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十二

 いつしか夜も更けてきた。

 船を漕ぎ始めたラリーに毛布を掛けながら、アイザックはカーティスの話を聞く。


「ケンドールの町でアイザックと会って一緒にラルトンの町まで来た辺りは省略するぞ。町まであと少しってところでゴブリンの襲撃があって、そのあと君とも会ったんだったな、コレット。

 君らと別れたあと、しばらくして俺も守備隊の人らと一緒に町に入り、商業ギルドの支部で保険の手続きをして、それから宿を取って――」

「あ、そこなんだけど」コレットが口を挟む。「連絡先として聞いてた宿に泊まらなかったらしいじゃない」

 今朝、商業ギルドから守備隊にカーティスの連絡先についての照会があった話をコレットから聞かされると、カーティスは頭を掻きながら、

「……あー、伝えてたのとは違う宿に泊まったんだ」

「何で?」

「んー」

 しばらく、言いにくいことを整理するように唸ったあと、

「商業ギルドの中にな、目を付けた行商人の周りを嗅ぎまわるやつらがいるんだが、今日守備隊に来たってのはたぶんそいつらだな」

「内部査察か何かですか?」

 アイザックの問いにカーティスはかぶりを振る。

「そんな立派な代物じゃねえさ。なんつーかな、所属の行商人に小金の匂いを嗅ぎつけると何かしら難癖付けておこぼれに与ろうって連中がいるんだ。どうも最近そいつらに目を付けられちまったらしくてな。町中で付きまとわれると面倒だから適当な連絡先伝えてたんだが、守備隊にいらん迷惑掛けちまったか」

「守備隊はともかく、商業ギルドに適当な連絡先って、良いの?」

「構わんだろ。いちいち連絡先控えるのもそいつらが勝手にやってることだからな。本当に必要なときに連絡取る手段はちゃんとあるし」

「小金の匂いってのは……」と、アイザック。「秘法商人絡みですか? 儲かるんですか?」

「いんや全然。そもそも浪漫と使命感でやる仕事なんだあれは。エドワード・シィファンだって冒険者と兼業だったわけだしな。

 だってのに、何か誤解されてるらしいんだよなあ」

「〝秘宝〟と勘違いされてるとか」

 コレットの言葉にカーティスはにやりと笑い、

「あり得るな。馬鹿だからエンルード文字の違いが判んねえんだ」

「ふーん。まあ良いけど、隊長が気にしてるからさ、明日辺り会って事情説明とかして貰える?」

「ああ、判った。

 ……いきなり逮捕とかされねえよな?」

「多分ね」

「多分かよ」

 カーティスは半眼で呻くと、気を取り直すように、

「さて。そうして宿を取って一泊して翌日――今日だな。

 まず午前中は行商人の仕事だ。以前に紹介状を貰ってたいくつかの商館を周って運んできた荷を売ったり他所の土地で扱えそうな品物を買い入れたり……まあ出だしは上々ってところだった。

 で、午後からは〝地下迷宮〟の調査だ。エドワード・シィファンの日記を所有してるって職人の話を以前に聞いてたんだが、訪ねて行ったら何ヶ月も前に亡くなったって近所の人から聞かされた。家族も町を離れているそうで日記の行方を聞くことは出来なかった、んだが――図書館に寄付されてたとはな。思い付いても良さそうなもんだったが……まあ良いさ。

 仕方ないんで次は〝地下迷宮〟を実際に見てみようかと行ってみた」

「見てみようって……場所が判ってるの?!」

 勢い込んで問うコレット。

 ラルトンの町の住人ならば〝ドワーフの地下迷宮〟は町に伝わる伝説として誰しも多かれ少なかれ耳にしたことぐらいはある。といっても非常に曖昧にしか知られておらず、具体的な場所についても、どこそこの寺院の地下に入り口があるだとか川の底であるとか不確かな噂はいくつもあるが、それ以上のものではない。

 興味を持ちずっと調べてきたコレットでも、その点は一般の住人と大差は無かった。

「まあ、入り口の大雑把な場所が判ってるってだけで、そこを開く手段とかはまだこれから調査していくって段階だがな。とりあえず見るだけ見ようと。

 ――そしてそこで、あのドワーフと会った」


「ジャンゴさん――ですか?」

「……知り合いか?」

「昼間、師匠の家をコレットと二人で訪ねたときに一度会ってるんです。師匠の知り合いらしいんですが、良くは知りません」

「そうか。いや、俺も名前は知らんかったがな。

 入り口があるはずの場所へ行って色々調べてたらやつが話しかけてきた。何をしている、地下迷宮について調べているのか、ってな。そうだと答えると、調べるのはやめろ、嫌だと言うなら力づくでも、と。――で、こうだ」

 と、額に巻かれた包帯を示す。

「――殴られたんですか?」

「直撃は避けたがな、素手の拳がかすっただけなのに棍棒でブン殴られたぐらいの衝撃があった。何なんだあれは」

 そのときの痛みを思い出しでもしたのか、顔をしかめながらカーティスが言う。

 ジャンゴの異常な攻撃力はアイザックも見ている。

「魔術……?」

 コレットの問いに、しかしアイザックははっきりとは答えられない。

 カーティスは憮然とした表情のまま、

「やつ自身が魔術師かどうかはともかくとして、呪符魔術を使うようだ。俺が襲われたときもその前に何か呪符を発動させて、その途端周囲から町並みはそのままに人の気配が不自然に無くなった」

 呪符魔術。符に術を込める、多くの魔術系統に含まれる技術である。

 術を込められた呪符は、何らかの動作(合言葉コマンドワードを唱える、描かれた呪印をなでる、呪符そのものを裂くなど)によって魔術師ならずとも込められた術を容易に発動出来る。

「どうにか隙を突いて逃げ出したんだが、どんだけ大声で助けを呼んでも誰も来なくてな。とにかく闇雲に走って、気付いたら――」

「ぼくの家に?」

「ああ。正確には目指していたのはたぶん寺院の方だな。その時は無我夢中だったが、今思えば、寺院に近づけばこの魔術も解ける筈だ、とかそんなことを考えたんだと思う」

 実際には単に寺院に近づいたからといって魔術が解けるものでもない。効果時間が切れたのか、効果範囲から出たのか、いずれにしろアイザックたちが彼を発見出来たのは偶然だろう。

「そこで君らと会ったのは薄ぼんやりと覚えてはいるがそのまま意識を失って、そうして現在に至る、ってとこだな」

「そうですか……」

 考えこむアイザック。ジャンゴが何者なのかが良く判らない。彼もまた〝地下迷宮〟に関わりがあるのだろうか。

 師に会うことが出来れば何か判るのかも知れないが……


「さて。というわけでだな」

 ひと通り話し終えたカーティスが、話題を切り替えるようにコレットに話し掛けた。

「話は変わるが、その日記貸してくれねえか?」

「は?」

「地下迷宮の入り口を開くにはその日記が要るんだよ。これも何かの縁ってことでよ、貸してくれ」

「貸してって、そもそもこれ図書館で借りてきたものだし……」

 困ったような口調で答えるコレット。

「写筆しましょうか?」アイザックが申し出た。「写本の工房は寺院にもありますし、これぐらいならたぶん丸一日も貰えれば」

「んー、ありがたいが、必要なのは書かれている内容だけじゃなくて、例えば文字や頁の並びに暗号が仕込まれてたり物理的にその本自体が鍵だったりって可能性もあるからな……」

「うーん」

 カーティスの言葉に、コレットが腕を組んで何やら考え始めた。

 アイザックは警戒した。経験上、七割ほどの確率でろくでもないことを考えている。

 今日の昼ごろにも同じようなことがあり、しかしそのときは別に〝ろくでもないこと〟は考えてはいなかった。従って理論的に考えて今回その可能性はいくらか上がる。

 果たしてアイザックの予感は的中した。

「じゃあ、あたしも一緒に行く」

「――あ?」

「コレット?!」

「借りた本を又貸しするわけにはいかないし、でもカーティスさんがこの本が必要だってのなら、あたしが本を持って一緒に行けば解決っしょ?」

「いやそうかも知れないけど……」

 アイザックの言葉をしかしコレットは完全に無視するようにしてカーティスに真っ直ぐ向き直る。

「あたしさ、これでも冒険者志望なんだ。剣とかそれなりに使える方だと思う。それに商人が迷宮探索に行くなら冒険者の護衛を雇うのは自然じゃない?」

「ふン……」

 カーティスはしばらく考え込み、そして、

「良いだろ」

「カーティスさん?!」

 やや悲鳴じみたアイザックの言葉はカーティスにもやはり無視された。

「君の剣の腕は少しだが昨日見せて貰った。まあちょいと覗くだけだし、そんなに危険は無いだろうがな。あのジャンゴってドワーフが現れると厄介だが……何とかなんだろ。

 そうだな、出発は明後日……いや、明々後日にしとくか」

「明日でも良いよ?」

「慌てることは無えさ。まだ調べることもあるし、準備に二日ぐらい取ったって罰は当たんねえだろ」

 二人はアイザックのことを無視したまま話を続ける。

 そしてしばらくしてからおもむろにアイザックの方を振り返り、言った。

「じゃ、そういうことで。良いな、アイザック?」

「ちゃんと準備しといてね」


「――はい? ぼくも一緒に行く流れなの?」

「一緒に行かないつもりなのか?」心底意外だという顔のカーティス。「なんつーか、君らはニコイチだと勝手に思ってたんだが」

「何よニコイチって」

 コレットが半眼で言い、それからアイザックの方に向き直る。

「まあそれはともかく、この本はあたしとアイザックの二人に特別に貸出して貰ったものなんだから、さっきの理屈で言うならアイザックも一緒に来てもらわないと」

「いや、でも、ええと……」

 アイザックはしどろもどろになりながら、助けを求めるように先ほどから一言も発さない叔父に視線を向ける。

「叔父さんも何か言って――」

 果たして、

「…………」

「…………」

「…………」

 普段朝が早く、故に夜も早めに床に就く叔父は、食卓の椅子に腰掛け腕を組んだ姿勢のまま、熟睡していた。

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