報を聞いた母はいきなり大きな声で笑い出すと、そのまま自分の飲まれていたカップを割りました。そしてその欠片を自分の首元に当て、自決を図ったのです。



 そう、母は知っていたのです。父と兄が危うい状況にあるということを。だから最近伏せがちになり、自室にこもるようになったのです。父と兄が殺されたら、次に殺されるのは自分だとわかっていたから。それに怯えて、人との接触を拒んでいたのでした。



 本当にわたくしだけが何も知らずに、ただ安寧の日々を貪っていたのです。



 ――――母は即死でした。わたくしや家令が見ているまで、狂気の笑顔を浮かべたままその場に倒れたのです。目の前に広がるのは鮮やかな、まるで大輪の薔薇のような鮮血。その光景は今でもわたくしの脳裏や瞼に焼き付いて、離れることはありません。



 そのあと何が起きたのか、実はあまり覚えておりませんでした。ただ気が付くと、わたくしは現魔王様の前に引き立てられており。そんな時でもなんてきれいな人がこの世にはいるんだろうなどと、呑気に考えておりました。



だから正直、魔王様と話した内容など覚えておりませんでした。ただシスカ様に連れられ、ある部屋の前に立たされていたのです。



 扉を開けると、そこには今までに見たことがない美しい女性が立っていました。そう、後の主人となる妹様、その人です。

 まるで漆黒を思わせる長い黒髪、そして魔族には珍しい黄金に輝く瞳。北の大地では降るといわれている雪を思わせる白い肌、すらりと伸びた長い腕。全てが初めて見る美しさに感動したことを、やはりわたくしは今でも忘れることはできません。



 思わずわたくしが見入っていると、妹様は何を考えたのかわたくしのほうにその長い両腕を伸ばしてきました。そしてそっとわたくしの頬を包み込んだのです。



「お前がマール・ヴィクトール?」

「は、はい!」

「あら、元気のいいこと。……その分だと、泣いてはいないようね」

「え…?」

「……先の戦争で家族を失ったと聞いたのだけど……家族を失う辛さは私にもわかるから」



 そう言って微笑まれた妹様の顔は、どこか寂しげで。思わずわたくしは妹様のことを力いっぱい抱きしめてしまいました。そんなわたくしの行動に妹様は心底驚かれたみたいで、ばしばしとわたくしの抱きしめている腕を叩いてきます。ですが何故だかここで離したら、目の前の女性がどこかに行ってしまうような気がして。私は腕を緩めることができませんでした。



「ちょ!?」

「なんでだか知りませんが、泣きそうな顔をなさらないでください!!胸が痛いのです!!」

「……の効力が…ぎたのかしら?」

「え、何か仰いました?」

「何でもないわ、離して頂戴」

「……今ここで離しては駄目な気がします」



 抱きしめていると本当にかすかな声で妹様が呟かれて。問い返しましたが、妹様はその呟きの意味を教えてくれることはありませんでした。ただその代り離せと言われたけれど。お断りをしてぎゅーぎゅーと抱きしめていたら、最初はばしばし叩いていた手が、宥めるようにぽんぽんと叩く強さに変わっていかれました。


 うん、この人は優しい人だ。


 わたくしは家族を失ってから、初めて微笑んだのでした。



「何をしている」



 しばらく妹様と抱き合っていたら、扉のほうから威圧的な声が聞こえてきて、突然ぺりっと妹様と離されました。そして首根っこを掴まれると、何がなんだかわからないまま部屋の外まで引きずり出されてしまい。部屋の外だと認識したときには、ぽいっとまるでごみを投げるかのように投げ捨てられておりました。そこで初めて、わたくしは自分を投げ捨てたものの顔を見ることができたのです。



 浅黒い肌に、妹様と同じ漆黒の髪、そしてその頭には立派な角が生えた偉そうな男。そう、わたくしをこの部屋に連れてきた張本人、魔王の秘書シスカ様でした。


 わたくしが自分の置かれている立場を認識したことがわかったのでしょう。言葉を発することなく、顎でついて来いと私を促しすたすたと歩いてしまわれました。わたくしは置いていかれることがないように、そのあとに慌てて続いたのでした。




 連れていかれたのは先ほどまでとは違い簡素な部屋で。そこにはテーブルと一対の椅子、そして小さなベッドしかありませんでした。


 シスカ様は椅子に腰かけると、目線でわたくしにも座ることを促してきました。ですからわたくしはそれに逆らうことなく、シスカ様の目の前の椅子の腰を掛けました。それを見届けたシスカ様は、徐に重たい口を開いたのでした。




「お前が先ほどまで抱きしめていた方は、魔王陛下の妹様だ」

「え…?あの方が魔王様の妹様?」

「そうだ、本来ならお前のような罪人の娘が、お目にかかることなどできないお方だ」

「……罪人の、娘……?」

「なんだ、お前は魔王陛下のお言葉を聞いていなかったのか?」



 わたくしの問いかけにシスカ様は大きなため息をつかれると、父と兄の罪について話し始めました。それはわたくしが知らなかった……、いいえ知ろうとしなかった事実で。一言でいうと、父と兄は前魔王のために現魔王陛下を殺そうとした罪に問われたのだそうです。



「お前の母親を捕らえに行って見つけたのは、血まみれで倒れているお前の母親とその血を浴びて呆然としているお前だった」

「母を捕らえに?」

「そうだ。お前の母親もまた、陛下を陥れる父親と兄に協力していたからな」

「だから母は……」


 だから母は捕まる屈辱を受けるくらいならと、死を選んだのでしょう。あの人とは何年も親子をやってきたのです。その思考は手に取るようにわかりました。


 ですが、わたくしは母に死んで欲しくなどなかった。生きてさえいれば、またお話することもできたのに。



 わたくしがそんなことを考えてぽろぽろと涙を零すと、シスカ様はふうぅっと大きなため息をつかれて。そっとわたくしにハンカチを差し出してくれました。



 ……なんだ、この人もそんなに悪い人じゃないのかもしれない。



 わたくしは泣きながら、シスカ様を見て微笑んだのでした。


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