兄として、次の王として
セラスは自分の目の前に居る男。
この国の第一王位継承者たる王子であり、自分の通う学院で学友でもあるセレスティア王女の兄。
そして、自分に好意を寄せる第二王位継承者でもあるヘンリー王子の兄でもあるトマーゾ王子が目の前に居り、自分の為に時間を割いてる事に強い緊張に襲われていた。
そんなセラスの様子を察すると、トミー。否、トマーゾ王子は優しげで穏やかな笑みと共に手を伸ばし、其処に見える来客用のソファーを指し示しながら促す。
「楽に掛けてくれ給え」
その言葉に従う様に恐る恐るセラスが「失礼します」の言葉と共に下座に座ると、トマーゾ王子はセラスから受け取った手紙を手にしながら向かいに座り、切り出す。
「この手紙を渡してくれた彼女は私に対し、君の恋愛における悩みの解決に助力を請うてきた」
トマーゾ王子から語られた言葉にセラスは心の底から驚くと共に信じられない。そんな様子を隠す事なく見せてしまう。
そんなセラスの様子を「君の驚きも理解出来る」そう前置きすると共に気にしていない事を暗に告げると、トマーゾ王子は言う。
「先ずは楽にしてくれ給え。私は君を責める気は無い。ただ、友の頼みを兼ねて君の悩みを解決したいだけなんだ」
「え?」
トマーゾ王子から告げられた言葉にセラスは思わず間抜けな声を挙げてしまうが、彼はそれを咎める事無く。寧ろ、セラスの反応が当然と理解した上で手紙を見せながら言葉を続ける。
「ヘルガから手紙と言う形で教えて貰った。君が私の弟であるヘンリーや他の者達から好意を受け、それに対して君は学友としてなら応えられるが、愛する者としては応えられない事を……」
その言葉にセラスは緊張しながらも自分の口から正直に認める様に自分の想いを答えた。
「仰有る通りで御座います。ヘルガ様に相談した通り、私は皆様の好意は嬉しく思っております。ですが、私は皆様の好意や愛に応えられません」
セラスが本心から手紙の内容が事実である事を自らの口で語れば、トマーゾ王子は問う。
「1つ確認したい。君はヘンリーやヘンリー以外の者を嫌っているかね?」
そう問われると、セラスはこれも正直に答える。
「嫌ってはおりません。先程も言いました様に皆様からの御好意は嬉しく思ってる。これに嘘偽りはありません。だからこそ、私はヘルガ様に傷付けない様にするにはどうしたら良いのか?相談したのです」
ヘルガに相談した理由も打ち明けると、トマーゾ王子は手紙で知りながらも敢えて問うた。
「ヘルガから何と言われたんだい?」
「1人1人に対し、誠意を以て御断りしなさい。嘘偽りは無しにして自分の想いを答えろと……そう言われました」
セラスの口から改めて聞けば、トマーゾ王子はトミーとして「彼女らしいな」そう感心すると、この問題に関しての自身のスタンスを告げた。
「結論から言おう。私は君が我が弟ヘンリーを始めとする君に好意を寄せる者達の愛を拒絶するならば、君がヘンリー含めて彼等の求愛を拒絶した後、それを理由とした問題に対して協力や助力を惜しむ気は一切無い」
トマーゾ王子から告げられた言葉にセラスはまたも驚く事しか出来なかった。
そんなセラスの様子を見ると、トマーゾ王子は直ぐに察して語る。
「これは身内の恥や貴族の世界の問題を言う様で言いたくないが、私としてはヘンリーが婚約者を蔑ろにして勝手に父上の許しも無いまま婚約破棄をされるのは正直言って困るのだよ」
トマーゾ王子が彼の思惑とも言える事実を語ると、セラスは何も言わぬまま耳を傾けていく。
「公爵令嬢とヘンリーは婚約関係にあり、それは両者の親同士が取り決めた重い契約でもある。それを蔑ろにして、正当な理由が一切無いのに婚約破棄をしてしまえば、その対応に追われる」
その言葉が意味する事。
更には自分がどれだけ重要な問題に足を突っ込んでいたのか?それらをトマーゾ王子の口から語られると、事の重大さを頭で解っていても現実感を感じなかった。
そんなセラスを気にする事無く、トマーゾ王子は更に言う。
「私の父である国王陛下と公爵がそれを理由に対立すれば、互いの派閥間に於いても険悪な状況となり、権力闘争も起きる。下手をすれば、最悪、国王陛下と公爵がこの国を二分する戦になりかねないのだよ」
トマーゾ王子の語った内容にセラスは強い驚きと共に思わず沈黙してしまった。
そんなセラスに対し、トマーゾ王子は告げる。
「だからこそ、私は君の選択に感謝をすると共に君の選択を尊重し、君が拒絶した際に起こるかもしれない問題を私が処理する事を選んだ。だから、君が私の助力に対して気に病む必要は一切無い」
セラスはトマーゾ王子の言葉に内側にある想いに気付いた。
もしかして、トマーゾ殿下は私を気遣ってくれてる?
そうじゃなかったら、私みたいな平民にそういう貴族や政治の事情を語る必要なんて無い筈。
そんなセラスの表情から察すると、トマーゾ王子はハッキリ告げる。
「君の為ではない。私自身の為と、君にお節介を焼き、私に面倒を丸投げしてきた偏屈な友の為だ。其処は勘違いしないで欲しい」
それでも。
否、そうだからこそ、セラスは静かに立ち上がって頭を深々と下げて心の底から感謝した。
「ありがとう御座います」
「頭を上げ給え。私は私の都合に良いからやるだけに過ぎない……それより、セティの研究課題に戻り給え。セティにばかり、課題を進めさせるのは君にも望ましくないだろう?」
トマーゾ王子がにこやかに言えば、難しい話は終わった。
その後。セラスが執務室の外に控えていた護衛に連れられてセレスティア王女の元へ戻れば、トマーゾ王子は少しだけホッとした様子で執務を再開する。
自分の決済が必要な書類の内容を入念に精読して確認し、内容に不備や疑問点が無ければサインして決済。
そんな書類仕事を黙々と続けていると、扉がノックされた。
ノック音と共に手を止めたトマーゾ王子は顔を上げると、許しの言葉を告げる。
「入れ」
その許しと共に扉が開いて「失礼します」の言葉がやってきた年輩の彼から告げられると、トマーゾ王子はどの要件か?察しながら確認する。
「お前が直接来たと言う事は悪い報せだな?」
その問いに対し、年輩の彼は肯定した。
「残念ながらその通りで御座います。これをご覧下さい」
その言葉と共に書類が差し出されると、トマーゾ王子は真剣に読んでいく。
一頻り読んだ後に眉間に皺が寄り、其処から更に読み進めて行く内にトマーゾ王子の表情は渋いものとなってしまう。
そんなトマーゾ王子は確認する様に問う。
「確認だが、これは事実か?」
「残念ながら」
またも肯定されると、書類の束を机に放る様に置いたトマーゾ王子は心の底から困った様子でボヤいてしまう。
「まさか、ツァールスが勇者召喚に手を出そうとしているとはな……」
ツァールス。
それはサマリアル王国の北方に隣接する小さな内陸国であった。
そんなツァールスが勇者召喚と言う禁忌に手を出そうとしている。
年輩の彼から差し出された書類の束は、それに関する調査報告書であった。
その報告書を提出して来た彼にトマーゾ王子は尋ねる。
「具体的な実行日は不明とあるが……専門家から意見は求めたか?」
「これから意見を窺う所です」
彼が正直に未だだと返すと、トマーゾ王子は王城に於ける王不在時の代理人として命じ、更には問うた。
「そうか……なら、大まかでも良いから目安として割り出せたら、私に報告。それと、この件を他に知ってる者は?」
「この国でなら私と殿下。それにツァールスを担当する私の部下達であります」
年輩の彼……この国の暗部と諜報活動を統括する責任者が正直に答えると、トマーゾ王子は敢えて踏み込んで問う。
「この国の者以外でだ」
「恐らくではありますが、ガイラス帝国と教国は知っている可能性があります」
控えめな表現で2つの国を挙げると、トマーゾ王子は意見を求める様に尋ねる。
「ツァールスは帝国と我が国。どちらを狙う?」
ツァールスはガイラス帝国を東に。
南にはサマリアル王国が隣接している。
そんなツァールスは内陸部であるが故に、海にも大きく面した領土を持つサマリアル王国から塩を輸入する形で頼り、サマリアル王国は相場価格ギリギリの安値。赤字一歩手前の価格と言っても良い金額で提供する形で塩を輸出している。
そんな恩を蔑ろにしてツァールス王家が自分達に対し、勇者を利用した軍事侵攻を企てる可能性を感じていたトマーゾ王子の問いに彼は正直に答える。
「正直に申しますと、解りません。情報が少ないので」
「だと思った。ならば、我々は備えるとしよう……無駄な徒労で終わる事を願いながら」
そう返すと、トマーゾ王子は王の代理人として各重臣達を招集するのであった。
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