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十一

 エドワード・シィファン。出身地不明。生没年月日不明。

 四五〇年前頃に〈東の大陸〉各地を巡った冒険者であり、また同時に、

「彼は秘法商人でもあった」

「ひほうしょうにん?」

 頭に疑問符を浮かべたコレットが問う。

「秘宝じゃないぞ。秘〝法〟だ」

 カーティスが卓上に指で字を書いて示すがどちらにしろ彼女には馴染みの無い言葉であったらしい。ラリーも同様に小首を傾げている。

 叔父は聞き役に徹するつもりらしく黙ったまま。

 何となくそれが自分の役目であるように感じ、アイザックは二人に説明した。

「秘法っていうのは、例えば魔術師や司祭の世界では、奥義に属するような特別な技術や知識とか、またはそれらを身に付けるための訓練や修法のことを言うんだ」

「奥義?」

「そう。たぶん武芸とか他の世界でも似たようなものはあるんじゃないかな」

「あー、あれかな」コレットが何かを思い出すように、「隊長がちょっとすごい必殺技使うんだけど」

「……すごいの?」

「うん。で、普段の訓練とは別にときどき木剣持ちだしてどこか他所で秘密の練習してるっぽいの。あれかな」

「たぶんそうだね」

 学院でも導師や上級の魔術師たちがしばしば人前で行うものとは別に隠れた訓練を行っている。秘法とはそれ自体が秘されるべきものであり、〝秘〟法たる所以である。

「秘法商人ってのは、そういうものを扱う商人だ」

「……お金で遣り取りするの? 奥義を?」

 カーティスの言葉に、コレットが眉をひそめた。

 アイザックは小さく苦笑する。彼も、秘法商人というものについて初めて聞いたときは似た反応を示した覚えがあった。

 秘法とはしかるべき資格を得た者が敬虔な気持ちでもって受け継ぐべきものだ。

 奥義が奥義たる所以。それに至る歴史。先人の意思。受け継ぐ者の想い。

 そういったものを金で扱うのか、と。

「金さえ受け取れば相手がどんな未熟な使い手でも構わずべらべらと秘法を伝えるようなそんなのを想像してるんだろうがな、そういうのがまあ絶対に居ないとは言わんが、大多数はちゃんとまっとうな商売してるさ」

 カーティスが肩をすくめながら言い、アイザックもそれを補足する。

「例えば――失伝してしまった技術や知識。そういったものを文献やなんかの調査から再構築するのも彼ら秘法商人なんだ。必要な役目だよ」

 秘法商人はそうして得た秘法をしかるべき者に伝え、彼らが受け取る報酬はその正当な代価である。というのが、

(……まあ少なくとも建前ではある、と)

 今でも完全に納得しているわけではないが、それは口に出さず、胸中で呟いた。


「うーん」

 いまいち腑に落ちないといった表情で呻くコレット。

 カーティスはそんな彼女の様子をしばらく眺めたあと、話を続けた。

「さて、その秘法商人エドワード・シィファンだが、専門は魔術の道具だった。武器とか、工芸品とか」

「では魔術師だったのですか?」

 と、ラリー。

「いいや。それなりに知識はあったろうがな、彼自身は魔術師ではなかった」

「……魔術師でないのに魔術の道具を商売で扱えるものなのですか?」

「ああ。つうかな、商人とか研究者とかとして魔術に関わる者は、自身は魔術師ではないってのは意外と多いもんなんだぜ」

「そうなんですか?! ……何故?」

「何故って……なあ?」

 言って、アイザックの方をちらりと見るカーティス。どうやらまた解説役の出番らしい。

「ええとね、魔術って、そもそも何だと思う?」

「えっ? ……判りません」

「だよね。実はね、〝これが魔術でござい〟って明確且つ厳密な定義ってのは、過去何人もの魔術師たちが試みてはきたけど今のところ無いんだ」

〝通常の技術の範疇を超えて超常的な現象を制御された状態で人為的に引き起こす技術体系〟というのが比較的同意者が多いと言えなくもない定義付けであるが、〝通常の技術〟の範囲が曖昧であるため厳密とは言えない。

「アイザックの行ってる学院って、乱立する魔術諸流派の統一が云々って言ってなかったっけ?」

 コレットが口を挟む。

「設立の目的がそうだってのとそれが実際に可能かは別だよ」

「えー」

「当時は可能だと考えられてたんだけどね。〝どうも無理っぽいぞ〟ってのが今の主流。伝統的に魔術と呼ばれてきたものが統合されたり分化したり新しいものが生まれたりで、全く理論も法則も異なるいくつもの技術体系を総称して〝魔術〟って呼んでるのが現状なんだ」

 いくつかの主流な系統のみを魔術と定義し他は全て〝魔術以外の何か〟として除外するという提案が過去何度かされてきたが、当然ながら除外対象の系統を専門とする魔術師たちからの多数の反対意見によって却下されている。

「〝魔術とは魔術師が扱う知識や技術である。魔術師とは魔術の知識や技術を扱う者である〟ってのが定番の小咄。

 まあとにかく魔術ってのは非常に膨大な種類があるものだから、一人の人間が全部を網羅するなんてのは無理。魔術師としての修行をしようとすると、せいぜい二つ三つの系統を専門に学んでそれ以外は断片的に手持ちの技術に取り入れていくのが精一杯なんだ」

「アイザックは銀魔術ってのが専門なんだよね?」

「そう。歴史のある魔術なんだけど今はかなり廃れていて、色々研究して復興出来たら良いなって思ってる。

 まあとにかく、魔術への関わり方ってのは大きく二つに別れる。魔術師として何かしらの系統を深く学ぶか、全体を広く浅く、か。そして商人や研究者はだいたい後者になる――特定の魔術に傾倒し過ぎるとむしろ障害になることが多いらしいんだ。俯瞰的な視点を持てなくなるとかなんとか」

「その理屈良く判んない」

「ぼくも実はそうなんだけどその話はまたにしようか。何かすでにずいぶん脇道にそれてる気がするし」


「お、おう」

 アイザックの言葉に、割と興味深そうに魔術の話を聞いていたカーティスが我に返ったような顔をした。

「えーと、どこまで話したかな」

「エドワード・シィファンが冒険者で、魔術の道具専門の秘法商人で、そして魔術師ではないってところまでです」

 ラリーの総括。

「そうだったな。ともかく、エドワード・シィファンは〈東の大陸〉中を旅した。そして冒険者として、秘法商人として、様々な足跡を残した。

 このラルトンの町に伝説として伝わる〝ドワーフの地下迷宮〟もその一つだ」

 カーティスの言葉を聞き、ふいに知っている単語が出て、へぇーと思い、そして――

「――へ?!」

 今度はアイザックが眉をひそめた表情をする番だった。

「地下迷宮のこと知ってたんですか?」

 町への旅の間に荷馬車に揺られながら話した話題だった。

「――悪い」カーティスが片手でアイザックを拝むような仕草をした。「実際に町に住んでる人間がどんな風に伝えているのか知りたかったんだ」

「ええと、じゃあ元々この町に来た目的は地下迷宮だったってことですか?」

「いやあ、あくまで行商が主さ。一応行商人が本業だから――今のところは」

 その最後の一言に、コレットが身を乗り出して言う。

「今のところは、ってことは……?」

 カーティスは笑みの表情で彼女を見返し、

「〝秘法商人〟カーティス……まあ、いつかは、な。

 俺がエドワード・シィファンのことを知ったのはガキの時分、まだフィリウス市の親方の下で修行してた頃さ。世の中にはそんな種類の商人もいるんだって知って、いつの間にか憧れみたいなものになってた。最近になってようやくいくらか余裕も出てきたから、こうして彼の足跡を追ったりしてるわけさ」

「……行商人としてきちんとやれているのに、今からまた別のものを目指しているんですか?」

 二人の表情に何か気後れのようなものを感じながら問うアイザックを、カーティスは真っ直ぐに見返し、

「いけねえか?」

「いえ……」

 その言葉に、アイザックは何故かはっきりとは答えられなかった。

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