信頼
偵察を兼ねた下見を終えて帰路に着いていたヘルガは途中で買った黒パンと先日の冒険で残った干し肉食べながら夕焼けに染まる街道を呑気に歩いていた。
呑気に歩くヘルガではあるが、思考は仕事の為にフル稼働している。
一先ず、不審なのは確認出来なかったのは良しとしとく。だけど、当日になるまでは解らない。
仕掛ける側にすれば、速くて前日。遅くとも当日の早朝に潜れば、待ち伏せは出来る。
一応、今回の下見でアンブッシュされ易いポイントは洗い出せたから、其処に人を置ければアンブッシュの阻止は出来る筈。
「まぁ、人員を置いても密かに始末されて、待ち伏せされる可能性も高いんだけど……その時はその時ね」
身も蓋も無い事をボヤくと、ヘルガは自分が押し付けられた面倒にウンザリとした溜息を漏らしてしまう。
「ハァ……何で面倒ばかり私に転がり込んで来るのよ?私はノンビリ気楽に生きたいだけなのに」
普通ならば、王族の一員を警護すると言うのは大変栄誉な事だろう。
だが、受け継いだ前世の知識と経験は警護の面倒臭ささを含めた大変さを始めとした難易度を教えた。そればかりか、更には完璧な警護は不可能とすらも教えてくれた。
そして、自身も冒険者として仕事の大小異なれど警護の大変さを身に染みる程に経験し、学びもしてきた。
だからこそ、ヘルガは警護の仕事は引き受けたがらなかった。
断れるなら断り、惰眠を貪ったり本を読んだり、酒飲んで休暇を満喫したいくらいだ。
しかし、トミーという友の頼みだからこそ、断るに断れなかった。
前世の男ならば、そうした損な事をしようとはしないし、何かしらの理由を付けて是が非でも断ろうとする。
だが、ヘルガは前世の男の知識と経験等を有してはいるが、前世の男ではない。
だからこそ、ヘルガは損な性分と感じながらも仕事の為にこうして骨を折っていた。
そんなヘルガは夕焼けに染まる王都に着くと、自宅へと足を運ぶ。
自宅に着くと、ヘルガはバックパックをその場に下ろした。それからベッドの上にMk18とベネリM4を置くと、ズタ袋を取った。
その中に着替えとなる洗濯された下着上下と戦闘服の下衣を入れると、チェストリグとガンベルト。それにヘルメットを脱いでいく。
そうして身軽になれば、コンバットブーツを脱いで靴下も脱ぎ、素足になった所で整備用具を手に取ってベッドに置いた2丁の銃の整備が始まる。
慣れた様子で手早く1丁ずつ弾を抜いて整備すると共に点検を10分で済ませれば、整備用具を片付けてからサンダルを履いた。
その後。オフ用のガンベルトを腰に巻き、ホルスターにGLOCK20を納めれば、サッパリする為に公衆浴場へと向かうのであった。
40分後。
公衆浴場で汗を流したヘルガは何時もの様に行きつけの酒場で風呂上がりの一杯を楽しんでいた。
そんな自分の隣へ申し訳無さに満ちた面持ちのトミーがやって来ると、ヘルガは嫌な予感を覚えながらも問う。
「何か厄介事?」
ヘルガから問われると共に覚悟を決めたのだろう。
トミーは頭を深々と下げ、謝罪の言葉を放った。
「本当にすまない!」
トミーの突然の謝罪に対し、何か察したヘルガは「先ずは落ち着け」そう告げてから尋ねる。
「何があったのよ?」
「君の仕事で君の要望を適えられない」
その言葉を聞くと、ヘルガは察した予感が的中した事に辟易としながらも確認する様に問う。
「それは急遽?それとも最初から?」
ヘルガが見透かす様に問えば、トミーは心の底から申し訳無さそうにしながら正直に答えた。
「最初からだ」
「なら、今日の打ち合わせも必要無かった訳だけど……それの目的は?」
最初からヘルガに丸投げするならば、打ち合わせの必要は皆無に等しい。
それなのに何故、打ち合わせをさせたのか?ヘルガが問えば、トミーは打ち明ける様にして答える。
「父の要望だった。僕が懇意にしている君がどんな人物か?改めて見定めてみたい……そう願い、あの場を設けざる得なかった」
結果的にヘルガを騙した形になった事に対し、トミーは本心から申し訳無い気持ちになっていた。
普段ならば、責める所である。
だが、ヘルガは責めずに今回の護衛任務で人員を差し出せない事情を尋ねた。
「それで?人員を差し出せない事情は何?」
「父が地方を廻る。その関係で人員の確保が出来ないし、君の要望通りにしたら通常業務に大きな支障が出るからだ」
トミーが正直に事情……王による地方巡察と言う国家事業の為に人員を割けない事を打ち明ければ、ヘルガはやはり責めなかった。
だが、文句はぶつけた。
「そういう事なら仕方無いと私も諦めるけどさ、騙す様な形で打ち明けるのは辞めなさいよ……お陰で計画を最初から見直さなきゃならないじゃない」
そんなヘルガの言葉に改めて申し訳無い事を告げると、トミーは更に続けて言う。
「ソレに関しては本当に申し訳無いと思ってる。君の要望には全くもって足りないだろうが、妹の御付と護衛を兼ねて2人は差し出せる」
人員を2人。差し出す事を告げられると、ヘルガはグラスのグラッパを一口飲んでから返した。
「私独りでするよりはマシだから、文句は言わない。でも、次こうやって騙す様な真似したら、仕事は二度と請け負わないし、本気で縁も切って絶縁する」
次は無い事を告げれば、トミーは「肝に銘じるよ」と、本心から返した。
それからトミーは父である国王からの言伝を告げた。
「父から君へ言伝がある」
「聞きましょう」
「此度の件、騙す様な真似をして心から申し訳無く思う。今後は二度とこの様な真似は決してしない事を誓う。そして、願わくば、娘の身を守って欲しい……だ、そうだ」
国王の謝罪と娘であるセレスティア王女の護衛の願いと言える言伝を聞けば、ヘルガは返礼の如くトミーに言伝を頼んだ。
「なら、私からの言伝も伝えてくれるかしら?」
ヘルガが伝言を頼めば、トミーは真剣な面持ちで耳を傾ける。
そんなトミーに対し、ヘルガは告げる。
「請け負った仕事である以上、護衛は真剣に最善を尽くす。なれど、信頼と言うのは欠かせない。それ故に雇う者に対し、嘘や隠し事は御法度。信頼関係が結べなければ、成功する仕事であっても成功は困難となる……そう伝えて」
ヘルガが言伝の内容を告げれば、トミーは真剣な面持ちで返した。
「必ず伝えるよ」
「よーし、難しい話はコレで最後よ。その差し出す2人と妹ちゃんには、緊急時は私の指揮下に入って、絶対服従と厳命して……それすら駄目とか言ったら、私は降りるわよ」
「必ず君の望む通りにするよ」
そうして仕事の話が終われば、ヘルガはグラスを空けてもう一杯飲み、トミーはビールを頼んだ。
少しして互いにグラスを半分空けた頃。
トミーは妹に関して言う。
「妹は真面目でね。冒険者に関する研究を本気で取り組もうとしてるんだ」
「それで私に白羽の矢を立てた訳?」
「それもある。でも、君なら妹にとって為になる様な気もしててね……後、妹の羽根を伸ばさせたいのもある」
良き兄としての面を見せる様にしてトミーが返せば、ヘルガは首を傾げてしまう。
「私に何を期待してるのよ?」
「妹は僕や父と言う存在に重責を感じながらも良くやってる。だからこそ、時には休ませたいんだよ……」
「その上で、研究課題も進ませたい訳?」
「そう言う事になるかな……」
兄としてトミーがセレスティア王女の為にヘルガに依頼した事を打ち明ければ、ヘルガは仕方無い。そう言わんばかりに告げる。
「そう言う事なら、妹ちゃんの研究課題に付き合ってやる」
「本当かい?」
「勘違いすんじゃないわよ。アンタとアンタの親父の為じゃない……アンタの妹の為よ。其処ん所、勘違いすんな」
「本当にありがとう。君を頼って良かったよ」
トミーは本心から感謝すれば、ヘルガは「感謝するなら報酬で示せ」と、ぶっきらぼうに返してグラスを空ける。
そんなヘルガにトミーは思い出した様に言う。
「後ね、弟も妹に同行したがってた」
「ちょっと?また厄介事増やすつもり?」
「大丈夫。弟は父が教育を兼ねて、婚約者と一緒に地方を廻る事になったから」
アッケラカンに弟が父である国王の地方巡察に連れて行かれる事を告げられれば、ヘルガは訝しむ。
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
「其処はキチンと見張り立てて逃げ出さない様にしてある。それに弟にしても立場が悪くなる様なバカは出来ないだろうからね……」
他人事の様にトミーが返せば、ヘルガは好奇心から尋ねる。
「何でアンタのバカな弟が妹の研究課題に首を突っ込もうとしてたのよ?」
ヘルガの問いに対し、トミーはウンザリとした面持ちで答えた。
「ほら、君が帰って来た日に話したろ?例の平民の娘に熱を上げてるってさ……その娘に良い所を見せようって言う、単純かつバカげていて愚かな理由だよ」
トミーから弟が妹の冒険と研究課題に首を突っ込もうとした理由を聞かされれば、ヘルガはゲンナリとしてしまう。
「恋は盲目って言うけどさ、其処までバカになるもんなのかしら?」
前世の知識や経験もあるからこそ、ヘルガは余計に訳が解らずにいた。
そんなヘルガにトミーは語る。
「いやぁ、恋や愛とかの感情はバカに出来ないよ……それが理由で国が傾き、終いには滅びたなんて話はよくあるからね」
「そんなもんかしら?」
「そんなもんだよ。だから、弟の件も何とかしないとならないんだよね……」
「なら、先ずはソイツの身辺を洗ってみたら?」
弟を愛する兄として、国家運営に携わる次期国王として、トミーがボヤく様に漏らせば、ヘルガは酒杯を傾けながら提案する。
そんな提案を聞くと、ビールを空けたトミーは当然の様に返した。
「もう調べさせてる最中だよ。何せ、僕の弟以外にも複数人が彼女にお熱だからね……」
トミーがサラッと新事実を打ち明けると、ヘルガは傾けようとしていた酒杯を止めて真顔と共に思った事をそのまま口にしてしまう。
「ソレ、ハニートラップじゃないの?」
ハニートラップ。
地球ならば、古代から現代まで使われ続ける由緒正しい悪辣極まる諜報の手段であり、この世界でも当然の様に使われている。
件の娘が何処かしらが差し向けたハニートラップではないか?そう訝しむヘルガに対し、トミーは呆れ混じりに返す。
「やっぱ、君もそう思うかい?」
「寧ろ、疑わない方がバカすらあるわよ」
手厳しい答えを返せば、トミーは「その通り過ぎて頭痛い」と、ボヤく様に返した。
そんなトミーに対し、ヘルガは一線を引くかの様に告げる。
「まぁ、私には無関係な色恋の問題だから精々、ハニートラップじゃない事を祈っときなさいな……」
他人事の様に一線を引いたヘルガに対し、トミーはゲンナリとしながらボヤく様に言う。
「本当にコレに関しては神に祈りたいよ。あ、妹……セティには明日の朝にギルドへ赴く様に伝えてあるから、宜しく」
シレッと明日ぶっつけ本番で護衛を頼んで来たトミーに対し、ヘルガは笑顔を浮かべると、沈黙と共に中指を突き立てるのであった。




