生命こそ力
少し進むと、ヘルガは立ち止まった。
急に立ち止まった事にネッドが首を傾げると、サリーは渋い顔を浮かべ、小声で言う。
「この臭い……間違い無く居るな」
「まさか、トロルか?」
驚きながらもネッドが小さな声で問えば、サリーは頷く。
そんなネッドにサリーは指示する。
「匂いを嗅いでみろ。何か酷く臭い匂いがする筈だ」
そう言われたネッドが臭いを集中して嗅ぐと、ネッドの鼻腔を汚い臭いが刺激して来た。
「何だよこの臭いは……」
「モンスターの体臭だ。人間と違って身体をずっと洗わないでいるから酷い臭いなんだよ」
サリーが臭いの理由を教えると、ヘルガは左手で静かにM203グレネードランチャーのセイフティを解除した。
そんなヘルガにサリーは尋ねる。
「聞くだけ無駄なのは解ってるが、どうする?」
サリーに問われると、ヘルガは涼しい顔で答えた。
「今から始末して来るから、此処で待機してくれない?」
「そりゃ良いが……援護しなくて良いのか?」
「大丈夫。こないだも私独りで殺してるから」
ヘルガがアッケラカンに返すと、サリーは呆れ、ネッドは驚いてしまう。
そんな2人に対し、ヘルガは正面を注意深く警戒しながらも更に続けて言う。
「悪いけど、私の背嚢をお願い。終わったら此処に戻るから」
そう告げると、ヘルガは静かにバックパックを地面に下ろし、フラッシュライトを消した。
それからレーザーユニットのIRライトのスイッチを入れて暗視ゴーグルを目に嵌めれば、ヘルガは静かに歩き出す。
そんなヘルガの背に向け、サリーは小声で言う。
「気を付けろよ」
サリーがその言葉と共に見送れば、ネッドは恐る恐る訪ねる。
「本当に大丈夫なのか?」
ネッドが尋ねると、サリーはネッドにランタンを灯す様に命じてから答えた。
「アイツが大丈夫と言ってるなら、本当に大丈夫だ。それにアイツは白金等級だ……トロルよりもヤベェのを相手にして勝った事も何度もある」
不安そうに心配するネッドを落ち着かせる様にサリーが言えば、ネッドは明かりを灯したランタンを手に正面を照らしながらも一応は納得した。
そんな2人から離れていたヘルガは闇に溶け込む様にして、静かにゆっくりと歩みを進めていく。
暗闇の中を1歩ずつ足音を立てる事なく着実に進み続けると、暗視ゴーグル越しに3メートル以上の背を持った巨体が見えて来た。
そんなトロルの姿を確認すると、ヘルガはしずかにその場にしゃがむ。
それから直ぐにMk18を構えると、左手を弾倉に添え、人差し指をM203の引金に添えた。
視線の先でトロルは大きな棍棒を右手に握り締め、舌舐めずりしながらやって来るだろう獲物を静かに待っていた。
そんなトロルに対し、ヘルガは静かに狙いを定めると、M203の引金を静かに優しく引き絞る。
小枝がポキっと折れる様な感触と共に軽やかな砲声が響いた。
M203の砲口から40㎜の多目的榴弾が放たれ、放物線を描いて飛んでいく。
そして、吸い込まれる様にしてトロルの右膝を爆発と共に粉砕した。
「ガアアァァァァアア!!?」
唐突に訪れた激痛と共に右膝から下が千切れ飛べば、トロルは前のめりにドスンと倒れてしまう。
そんなトロルをヘルガは見詰めながらM203のフォアエンドを前進させる。
そうして硝煙立ち昇る大きな空薬莢を排出させると、ヘルガは静かに素早く確実に次弾を装填。
数秒も掛からずにリロードを完了させれば、ヘルガは再び狙いを定め、2射目を放った。
2発目の40㎜多目的榴弾が砲声と共に放たれれば、倒れて右膝の激痛に苦しみ続けるトロルの脳天に吸い込まれる様に当たる。
爆発と共に成形炸薬がトロルの分厚い頭皮と頭蓋骨を貫きながら脳をコンガリと焼けば、トロルはピクリとも動かなくなった。
静かに淡々とトロルを処理し終えると、ヘルガは前方を警戒しながら3発目の40㎜多目的榴弾を装填していく。
装填を終えると、ヘルガは左手をM203のフォアエンドに添え、Mk18の引金を引いた。
くぐもった銃声と共に5.56㎜の徹甲弾が放たれ、トロルの頭を穿つ。
だが、既に事切れてるが故に頭を穿たれたトロルはピクリとも反応しなかった。
銃弾で死亡確認をし終えると、ヘルガは安全と判断。それから直ぐに立ち上がり、離れた所にあるトロルの屍に背を向けて歩き出す。
「終わったわよ」
暗闇からぬッと静かに幽霊の如く姿を見せたヘルガが暢気に告げると、ネッドは驚きと共に声を上げてしまう。
「もう終わったのかよ!?」
黒曜等級の冒険者にすれば、トロルは危険極まりない強大なモンスターだ。
そんな強大なモンスターを短時間で片付けて退けた。
そう言われれば、ネッドが驚くのも無理は無い。
そんなネッドを気にする事無くヘルガはバックパックをサリーから受け取って背負うと、正面を振り向いてフラッシュライトを点灯した。
その後。レーザーユニットのIRライトのスイッチを切り、暗視ゴーグルのスイッチを切って目から外せば、フラッシュライトに照らされた闇を肉眼で確認する。
そんなヘルガにネッドは興奮した様子で尋ねて来た。
「なぁ、どうやって倒したんだ!?」
「膝をブッ壊して動けなくしたら、急所を攻撃。これだけよ」
ヘルガがさも当然の様に答えると、ネッドは困惑してしまう。
「ハァ!?」
「だから、膝をブッ壊して動けなくしてから急所をブチ抜いた。同じ事を言わせないでくれる?」
少し苛立った様子のヘルガにサリーはネッドの師として頼んだ。
「ヘルガ。坊主の後学の為に何でそうしたのか?そう言うのを答えてやってくれないか?」
その頼みを聞くと、ヘルガは「歩きながら話しましょう」そう告げると、歩みを進めた。
そうして正面を警戒しながら歩むヘルガは傍らを歩くネッドに問う。
「ネッド。貴方の膝を敵の矢が見事に貫いたとしましょう……その状態で走ったり、歩いたり出来る?」
その問いにネッドはフラッシュライトで照らされる正面を警戒しながら当然の様に答える。
「無理だ。貫かれた瞬間に倒れるかして動けなくなっちまうよ」
ネッドがキチンと答えると、ヘルガは言う。
「はい、それが私が膝をブッ壊した理由」
「え?」
アッサリと理由が告げられると、ネッドは思わずポカンと惚けてしまう。
そんなネッドにヘルガは更に続けて問うた。
「矢で膝を貫かれて動けなくなった貴方を敵はどうする?勿論、その敵は貴方を殺そうとしてる」
「そりゃ、トドメを刺すに決ま……あ!!」
ネッドは漸く気付き、理解した。
そんなネッドにヘルガは師の様に語る。
「自分よりも強い敵に態々、堂々と正面から仕掛ける必要は無いわ……ちゃんとしたルールのある試合なら兎も角」
ヘルガは他の者達から汚い遣り方だ。
そう言われても仕方無い事を身も蓋もなく語ると、続けて言う。
「相手は自分よりも数が多かったり、強いの態々正面から仕掛けるのは自殺と変わらないわ。まぁ、英雄譚とかの物語に出る様な奴なら倒しちゃうんでしょうけど、生憎と現実は其処まで優しくない」
ヘルガが淡々と語った内容にネッドは何も言えなかった。
そんなネッドに対し、ヘルガは気にする事無く更に続けた。
「だから、勝つ為に考える。自分には何が出来て、何が出来ないのか?それを念頭に入れて相手の動きや弱点を探りながらね……で、その時に周りを見て何が使えるのか?使えないのか?それをしたら死ぬか?そういうのも考え、勝つ為に行動する必要がある」
ヘルガが語ると、ネッドは疑問をぶつける。
「考えた上で勝てないならどうするんだよ?」
「その時は尻尾巻いて逃げなさい」
臆面もなく涼しい顔で答えると、ネッドはそれで良いのか?そう言わんばかりに後方を警戒していたサリーを見てしまう。
ネッドが何を言いたいのか?理解してるからこそ、サリーは答えた。
「残念だろうが、ヘルガの言う通りだ。何やっても駄目なら逃げるのも手だ……」
「でも、逃げて依頼失敗したら……」
ネッドが当然の疑問を口にすれば、サリーは師として告げる。
「失敗しても生きてるなら、次がある。確かに失敗して逃げれば、信頼や信用は無くなるかもしれん……だが、生きてるなら次に活かせる。その次を活かし、成功を一から積み重ねていけば失った信頼や信用を取り戻す事も出来なくはない」
サリーがベテランの冒険者として、銀等級の冒険者として力強く語れば、ネッドは弟子として尋ねる。か細い声で……
「それが出来なかったら……」
「その時はもう死んでるだろうから気にすんな。生きてるなら、他の仕事を探すことだな……後、逃げる時は仲間が居るなら絶対に見捨てるな。見捨てて逃げたら、その時は冒険者以前に人として終わっちまう」
敢えて厳しく告げれば、ネッドはやはり何も言えなかった。
重い沈黙のネッドを他所にヘルガは「仲間を見捨てるなって大事な事を忘れてたわ」と、暢気にボヤく。
そんな遣り取りをしながら歩みを進めて行くと、トロルの屍がネッドの視界に飛び込んで来た。
トロルの屍にネッドは驚くと同時、ヘルガが本当に殺したのだと改めて理解する。
すると、ネッドは気分を変えようと思ったのだろう。
ヘルガに尋ねた。
「なぁ、サリーが言ってんだけどよ……ヘルガはトロルよりもヤベェ奴と戦って勝ったんだよな?何と戦って勝ったんだ?」
ネッドの問いにヘルガは警戒を怠る事無くフラッシュライトで照らされる進行方向と、その周囲を見詰めながら答えた。
「そうね……ドラゴンが一番記憶に残ってるわね」
ドラゴン。
この世界に於いて食物連鎖の頂点にも立ち、空を支配する最も恐るべき強大なモンスター。
それと戦い、勝った。
ヘルガがそう答えると、ネッドは言葉を失い、唖然としてしまう。
だが、ヘルガがそれ以上の事を答える事はなかった。
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