風呂上がりに酒杯を傾けて
行きつけの酒場で明るい内からグラッパで一杯と洒落込んでいると、ヘルガの隣に若い遊び人風の男が座った。
傍から見れば、何処かの貴族の三男坊にしか見えぬ遊び人風の男はバーテンから「よぉ!トミー!」そう呼ばれると、ヘルガと同じ物を注文する。
そんな彼……トミーに対し、グラッパのグラスを傾けながらヘルガは語り掛ける。
「私がクソ仕事する羽目になるのは、アンタの差し金で合ってるかしら?トミー?」
ヘルガから責める様に問われると、遊び人を演ずるトミー。
否、この国の第一王位継承者である超の付く大物たる彼……トマーゾ王子は申し訳無さそうに肯定する。
「仕方無いだろう?君以外にこの手の仕事を完璧にこなせる凄腕が居なかったんだから……」
そんな王子たるトマーゾに対し、ヘルガは問う。
「それで?貴方の可愛い妹様は何処のダンジョンに行きたい訳?」
「未踏破のダンジョンに行きたいと望んでたんだが、何とか説得に成功してソグルスとなった」
ソグルス。
其処は王都の直ぐ近くにある初心者向けの初級ダンジョンであった。
駆け出しの冒険者は其処で生活費を稼ぐと共に経験を積み、中堅の冒険者や趣味人等は其処で小遣い稼ぎをする。
そんな安全性が幾多のダンジョンの中で比較的高いダンジョンに行く。
そう聞かされると、ヘルガは少しだけホッとした。
「少しだけマシになってくれて嬉しいわ」
ヘルガが本心から言うと、ソレに水を差す様にトマーゾ王子は告げる。
「だけどね、妹は君の冒険に同行したがってるんだ。ほら、君は昨日まで未踏破のダンジョン……シレーラスに居たろ?其処を君と踏破したかったそうだ」
「私、アンタの妹に好かれる様な事した覚えないんだけど?どう言う事?」
心の底から困惑してしまうヘルガの疑問を応える様にトマーゾ王子は語る為、敢えて問うた。
「僕と君が初めて出会った時の事を覚えてるかい?」
「忘れる訳が無いわ。あの時はマジで死ぬかと思ったくらいにはヒッデェ目に遭ったんだから……」
ゲンナリとした様子でヘルガが答えると、トマーゾ王子は続ける。
「その時の事を昔、妹に話してね。妹は学院の夏期休暇で家に帰ってて、夏の研究課題として冒険者関連の事をやろうとしてる。で、君という最も信頼が出来て、冒険者としても最高位の位に居る君の協力を得たいそうなんだ」
トマーゾ王子から王女の思惑を聞かされると、ヘルガはグラッパを一口飲んでから確認する様に問う。
「夏休みの自由研究の為に私を雇いたいって事?」
「見方を変えれば、そう言う事になるね。で、僕としては反対したい。だけど、可愛い妹の為に手伝ってやりたい感情も同じ様にあるんだ」
アッサリ肯定するトマーゾ王子が公私混同と言える言葉を返せば、ヘルガはどっと疲れた様な感覚を覚えてしまう。
「兄として可愛い妹の為に力を貸したい気持ちは解らないでもないけどさ、流石にシレーラスに連れて行くのは論外よ?」
「それは解ってる。だから、必死に説得してソグルスに変更させたんだ……君が同行すると言う条件と引き換えにね」
改めて依頼の背景と言える内情を知れば、ヘルガは肩透かしを感じてしまう。
だが、それでも護衛対象は王女と言う最高位のVIPであるが故にヘルガはプロとして確認する。
「因みにだけどさ、貴方の妹が死んで喜ぶクソや利益を獲られるロクデナシのクズはどれだけ居るの?」
「そうだねぇ……」
前置きする様に漏らしたトマーゾ王子は目の前に置かれたグラッパの注がれたグラスを取り、一口飲んでから答えた。
「中と外合わせたら、全て言い終える頃には朝になってるだろうねぇ……後、全て聞き終えた後に君がこの店の酒を全て飲み干しても酔えなくなりもするんじゃないかな?」
そんな答えにヘルガは益々ゲンナリとしてしまう。
「聞くんじゃなかった」
「一応、内側に対しては此方で睨みを利かせておくし、今の時点でソグルスに出入りしてる者達の確認もしてるから面倒臭さそうなのが来ても直ぐに解る筈ではある」
シレッとソグルスに出入りする者達を監視し、不審な者を直ぐに割り出せる様にしている体制を整えてる事をトマーゾ王子が告げれば、ヘルガは少しだけマシな気分になった。
「良かったわ。依頼人が頭の回るタイプで助かる」
「そりゃ、君に無理難題を押し付けるんだからコレぐらいはしとかないとだし、可愛い妹の安全の為に必要な事だから当然だよ」
苦も無く返せば、ヘルガは呆れ混じりに苦言を呈する。
「なら、その可愛い妹に冒険者の真似事するのを辞めさせなさいよ……冒険者なんて常に死と隣り合わせのクソ仕事なんだから」
「そりゃあ、僕の立場的には猛反対しましたよ。でも、兄としては妹がやろうとしてる事を頭ごなしに反対するのは心苦しいんだ。それに……」
「それに?何よ?」
「あの娘、頭ごなしに反対したらコッソリ家を抜け出して勝手にシレーラスに行きかねない程度に行動力の塊でもあるんだ。だから、致し方なく君に無理難題を押し付けざる得なかったんだ」
王子として、兄として、本音を思い切りブッチャけた彼をヘルガは責める気にはなれなかった。
そんなヘルガは諦めと共に要求する。
「そっちからも信用の出来る護衛を出せ。後、実行日までの間は中と外に目を光らせて不審なのやバカヤラかそうとしてる奴を見逃さないで……本気で妹の為を思うんなら必ずよ。良いわね?」
「そう言う事なら喜んで提供するよ」
快諾の言葉と共にグラッパを飲み干すと、トマーゾ王子はバーテンにもう一杯頼んだ。
そんな様子にヘルガは珍しいモノを感じると、その理由を問うた。
「珍しいわね。アンタが二杯目を頼むなんて……何か悩みでもあんの?」
「驚く事に有るんだ。妹の件が可愛く思えるレベルのがね」
ウンザリとした様子で肯定するトマーゾ王子にヘルガは本気で厄介な問題だと言うのを察すると「それ以上は聞かないわ」そう返し、逃げようとする。
だが、彼は逃がす気が無かったのだろう。
気にする事無く、ヘルガに悩みを打ち明けた。
「妹と同じ様に学院に通ってる弟が居るんだ。で、その弟がさ……婚約相手を蔑ろにして、別の娘にうつつを抜かしてるんだよ」
「そりゃあ、御愁傷様」
他人事の様に返したヘルガはグラッパを飲み干すと、チェイサーとしてレモネードをバーテンに頼んだ。
そんなヘルガにトマーゾ王子は愚痴を零す様に心の底から困った様子で言う。
「火遊び程度なら良いんだけどなぁ……そうじゃなかったら不味いんだよ。後、その遊び相手の娘、他の奴とも付き合って何股だよ?って感じなのにバカな弟含めた男どもはソレを気にしてないんだ」
そんな王子の言葉にヘルガは我関せずと言わんばかりに返した。
「私には関係無い話ね」
「そう言うと思った。じゃ、明後日にウチの者が打ち合わせの為にギルドに行くから続きはその時に」
その言葉と共に二杯目のグラッパを一気に飲み干せば、トマーゾ王子は席を立ってテーブルに1枚の金貨を載せて酒場から消えた。
1人残されたヘルガはレモネードを一口飲むと、今までの遣り取りが無かったかの様に風呂上がりの一杯を愉しむのであった。
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