表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/23

盲目の剣士

「深度200で停止、デコイを射出。静音推進に切り替えてこの場を離脱」


 静まり返った艦橋に、小さなレミリアの声が響く。


「アイ・マム」


 この場にいる全員の頭上、分厚い鋼板と精密機械の塊で出来た外壁を隔てた先に180メートルもの海水が満ちている。既に陽光は届かなくなっており、艦外の空間は暗く、静かな寂しい世界になっていた。

 その世界の空気に巻き込まれたのか、艦内にいる全ての人間が息を潜め、物音を立てず、僅かに感じ取れるかもしれない襲撃者の気配に神経を張り巡らせていた。


「現深度200、第二船速下げ舵戻せ」


 航海士がそう言うと、この艦の傾斜が水平に戻り、減速した際の慣性でシートに押し付けられる。レミリアは、突っ張らせていた足と腕から力を抜き、静かに座り直す。


「アクティブデコイ射出」


 艦尾から円筒形の物体が海中に投射される。アクティブデコイは水中を進み、偽の音波を発信し始めた。


「これで一安心ね……」

「ええ、ですがこれからいかが致しますか?艦長」


 グラーフは静かに、落ち着いた声音でレミリアに問いた。レミリアは僅かに悩むそぶりを見せると、キッと顔を上げ、凛とした声音で指示を下す。


「攻撃隊にはすべての命令を下しました。今は彼らを信じましょう。目下の敵は敵戦略原潜です。彼我の距離は不明ですが、敵もこちらも互いを見失っているはずです。攻撃隊の彼らを信じて、ここは……この水域を離脱します」

「アイ・アイ・マム」


 離脱すると言っても、敵の位置は分かっていない。だが、本来の任務はこの艦に乗っているアリシア殿下を未だ混乱の残る東京から遠ざけ、東南アジアの人工島オデッサに無傷で送り届けることだ。わざわざ敵と対峙し、リスクを追う必要など、どこにもない。


「グラーフさん、1時間おきにソナーを発信しましょう」

「分かりました、艦長……進路110、速度そのまま!」


 レミリアとグラーフは小声で会話し、そのままモニターへと目を戻し、敵戦略原潜の警戒に戻った。


 盲目の剣士は、必殺でなければ一閃を振るわない。


 × × ×


『こちらライノ1。第一目標を撃破、第二目標にかかる。送れ』

「こっちもやった。第二目標に移る」

『息合わせていくわよ』


 手元の液晶モニターに映ったレーダーの画面に写っている、この機体のアイコンとは別の緑色のアイコンが敵巡洋艦へ向けて、大きく旋回を始める。


「アラート!敵SAM、8!」


 さっきより数が多い。僚艦を二隻もやられて怒っているのか。


「クレマンソー、対応できるか⁉︎」

「スパローがあと三発しか残っていない!」


 敵も本気を出してきた。AAMしか積んでいない今、ジャミングやデコイは使えない。それに加え、敵ミサイル巡洋艦は十二発のミサイルの同時誘導が可能だ。危機的状況になった。僚機は一機だけ、残っている武装はASMが三発、中距離AAMが三発、短距離AAMが二発と機関砲だけ。それらを使い切ったらフレアしか残っていない。

 悩んでいるうちにもこちらに向かってきている敵SAM四発は距離を詰めてくる。


「ライノ1!奴が次のSAMを撃つ前に詰めるぞ!」

『ライノ1、了解。こちらのカウントでASMを全弾発射、その後は急速離脱する。送れ』

「ライノ2、了解」


 アデルと短く通信を交わすと、スロットルを思いっきり倒して一気に増速する。

 敵SAMとの距離は103km、敵巡洋艦との距離は143kmある。スパローの射程でもないし、ハープーンの射程でもない。が、機速を上げたことでHMD上の敵SAMとの距離のメーターが目まぐるしく減り出す。


「クレマンソー、敵艦との距離120でASM発射!スパローはお前の判断で撃て!」

了解ラージャ、イオリ」


 全ては後席のクレマンソーに託し、自分は機の操縦に集中する。前席と後席の二人が一身一体にならなければ、空の世界は生き残れない。

 だから、クレマンソーが自分を信頼していると、そして信頼できると仮定して、今この瞬間の全てを託す。

 敵SAMとの衝突はあと数秒後の出来事だ。だが、それでもスロットルを緩めず、操縦桿を倒さず握りしめ、敵巡洋艦だけを見据える。ここで逃げれば、全てが水の泡に帰す。絶対に逃げてはいけない。


「スパロー、発射ファイアー!」


 敵SAMとの距離が70kmを切った瞬間に、クレマンソーが叫ぶ。同時に、三発のスパローミサイルが、両翼下とノーズコーンの下から飛び出し、敵SAMへと向かっていく。

 その間に、機速は音速を超え、凄まじい重力加速度が上体を襲う。敵巡洋艦との距離は131km。あともう少しで、ハープーンの射程に入る。

 さっき放ったスパローにより、三つの花火が空中に咲く。しかし、その黒煙を突っ切って、一発のSAMがこちらへと直進してくる。

 スパローは全て撃ち尽くした。残るはサイドワインダーが二発。


「クレマンソー、フレア!」


 そう叫んで、操縦桿を倒して右にバンクし、そのまま機首を上げる。同時に、フレアが機尾から放たれる。これは賭けだ。敵ミサイルがこのフレアに吊られてくれなければ、もう為すすべはない。

 一秒後の未来を信じて、前を向く。目を見開き、歯を噛み締め、全身の筋肉を硬直させて、一瞬が過ぎるのを待つ。

 時がやけに遅い。もう、敵ミサイルは過ぎたのかと思うが、引き伸ばされたアラートは消えていない。速く、もっと速く、この死地から逃れるために、もっと加速しろ。

 敵ミサイルは、機体に向かって直進してきたが、着弾直前で進路を大きく変更し、機体の腹を掠める。そのまま、機体の後方へと飛んで行った。そのミサイルはやがて追うべき目標を見失い、海面へと落ちていく。


「敵ミサイル、ロスト!」


 クレマンソーの声で、引き伸ばされていた時間が元に戻る。直後、心臓が高鳴っているのに気づき、荒く呼吸を繰り替えす。全身の筋肉の緊張を解くが、どことなく現実にいないような、肉体から精神が乖離したかのような非現実感が残った。

 放心していると、アデルからの通信が入ってきて、ハッとする。


『ライノ2、カウント……5、4、3、2……発射ファイヤー!』

「AGM84、発射ファイヤー!」


 スパローよりも太く、僅かに長いハープーンミサイルが二発、両翼下から飛び出し、敵巡洋艦目掛けて飛翔する。


『ライノ2、離脱するぞ!』


 その瞬間、操縦桿を思いっきり左に引き倒し、バンクさせながら急旋回を行う。そのまま、スロットルを全開にし、巡洋艦から距離をとる。

 敵がSAMを撃っても、誘導元の巡洋艦にハープーンが当たれば、全て海に落ちるはずだ。後は、落ち着いて距離を取り、オデッサ島を目指せばいい。

 一気に気が抜けて、口からため息が自然と出てきた。これで、全て終わった。




『敵巡洋艦との距離300。これより進路350に転進、オデッサ島を目指す』

「ライノ1、了解」


 右前方のアデル機が左へゆっくりと回頭するのに合わせて、ラダーを踏み、左へと旋回をする。

 旋回をしている途中だった。突如、アラートが鳴り始め、体が硬直する。


「イオリ、照準されている!……SAM、二発こっちに来る!」


 突然の事で、クレマンソーの声も上ずっている。


「落ち着け、射程に入ったらサイドワインダーを撃て!こっちに向かっているのは一発だけだ!」

『ライノ1、照準されている!離散する!』


 アデル機が共倒れを防ぐために、こちらと距離を取る。


「サイドワインダー、発射!」


 直後にクレマンソーがサイドワインダーを撃った。


「フレア射出!」


 そして、同時にフレアも射出する。敵SAMはサイドワインダーによって空中で爆破した。


「ライノ1、無事か?」

『こちらライノ2、無事だ。どこから撃たれたか分かるか?』

「だめだ、分からない」

『そうか……』


 左にバンクしながら旋回しつつ、海面に目を凝らす。しかし、一面の海原の上には艦艇の影はなく、どこから撃たれたのかすら分からない。

 この海域に、まだ敵がいる。そう考えただけで、冷や汗が背を伝う。

 最早、AAMはサイドワインダーだけしかない。あとは役に立つか分からない機関砲と、フレアだけ。こんな絶望的状況で、敵と交戦しなければならないと考えると、ゾッとする。


「おい、イオリ。方位230辺りだ。何か見えないか?」


 クレマンソーに言われた方角の海面を見つめる。すると、黒い小島のようなものがポツンと浮かんでいるのが見えた。鮮やかな一面の青の中に浮かんだその黒い物体は、遠目から見るとまるでキャンバスの上に黒いインクを垂らしたかのような違和感があった。


「何だあれは」

「潜水艦……か?」

「ロシア海軍の潜水艦でここまでの距離を狙えるSAMを運用できる艦型はない……まさか、新型か?」


 そう言うと、クレマンソーは黙り、コックピットはエンジン音と呼吸音以外に音が消え、静かになった。


「ともあれ、早く帰投するぞ。この事も知らせなければならん」

「そうだな……」


 見ると、黒い物体はいつの間にか消えていて、延々と続く青い海原だけが残されていた。

 進路を戻し、巡航速でその場を離れる。一抹の気味の悪さを残して、この海戦は終了した。敵駆逐艦二隻撃破、巡洋艦一隻大破という大戦果だったが、何か不穏としたものを残していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ