放蕩娘
そのハイエルフの里は帝国との国境から丸々1日歩いた先にある山脈に位置していた。
その山脈を覆い尽くす深い森の中にあり、ハイエルフ達はその山脈全体を実質的なテリトリーとしている。
そして、テリトリーであるが故に余所者が入れば、直ぐに里の者達に察知される。
だからだろう。
その日の夕刻過ぎに森に入ったヘルガ達は姿を見せぬハイエルフの戦士達に包囲され、弓を向けられていた。
「何用で我等の土地へ来た!!理由を明かされよ!!」
森の中から響く戦士の声にダヴィドは恐怖の色を浮かべてしまう。
ダヴィドは間諜であると同時に優れた戦士でもある。
だからこそ、自分達は包囲されている事を理解しており、武器に手を伸ばす真似はしなかった。
そんなダヴィドとは対照的にヘルガとエヴァンジェルは包囲され、武器を向けられているにも関わらず、涼しい顔であった。
すると、ヘルガは被っているFASTヘルメットを脱いで己の銀の髪を露わにすると、大声で答えた。
「我が名はエレンミアの子ケレブリル!!我を同胞と見てくれるば、我らを里へ足を踏み入れる事を許されよ!!」
ハイエルフの言葉で告げると、相手側は沈黙する。
そんな戦士達に向け、ヘルガは更に続けて大声で言う。
「我等は我が母エレンミアに火急の用がある!!里に対し、敵対の意思は無い!!」
その言葉に対して返答は無かった。
だが、その代わりに目の前の深い森から1人のエルフの戦士が現れた。
鎧兜に身を包み、腰には剣を差して弓を背負う彼女はヘルガの前までやって来ると、ヘルガをジッと見詰める。
一頻り見詰めると、彼女は兜を脱いで綺麗な金髪と共にヘルガとそっくりな顔立ちを露わにしながら語り掛けた。
「これが放蕩娘の帰還って言うのかしら?久しぶりねケレン」
「10年が久しぶりなら久しぶりなんでしょうね。姉さん」
その遣り取りにダヴィドが驚くが、ヘルガは気にせずに自身の双子の姉に尋ねる。
「姉さん。母さんは何処?大至急用があるの……」
「帰ってきて早々、用事なんて無粋じゃない?」
姉が呆れ混じりに漏らす。
だが、妹であるヘルガが真剣な面持ち。
更には同行者に先日まで滞在していた客人たるエヴァンジェルと帝国の影に属するであろう戦士……もとい、ダヴィドの姿を一瞥すると、姉はそれ以上は言わない。
しかし、同胞達に向かって大声で告げた。
「我が妹にして偉大なる戦士の帰還よ!!」
その言葉に周りの森の中でざわめきが起きた。
そんな気配を他所にダヴィドは帝国語でヘルガに尋ねる。
「俺、殺されずに済みます?」
帝国は遠い過去……年数にして凡そ100年ほど前にサマリアル王国へ侵攻した際。
ハイエルフ達の里にもその手を伸ばした。
その結果、帝国は山脈と言う地の利を有する優れたハイエルフの戦士達と魔法使い達によって徹底的に撃退され、敗走の憂き目にあった。
それ故にダヴィドが不安そうに尋ねれば、姉が帝国語で答えた。
「帝国の者であろうと、妹の連れてきた客人として迎えるわ。でも、"おいた"をしたらその時は身の安全の保証は出来ないのは確約する」
その答えにダヴィドが言葉を失うと、ヘルガは呆れ混じりに嗜める。
「姉さん。ソイツは大丈夫。其処までバカじゃないから」
「なら、彼が問題を起こしたら貴女が始末して……あ、自己紹介が遅れたわね。私はグローリヴル。宜しくね」
ダヴィドにも解る様に敢えて帝国語で言うと共に自己紹介をすれば、ダヴィドは自身も自己紹介しながら絶対にバカはしないと心に誓った。
その後は監視役も兼ねて彼女……グローリヴルはヘルガ達を客人として里へと案内する。
「それで?何があったの?この間まで居たエヴァさんと帝国の戦士まで連れて此処に帰ってくるなんて、貴女にしては珍しいわよ」
姉として問えば、ヘルガは少しだけ面倒臭そうに答えた。
「クソ面倒でクソ厄介なクソ仕事を請け負う羽目になったのよ。で、エヴァさんはそれを手伝ってくれる事になって、帝国の彼……ダヴィドはそのクソ仕事に深く関わってるから一緒に仕事しようって成り行き」
ヘルガの答えにグローリヴルは呆れてしまう。
「何処をどうしたらそうなるのよ?」
彼女にすれば、その"クソ仕事"が何かは解らない。
だが、何処をどうすれば真祖の吸血鬼の力を借り、更には帝国がどう関わる事になるのか?
突拍子も無さ過ぎて呆れるくらいしか出来ないのは誰も責める事は出来ないだろう。
そんな姉にヘルガはまたも面倒臭そうに言う。
「それ説明するのに時間掛かる」
「なら、時間はタップリあるから聞かせて」
グローリヴルが涼しい顔で返すと、ヘルガは更に続ける。
「でも、滅茶苦茶最悪な厄ネタな上に帝国や王国とかには語られたくない内容でもあるから姉さんにも言えない」
「貴女、外で何してるのよ?世間知らずの私でも冒険者はそう言う仕事はしないのは知ってるわよ?」
グローリヴルは益々呆れるしか出来なかった。
そんな姉にヘルガは言う。
「だから、母さんには仕方無く説明するけど、姉さんには言えない。母さんから聞いても、他の皆には伏せて欲しい」
ヘルガが普段の呑気な様子抜きに真剣に頼んでくれば、グローリヴルはそれを承知した。
「解った。なら、コレ以上は聞かない」
「ありがと、姉さん」
その後も森の道なき道を進んでいく。
歩きながらヘルガとグローリヴルが当時の思い出話に花を咲かせていると、それを眺めるエヴァンジェルにダヴィドは尋ねる。
「あの、エヴァンジェルさん」
「何?あ、エヴァで良いわ」
「なら、エヴァさん……ヘルガさんの事を調べるのも仕事なので聞きたいんですが、エルフの里に居た頃の話って知ってたりします?」
ダヴィドが恐る恐るながらも間諜としての仕事をチャッカリ果たそうとすると、エヴァンジェルはそれに答える事は無かった。
「人様の過去を赤の他人の私が話すのは礼儀に反するから教えない。でも、あのお姉さんの偉大なる戦士の帰還って言葉の通り、ヘルガは冒険者となる前は里で最も優れた戦士であったわ」
「そんなにですか?」
「そうねぇ……100年くらい前に貴方の国とこの里で戦闘があったでしょ?」
「えぇ、存じてます」
そう返しながら嫌な予感を覚えるダヴィドにエヴァンジェルはその嫌な予感は正解と告げる様にして言う。
「その戦いにあの娘が居たら、撤退する暇もなく殲滅されてたでしょうね」
その答えにダヴィドは言葉を失うしか出来なかった。
。
だが、同時にヘルガの異常と言える程の卓越した思考能力と推理能力。
そして、これは異常過ぎると言える戦闘能力の高さに対して納得する事が出来た。
そんな2人を他所に里に着けば、ヘルガ達は里に住まうハイエルフ達の好奇の視線に晒されながら目的の人物にしてヘルガの母……エレンミアの元へとグローリヴルによって誘われていくのであった。
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