胸を張りなさい
帝国の優れた間諜とは言え、此処までの道程での強行軍による疲労。
それとエレンミアと言う魔導の専門家から齎された意見。
そして、其処から導き出された仮説という名の答えによる精神的なショックも相まってダヴィドは早い内に眠ってしまった。
だが、ヘルガは責める気は無い。
無論、エヴァンジェルも責めなかった。
そんな中で10年ぶりの故郷を窓越しに懐かしそうに眺めていると、後ろから歩み寄る気配がした。
その気配の主……エレンミアはヘルガの隣に立つと、そっと語り掛ける。
「ケレン。外の世界はどうだった?」
母親として外の世界へ送り出したからこそ、エレンミアはそれを聞きたかった。
そんな問いにヘルガは答える。
「良い事も悪い事もあった。でも、楽しかった」
「そう。それで?何で、貴女はあの力を使ってるの?」
そう問いながらも、エレンミアが自身が幼き頃より禁じていたあの召喚能力を使ってる事は責めなかった。
それでも母親として娘に問えば、ヘルガは答える。
「理由なんて無い。ただ、便利だから使ってるだけ」
「その結果として貴女の嫌いな面倒臭い事になってるんじゃないの?」
母親として見透かす様に言えば、ヘルガはスンナリ認めた。
「えぇ、実際こうして面倒臭い事になってる」
「貴女を独りの大人として私は見ている。だから、その力を使う事に関しては責める気は無い。でも、其処から何が得られた?」
教え導く者の様に問えば、ヘルガは答える。
「ヘルガって言う変わり者な冒険者としての人生かしら?」
「それは貴女にとってはどういうモノ?」
「そうね……便利っていう恩恵。それと同時に恩恵から来る面倒事。その両方に満ちたモノって言うべきかな?でも、私はそれで良いとも思ってる」
幼き頃から持つチートと言える召喚能力を便利な恩恵。
だが、召喚される銃というデタラメ極まる武器を始めとした力を求める者達から齎される厄介事や恩恵を享受した事で起きる反作用と言える結果。
其れ等両方を鑑みた上でヘルガはそれで良い。
そう返すと、エレンミアは母親として言う。
「貴女がキチンと力を間違った方向に使わず、その力に溺れていない事を母として誇りに思うわ」
「溺れていない。そう言われても私は胸を張って言える自信無いけどね」
「溺れているなら、貴女は昔のエヴァや貴女の言うクソ極まる2人。そして、貴女の胸にある何かの持ち主と同類として、人々から怪物と言う脅威として恐れられ、討伐されようとしてる……でも、そうじゃないんだから胸を張りなさい」
「ありがと、母さん。あ、今気になったんだかどさ……私が母さんの言う怪物に堕ちてたら、どうしてた?」
冗談と好奇心交じりながらも真剣に問うと、エレンミアはハッキリと答えた。
「その時は母親としての責任を取って、貴女を殺して落着とする。ただ、それだけよ……」
「聞かなきゃ良かった」
ゲンナリとした様子で返すと、エレンミアは「だから私は今も貴女を娘としてこうして迎え入れてる」そう笑みと共に言うと、次の事を尋ねた。
「私から話を聞いた後。貴女は何かを気になってたけど、何を疑問に感じてたの?」
その問いにヘルガは答える。
「普通はさ、自分が専門とする分野とは異なる分野の人間が交わる事なんて早々無いじゃん……仕事とかで必要ってんなら、今の私みたいに各専門家に声を掛ける感じにはなるだろうけどさ?」
「まぁ、そうね」
「で、例の人間辞めたロクデナシの畜生2匹。その2匹は私の記憶が正しいなら、共に肩を並べて碌でもない事をやったって言う記録は無い……でも、今になって肩を並べて碌でもない事をヤラかそうとしてる」
「つまり、貴女は今の貴女と同じ様にその2人を徴用した者が居る。そう言いたいの?」
「それもある。だけど、一番恐いのはソイツはその2人を上手く利用してるばかりか、策謀も私や私が見てきた者達より凄いって可能性」
「どう言う事?」そう首を傾げるエレンミアが問えば、ヘルガは語る。
「先ずは勇者召喚と召喚で生ずる大量の死体の始末。これは確かに2人が居れば出来るけど、2人は後始末なんて考えない……未だ仮定の段階とは言えね」
「確かにそうね。他には?」
「次にあの時に言わなかったけど、連中は疫病を攻撃手段として利用しようとする可能性がある」
その言葉にエレンミアは沈黙すると、ヘルガは耳を傾けてくれていると理解した上で続ける。
「その為に帝国から疫病を防いだり、その治療方法を編み出そうとする碩学を攫って研究させてる可能性がある」
それを聞くと、今度はエレンミアがゲンナリとしながら「聞かなければ良かったわ」そう漏らしてしまった。
「で、それらを全て同時進行させているであろう主謀者の姿は見えない。何なら、手掛かりすら無いまである……」
「それは良くない兆候ね」
「だから、本当は可能ならその主謀者を知る為に2匹のクソから情報を得たいと思ってた。でも、そんな悠長にしてる暇が無い……その点も計算に入れて計画を立て、そう立ち回ってるんなら主謀者は滅茶苦茶有能な軍師であり、政治家と言えるわね」
ヘルガが前世の知識という形のない叡智を持つのを知るからこそ、エレンミアは驚きを浮かべてしまう。
そんなヘルガですら、未だ見ぬ主謀者を脅威の一言でしか評せない。そう断言すれば、エレンミアの面持ちも厳しくなるのも無理は無いだろう。
「貴女が其処まで脅威と見るとはね……恐いモノ見たさでお目にかかりたいわね」
「辞めた方が良いわよ。会って5分もしないで滅茶苦茶後悔するタイプだろうから……」
ヘルガが呆れ混じりに言えば、エレンミアは「それもそうね」と、返して部屋に戻った。
そんなエレンミアと入れ替わる様にエヴァンジェルが来ると、彼女は要求する。
「良い夜だから貴女の血を貰っても良いかしら?」
血を求められると、ヘルガはスッと己の白い首筋を晒してから言う。
「お願いだから私を吸血鬼にしないでよ?」
「其処は大丈夫。血を吸ったからと言って眷属や同胞になる訳じゃないから……」
暢気に返すと、エヴァンジェルは躊躇いなくヘルガの首筋に齧り付いて己が牙を刺せば、血を啜り始める。
「あ……あぁ……」
生命が吸われる感覚と共に吸血鬼が獲物を喰らう時に与える偽りの恍惚にヘルガがガクガクと身体を震わせると、口元を赤で染めながら顔を上げたエヴァンジェルはヘルガが倒れない様に支える。
そして、首筋に付けた傷を隠すようにして癒して消せば、嬉しそうに言う。
「51年ものの純潔とは思わなかった。お陰で久しぶりに美味しく愉しめたわ」
「なら、この恍惚になるの無くせない?」
「それは無理よ。もし、火照ってるなら自分で慰めるのね」
そう言われると、ヘルガはフラフラとしながら当時の自分が使っていた部屋へと歩みを進める。
そして、倒れる様にベッドに寝込めば、自らを慰めてから眠るのであった。
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