十五
城壁上の守備隊員たちがジャンゴの存在に気付き、ざわつき始めた。
見知らぬ男が隊長のすぐ側にいつの間にか現れ、副隊長のイザベルが腰の剣に手を置いた抜き打ちの構えを取っている――その状況に、幾人かがジャンゴに向けて弓を構えようとすらする。
隊長は片手を挙げて彼らを制すると、ゴブリンの群れの方に注意を向けるよう身振りで示した。
それからジャンゴの方を向き、問う。
「誰だあんた」
「ジャンゴ・ウェストウィンドと申す」
名乗るジャンゴ。イザベルとの距離はニメートルほど、十分に間合いの内だが、気にした様子も無い。
「……ドワーフか」
「如何にも。貴殿はこの場の兵たちの長であられるか」
「まあね。で、何の用だ? 一応今は作戦行動中で、あんま部外者に近づいて貰いたくはないんだが」
「用件は二つ」ジャンゴが言う。「一つは貴殿に。手助けを申し出たい」
「――あァ?」
隊長が怪訝そうに問い返すが、ジャンゴは意に介さない様子で、
「もう一つはアイザック殿とコレット殿に」
言ってこちらを見た。
隊長も振り返り、イザベルもジャンゴから注意をそらさぬまま一瞬だけちらりと視線を寄越してきた。
不意に注目を浴びて、
「――はい?」
アイザックは思わず変な声を上げた。
「知り合いか?」隊長がアイザックに問う。
「ええと、知り合いというか、師匠の知り合いらしいんですが……」
「君の師匠と言うと、職人街の魔術師コネリー氏だったな」
ふむ、と頷き、それから隊長はコレットを見て、
「――さっきから何か身構えてるが、彼は敵か?」
問われ、反射的に身構えていたらしいコレットはしばし考えてから、答えた。
「微妙」
「微妙か」
隊長は小さく肩をすくめると、脇にどいた。イザベルもそれに倣い、横へ。
アイザックとコレットは、ジャンゴと直に視線を交わし合う。
「コレット殿。エドワード・シィファンの日記は今持っておられるか?」
「え? ええ、あるけど……」ジャンゴの問いに、コレットは背中の背負鞄を肩越しに示し、「でも何で知ってるの?」
それにジャンゴは答えず、
「ならば町の中央を流れる川に掛かる橋の一つ、エティル橋に向かわれよ。それが、今のこの現象を収める手掛かりになり申す」
「――〝現象〟?」
不自然な言い方に、アイザックが眉をひそめる。
と、
「報告!」
城壁上の守備隊員から声が来たのはそれと同時だった。
「ゴブリンが動き出しました!」
ゴブリンの群れが、動き出した。
初めはゆっくりと、すぐに走る動きで、町へ向かって来る。
しかも、
「……増えてねえか?!」
誰かが声を上げたのが聞こえた。
その言葉通り、ゴブリンの数が増えていた。
集団を一瞥してその数を把握するような訓練をアイザックは受けてはいないが、それでも二割ほど増えているように見えた。
と言っても外から合流してきているわけでも、勿論分裂したり地面から生えてきているわけでもない。
集団の一角を見る。それから別の一角に視線を動かし、また元の場所を見る。すると、そこにいるゴブリンが何匹か、増えている。
増えているのは明らかなのに、その瞬間を見ることは出来ない。
じっと見ていると目がおかしくなりそうな光景だった。
「総員、前へ!」隊長が鋭く指示を飛ばす。「〝面〟の陣形で迎え討て! 決して集団の中へ深追いはするな! 弓隊は城壁上で待機、町に近づくゴブリンを各個撃破!」
「「「応!」」」
守備隊員たちは鬨の声を挙げ、素早く動き出した。
町まで二〇〇メートルほどの位置でゴブリンの群れとぶつかり、戦闘が始まる。
「〝現象〟とはどういうことだ? さっきもあれについて何か知っているようなこと言ってたな」
隊長も聞き咎めていたらしく、ジャンゴに問う。
「詳しく説明している時間はござらぬが、あれは真の意味では存在しておらぬ」
良く判らないことを言うジャンゴ。
「――? なんだそれは。幻覚か何かだとでも言うつもりか」
「ある意味では然り、ある意味で、然にあらず。
目に見え、触れもする。殺すことも出来、また殺されることもあろう。
であるが、あれらは実在してはおらぬ」
「魔術現象、ということですか?」
アイザックが口を挟む。
「然り。あれは古き魔術の暴走である」
「ちょっと、どういうこと?!」コレットがアイザックに問う。「あのゴブリンは魔術で作られてるってこと?」
「作られているのか、召喚されてるのか、それは良く判らないけど、あれが暴走した魔術現象だって言うなら、その大元の魔術をどうにかしないと、目に見えるゴブリンを倒しても解決にはならない……」
今、守備隊とゴブリンは単純な頭数でゴブリンの方が三倍から四倍ほど多い。総合的な戦力としてはほぼ互角と言えるが、これだけの規模の戦闘では守備隊側にも犠牲は生じ得る。そしてゴブリンの側がその数を増やし続けるのならば、結果は目に見えている。
「一刻も早くエティル橋に向かわれよ」
言いながら、ジャンゴは城壁上の通廊の端に、外側に向かって立った。
「……ジャンゴさん――?」
「某はここにて群れを食い止め申す」
「さっきも手助けがどうこうとか言ってたな」と、隊長。「別に頼んではいないぞ。どういうつもりだ」
「某にはその義務がござる」
「義務だと――?!」
隊長が眉をひそめると同時、ふわり、としか形容のしようのない動きで、ジャンゴが跳んだ。
「半数は引き受け申す」
言って、町の外側へ飛び降りて行った。
「おい?!」「ジャンゴさん?!」
慌てて城壁下を見下ろす一堂。
城壁の高さは約十メートル。だがジャンゴは危なげもなく着地すると、滑るような動きで走りだした。
程なく戦場に至る。
そして、
「――なんだありゃあ」
隊長の声には吃驚の色が混じっていた。
ジャンゴが拳を打ち、腕を払う。その度にゴブリンが打ち倒され、宙に舞う。
彼の動きは、周囲の守備隊員たちと比べて明らかに次元が異なっていた。戦うというより舞うような動きで、またたく間にゴブリンたちを叩きのめしていく。
「あれは……マーシャル・アーツ、か……?!」
「何それ?」
隊長の言葉に、コレットが問う。
「Martial-Arts――〈西の大陸〉に伝わる戦闘技術で、要はこっちで言う武芸の一種なわけだが、比べ物にならないほど高度が技術体系なんだそうだ。達人ともなれば素手の一撃で大木を薙ぎ倒し、軽く触れているだけの相手を一瞬で投げ飛ばすとかなんとか」
「……本当に?」信じられない、という顔。
「別にこの目で見たことがあるわけじゃないがな。何でもあまりに高度過ぎて修得に死ぬほど時間が掛かるから、エルフやドワーフといった長寿の種族でもなければ極められんそうだ。その辺りが〈西の大陸〉でしか伝わっていない理由だ、と」
「あのジャンゴさんの動きが、それだって言うの、隊長?」
「判らんが……だが尋常な動きじゃねえだろあれは」
アイザックには武芸のことなど全く判らないが、それでもジャンゴの動きが絶え間ない修練の賜物であることは理解出来た。
魔術の世界にも似たものはあるからだ。
それは人の身では決して辿りつけない境地――時間は常に長寿者に味方する。
「……で、あたしたちはどうしよう?」しばらくジャンゴの戦いぶりに見入ってから、コレットが言った。「エティル橋って言ってたけど……」
アイザックは少し考え、それから、
「行ってみよう、コレット」
「――アイザック?」
「ジャンゴさんの言ったことを信じて良いのかどうかは良く判らないけど、これが魔術現象だって言うなら、ええと、つまり、その……」
「貴方にしか解決出来ない?」
口ごもるアイザックにイザベルが言った。
「いや、あの、そこまでは言いませんが。ぼくでなくても、師匠でも、他の魔術師でも……」
だが今、師は行方不明で、町に他の魔術師の心当たりも無い。
「――よし、行け」
隊長が言った。
「魔術現象がどうこうってのは俺には良く判らんが、守備隊としては攻めて来るゴブリンは迎え撃つだけだ。君らは、君らが出来ることをやってみろ。
――コレット、エティル橋なら、西方支部を通るな。必要かどうかは判らんが、装備を整えて行け」
「りょーかい!」
コレットが大きく頷き、それからアイザックの手を掴んだ。
「行こう!」
「う、うん!」
そして、二人で走りだした。
「――なあ」
二人を見送ってから、隊長が言った。
イザベルは小さく嘆息し、
「ご自分が司令官の立場にあることは判っていますか?」
「ンなもん、先輩が――前隊長が一方的に押し付けていっただけじゃねえか。俺は嫌だって言ったのによ。
それに、部外者に任せっぱなしってわけにも行かねえだろ」
城壁の外に視線を向ければ、既にジャンゴが一人でかなりの数のゴブリンを打ち倒している。
「――わかりました」
イザベルが諦めたような声で言うと、隊長はにやりと笑い、
「よし。ならば今この場の指揮権を副隊長に移譲する。以後、よろしく」
言って、城壁の外に飛び降りた。
「マーシャル・アーツを直に見る機会ってのもそうそう無えしな」
思わず漏らした本音にイザベルがどう答えたかは聞こえなかった。
何度か城壁の構造物を蹴って勢いを殺し、着地と同時に剣を抜く。
そして隊長もまた、戦場に向かって走りだす。
30th Jul, 2014:守備隊隊長がコレットに訓練用ではない真剣の携行を許可する描写がありましたが無しにしました。




