十七
それは骸骨剣士だった。
そうとしか呼びようのない代物だった。
人間の骨格が、それのみで立っている。立って歩いている。
腰や肩の辺りに鎧の残骸のようなものが引っ掛かっている。足にはぼろぼろの革のブーツを履いている。
左手には丸盾を、そして右手には錆だらけの剣を持っている。
アイザックら三人と、前方の曲がり角から歩いて出てきたそれが、しばし黙ったまま見つめ合う。骸骨剣士の目はぽっかりと空いた眼窩でしかないのでこちらを見ているのかどうかはっきりとは言えないが、とにかく見つめ合う。
そしておもむろに骸骨剣士が動いた。
思いの外素早い動きで骸骨剣士が剣を振りかぶり、先頭のカーティスに向かって一撃を放った。
「うおおおッ?!」
カーティスは腰に吊っていた短剣を引き抜き、かろうじてその一撃を受け止めた。
鋭い金属音が通路に響き渡る。
骸骨剣士は剣を引き、一歩下がったかと思うと間を置かずに再び間合いを詰め、二撃目を放つ。
カーティスは一撃目を受け止めたときに体勢を崩しており、防御が間に合わない。
やられる! アイザックがそう思ったとき、何かが後方から素早く右手側を走り抜けて行った。
後ろにいたコレットだ。
そう思ったときには彼女は既にカーティスより前に出ていた。
「だりゃああッ!」
という叫び声と共に直蹴りが飛ぶ。骸骨剣士から見て左からのその一撃は、盾で受け止められた。だがそれによってカーティスを狙っていた剣の一撃は中途半端に空を斬る。
コレットは停まらない。蹴り足を下ろしつつ、流れるような動きで腰の短剣を抜き、横薙ぎの一撃を骸骨剣士に向けて放った。
骸骨剣士は剣を立ててその一撃を受け止め、さらに後方に軽く跳びながら衝撃を受け流す。
それを追うように、コレットは先の一撃の勢いを殺さぬまま身を捻りながら斜め前方へ跳び上がった。
「――はッ!」
跳び後ろ回し蹴り。
踵が骸骨剣士の顎を捉え、頭部がそのまますっ飛んでいった。
頭を失った骸骨剣士の身体は後方に倒れ、それを飛び越えるようにしてコレットも着地する。
「コレット!」
アイザックとカーティスは仰向けに倒れたまま動かない骸骨剣士の身体を迂回してコレットに駆け寄った。
コレットは膝立ち姿勢から素早く立ち上がり、鋭く周囲に視線を走らせる。やがて他に敵の姿が無いことを確認し、警戒態勢を解いた。
「助かったよコレット」と、カーティス。「本当に強いんだな君は」
「まあね」
小さく笑みを浮かべた表情で肩をすくめるコレット。
「……コレットが先頭の方が良いんじゃないかな」
「それはひょっとしたらそうかも知れんが、年長者として男としてそれはさすがに……」
アイザックの呟きに何やら葛藤している様子のカーティス。
それに対しコレットは、
「先頭はカーティスさんで良いと思うよ」
「む、そうか?!」
「うん。例えばさっきの場合、敵が前から来たからカーティスさんも対応出来たけど、もしカーティスさんが最後尾で敵も後ろから来てたらやられてたんじゃないかな。
あたしは後方からの接近にもそれなりに対応出来るつもりでいるから。そもそもそのために最後尾だったわけだし」
「むう、そうか……」
「ついでに言っとくとアイザックだったら前でも後ろでも確実にやられてるよね」
「うん、ぼくもそう思う」
「……お前はそれで良いのかアイザック」
「え? でも事実ですし」
「…………」
カーティスは何かしら考えこむようにしばらく天を(天井を)仰ぎ、
「……まあ、良いか。じゃあ隊列は現状のままってことで」
言って、歩き出した。
アイザックもそれに続き、それからコレットの方を見て、
「ああ、そうそう。この迷宮についてちょっと思ったことがあるんだけど」言いかけ、コレットが骸骨剣士の身体をじっと見ていることに気付き、「どうかした、コレット?」
聞いた。
聞いてから、先に自分の言うべきことを言っておくべきだったと思った。
だが、遅かった。
「ん? ああ、いやね、骸骨が起き上がったりしないかなって。ああいうのって頭とか手足とか多少壊しても全体をばらばらにするまでは本当には死なないって定番でしょ」
骸骨剣士が起き上がった。
「だから! どうもこの迷宮では! 口に出して言ったことが! 現実になるみたいなんだ!」
「どういうことよ! それ?!」
「暴走した魔術がどうこうって! 言ってたな! 外でのゴブリンの! 出現にも! 関係してるってことか!」
三人は走っていた。頭の無い骸骨剣士から逃げるように、奥へ奥へと。
コレットが何度か剣や蹴りで攻撃して距離を取ったが、程なく起き上がって追いかけてくる。
「分かれ道とか! 行き止まりとか! 誰かが言った直後にその通りになってた! でしょ?!」
「確かに! ……っていうことはなに?! あれが現れたのはあたしのせい?!」
「そうは言わないけど! でもコレットが厄介なこと言い出す前に! もっと早めに警告しとくべきだったとは! 思った!」
「なんかむかつく!」
言いながら、コレットは脚を停めて骸骨剣士に向き合う。
「でもだったら話は簡単じゃない!」
そして骸骨剣士を指差し、言った。
「『骸骨が突然ばらばらに砕け散る』!」
その結果――
何も起こらなかった。
ばらばらになることも砕け散ることもなく、骸骨剣士が迫ってくる。
「ちょっとどういうことよ?!」
「まだ仮説段階でもう少し細かい規則がありそうな気はしてる」
「先に言いなさいよ!」
骸骨剣士が剣を振り、コレットが短剣でそれを受けた。
コレットにつられて立ち止まっていたアイザックは再び走りだそうとするが、膝が笑って力が入らない。よく考えたら今日は早朝から走り通しだった。
さらに、
「どわっ?!」
走りながらもこちらの遣り取りに気を取られていたらしいカーティスが派手に転倒した。
(やるしかないか……!)
アイザックは覚悟を決めると、上着の懐に手を入れる。
「コレット! そのまま時間稼いで! 十秒ぐらい!」
「十秒ね!」
理由を聞くでもなくコレットは正面から骸骨剣士に向き合い、戦闘態勢に入った。
その背を見ながら、アイザックは魔術の準備をする。
取り出した指輪は二つ。一つは一昨日も使った、以前から持っていたもの。一つは昨夜新しく作ったもの。
それらを填める。古い方は、右手ではなく左手の人差し指に、そして新しい方は右手の中指に。
そして前方、コレットの背中越しに骸骨剣士の姿を半眼で見据え、意識を集中しながら、両の掌を揃えて前方に突き出した。
銀という金属それ自体が持つ〝力〟を探る。同調する。引き出す。
来た。
その状態から左手の人差し指で骸骨剣士を指差し、右手は握り締めて後方へ。
重心は左右の脚に均等に。
前方の左手と引いた右手、そして右の肘の三点が一直線に並ぶように。
腕の力ではなく背筋を使って真っ直ぐに引く。
引き手を顎に固定し。
目標を見据え。
「コレット、伏せて!」
骸骨剣士の剣を弾いたコレットが言葉通りに身を沈めたと同時、握り締めていた右拳を開放した。
左手の人差し指と右手の中指の指輪の間で細く強く引き絞られていた〝力〟が解き放たれ、まさに矢のように真っ直ぐに飛んでいく。
〝力〟の焦点はあえてずらしてある。鋭い矢というよりも鉄槌のような面の打撃が、骸骨剣士の胴体中央に叩き込まれた。
枯れ木をまとめて踏み折るような音が響き、そして骸骨剣士の脊椎や肋骨がばらばらに砕け散る。
30th Jul, 2014:「十五」で守備隊隊長がコレットに訓練用ではない真剣の携行を許可する描写がありましたが無かったことにしました。ので、ここでコレットが持っている短剣は剣身に刃の無い訓練用です。




