何処をどうしたらそうなるんだ??
「私の耳がおかしくなった。そう言う訳ではない……そうだな?」
トミー。否、トマーゾ殿下は部下である暗部の長からの緊急報告を聞くと、言葉を絞り出す様にして確認する。
「殿下……報告した私自身も困惑しております。ですが、残念ながら事実であり、現実です」
暗部の長自身も困惑した様子で肯定されてしまうと、トマーゾ殿下は頭に痛みを覚えてしまう。
「帝国の間諜がヘルガに接触。そのヘルガはソイツから帝国は我が国と事を構える気は無い事を聞き出し、更にはソイツの同行を許した。オマケにダヴィドと名乗るコイツは帝国との我々の窓口の役目も帯びている……昨日の今日で事態が動き過ぎじゃないか?コレは」
唐突過ぎる急展開に天を仰ぐ様にボヤくと、トマーゾ殿下と同様に帝国の素早い展開に暗部の長も疲れの色を見せてしまう。
だが、それでも2人はボヤきはしても成すべき仕事を成すために必要な遣り取りをする。
「私としましては帝国側の思惑を知る為にも、彼女の同行許可は黙認すべきと愚考致します」
暗部の長が余計な手出しは避けるべき。
そう意見具申をすれば、トミーは上に立つ者として賛成した。
「それは俺も賛成だ。帝国に痛くない腹を探られるのも避けたい以上、此方としては黙認するしか無い。それにだ」
「何でしょう?」
「帝国は本気でツァールスを警戒しているばかりか、ツァールスには"死を弄ぶ者"と"魔になった者"と言う危険極まりない怪物が居ると想定して動いていると判断して良さそうだ。実際に情報通りにツァールス国内に居るならば、帝国はヘルガに2匹の危険極まりない怪物を始末して欲しいのが本音だろう」
その2匹の怪物はその気になれば、国を1つ。今回ならば、帝国と王国と言う2つの国を滅ぼそうと思えば、滅ぼせる程に強大な力を有している。
そんな2匹の怪物をヘルガに始末して欲しいと言う思惑を自分達と同様に帝国も有しているならば、帝国は本気で自分達サマリアル王国と事を構える気は無い。
トマーゾ殿下は1人の政治家として仮定していた。
「つまり、例のダヴィドを介して告げられた皇帝の意思に偽りは無いと?」
確認する様にして暗部の長が問えば、トマーゾ殿下は仮説ながらも肯定する。
「かの皇帝が長年の敵でもある我が国より、2匹の恐ろしい怪物を危険視するのは当然だろう。1匹だけでも恐ろしい脅威なのに、2匹も居るんだから尚更そう考えても不思議じゃない……私が同じ立場なら、同じ事を出来るならするさ」
トマーゾ殿下の肯定とも取れる仮定に暗部の長が口を挟む事は無かった。
実際問題。
敵よりも恐ろしい怪物の脅威が迫ってる以上は敵と言える帝国と揉めるより、その敵と手を組んで今回の事態を収拾したいのが人情と言うものだろう。
そして、それは正鵠を射ていた。
だが、ガイラス帝国のトップである皇帝陛下の思惑を未だ知らぬトマーゾ殿下は決断する。
「である以上、余計な問題を作らない為にも君には申し訳無く思うが、例のダヴィドは監視するだけに留めて欲しい……だが、我が国に対して敵対行動を明らかに取った時には拘束。止む得ない場合は殺害も許可する」
ダヴィドには手を出すな。
しかし、この国に不利益を齎す行動を大っぴらに取った時には裁きを下す事を許せば、暗部の長は承知した。
「畏まりました。部下達には手出し厳禁と厳命致します」
「ありがとう。さて、この様子だと帝国から使者が来るのも時間の問題と見た方が良いだろう……ダヴィドの件は君に任せる。大きな動きを確認したら、直ぐに報告しろ」
「承知致しました」
その言葉と共に暗部の長たる彼が退室すると、トマーゾ殿下は天を仰ぐ様にして天井を見上げてボヤいてしまう。
「ヘルガ……君は相変わらず面倒で厄介な状況の渦中に居るんだな。それなのに君自身は嵐の中心に居る自覚が無いのが、君の一番酷い欠点だ」
呆れ半分。友としての心配半分にボヤいたトマーゾ殿下は直ぐに意識を目の前で積み上がる問題に向けると、思考を巡らせ始める。
帝国。否、皇帝陛下はダヴィドの言葉通りならば、我が国と構える気は無い。
そうなると、向こうは我が国と対ツァールスに於ける同盟を結びに来る。そう考えるのが、この状況で最も可能性のある仮定と見ても良い。
あの2匹の怪物の事を踏まえるならば、それは当然の考えだが……
「何故、1匹だけでも恐ろしい脅威なのに2匹揃った状態でツァールスに居る?」
思考を巡らせている間に浮かび上がった疑問を口にすると、トマーゾ殿下は目の前の執務机に置かれた2匹の怪物に関する報告書が纏められた資料を手に取って見詰めていく。
"死を弄ぶ者"と"魔になった者"。
前者は死や魂等の死者に関する分野を研究。
後者は禁忌を含めた様々な魔導を研究する探求者。
確かに2人は高度な魔導を扱える魔導の専門家ではあるが、研究対象は異なると見て良い。
資料にある通りなら、過去に2人が手を組んだという事実は無い。
「それなのに何故、今になって手を組んでいる?研究対象は2人とも異なっていて、過去に手を組んだ事が無い……何故だ?何故、今になって手を組んだ?」
疑問を口にしても、答える者は居ない。
勿論、答えも出て来ない。
だが、トマーゾ殿下はこの手を組む理由こそが状況を打破する手掛かりになるのではないか?
そんな予感を覚えていた。
すると、執務室の扉がノックされた。
「入れ!」
「失礼致します。殿下、教国よりマクスウェル司教がお越しです」
入室した執事が報告する様に告げると、トマーゾ殿下は資料に目を向けたまま入室を許した。
「通してくれ。それと、私と彼にお茶を頼む」
「畏まりました」
恭しく頭を下げて執事が退室すれば、それと入れ替わる様に異端審問官の彼……マクスウェル司教が執務室に入室する。
そんな彼に資料から顔を上げたトマーゾ殿下は来客用のソファーに座る様に促せば、マクスウェル司教は其処に座った。
それから直ぐにトマーゾ殿下が向かいの上座に座れば、マクスウェル司教は要件を切り出した。
「殿下。私と貴女の共通の友人である彼女が帝国の間諜と行動しているのは御存知でしょうか?」
「その件なら既に掌握している。ダヴィドと名乗る彼に手を出さない様にも厳命してあるから、問題は起きない筈だ」
「流石は次期国王陛下。素晴らしい采配ですな」
マクスウェル司教が感心した様に言うと、トマーゾ殿下は慇懃無礼な態度を取るマクスウェル司教に「面倒な前置きや御世辞は抜きにしてくれ」そう告げ、本当の要件を言わせる。
「先ずはツァールスの件でありますが、教皇猊下はサマリアルとガイラスに対し、ツァールスとの戦を聖戦と認定する事を確約致しました事を御報告させて戴きます」
その報告と共に教国のトップである教皇のサインと印が捺された一枚の書類が差し出されると、トマーゾ殿下はそれを手に取って一言一句確認する様に睨みつけていく。
そうして読み終えると、トマーゾ殿下はそれを目の前に置いて言葉を返し、正直に伝えた。
「教皇猊下の意思は理解致しました。しかし、直ぐに戦を起こすのは難しいのが現状と言わざるを得ません」
「例の2人の大罪人ですな」
マクスウェル司教が言い当てる様にして言うと、トマーゾ殿下は頷きと共に肯定する。
「その通りです。その2人の大罪人がツァールスに居る以上、侵攻したら我が国に限らず帝国も大損害を被り、最悪……我が国と帝国は死の国と化すのが目に見えています」
「その為に殿下は私の友人でもある彼女に白羽の矢を立てたのでしょう?」
見透かす様にマクスウェル司教が言うと、トマーゾ殿下は自身の情けなさを認める様に肯定した。
「その通りだ。本来ならば我が国の軍や兵が討伐しなければならぬ所を私は私の友人である彼女に丸投げした。それ以外に私が選べる最適解が見当たらなかったのでな……」
「殿下の御英断に私は敬意を示す事しか出来ません。故に彼女が我々、異端審問局が要注意とする危険人物と接触しても我々はそれを見なかった事にします」
「それは私も同様だし、報告書に記載しなくても良いとしてる。なので、貴方にもそれをして貰えると助かる」
ヘルガと言う偏屈な友の立場を護る為。
2人はヘルガが危険な存在や悪の道を進む者達の力を用いても見なかった事にする。
そう取り決めを非公式に結ぶと、次の話題になった。
「確か、君は異端審問の立場だったな?例の大罪人は本当に今まで接点が無かったのか?」
トマーゾ殿下が確認する様に尋ねると、マクスウェル司教は異端審問官の立場から答える。
「2人が未だ人の身であった頃。2人は同じ学び舎に居た事があります」
「それは本当か?」
「はい。それ故、此方としてはその時の縁が今も残っているのではないか?と、ツァールスに2人揃って居る理由の仮説としています」
異端審問官として2人の大罪人の過去を資料から知っていたマクスウェル司教が答えると、トマーゾ殿下は一応は納得した。
だが、引っ掛かる点はあった。
「なるほど。同じ学び舎で共に学んでいた縁があったという訳か……だが、そうだとしても人の身から堕ちた後、共に行動したと言う記録や事情は無い。その点がどうにも引っ掛かている」
「それは私も同様に疑問に思っています」
2人は首を傾げる。
だが、その答えは一切現れなかった。
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